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16、何かが起きている

「――魔女め!! 貴様、ここでなにをしている!!」


 声が響いてきたのは、街の奥へと続く大通りのほうからだった。


「全部お前の仕業じゃないのか!! この死体あさりめが!!」


「異変が始まる前に街でお前の姿を見たぞ! さっきだって死体の傍で何かをしてただろう!」


「お前のせいでみんな死んだじゃないのか! お前が街に呪いをかけたんだ!」


 ヒデカツが急いで向かうとそこには、人ごみができていた。

 閉じこもっているはずの街の住人達が何かを取り巻いて罵声を上げている。


 やはり、ただ事ではない。


「ちょ、ちょっと失礼! 通してもらいますよ!」


「何とか言ったらどうだ魔女が! 何か企んでいるんだろうが!」


「ああ、もううるさいな……」


 罵詈雑言を聞き流しながら、ヒデカツは人混みを掻き分けて最前列を目指す。

 住人達はかなり殺気立っている。これほど興奮した群集に出くわすのは初めてだった。


 ようやくの思いで大男を押し退けると、住民達がなにを囲んでいるのかわかった。


「ルーネ!!」


 円の中心で悪意を一身に受けていたのはルーネだった。

 まさかというべきか、やはりというべきか、ヒデカツの予感は最悪の形で的中していた。


「ま、旦那様マスター! き、来てはダメです!」


「うるさい! 黙ってみてられるか!!」


 ルーネの制止を完全に無視して、ヒデカツは群集から抜け出し、間に割り込む。


 なにがあったにせよ、ルーネの人となりは理解しているつもりだ。彼女はコミュニケーションは苦手だが、悪意をもって誰かを傷付けたりはしない。


「あ、アンタ何ものだ!! どうして魔女を庇うんだ!!」


「オレはこの子の……その……連れだ! あんたらこそ女の子一人になんてことしてやがる!」


 怒鳴りかかってくる群衆に負けじと、ヒデカツも声を張り上げる。

 こういった理不尽を見過ごせないのはヒデカツの長所であり短所だった。


「そいつは魔女だ! そいつのせいで街の人間が死んだんだ!!」


「この子がそう名乗ったのか? それともあんたらがそう言ってるのか?」


「目を隠してるのは魔女の証だ! それにそのローブも!!」


 けれど、ヒデカツが立ちはだかっても人々はより攻撃的になるだけだ。どうしようもない恐怖と怒りが彼らを駆り立てていた。


「……本当にそうなのか?」


「……む、無知な輩にありがちな間違いです……私は魔女などではありません……」


「わかった、君を信じる……離れるなよ……」


 何の根拠もない言葉にヒデカツは静かに頷く。


 ルーネが嘘をついているとは思えないし、なによりも、話を聞こうともせずに責め立てる住人達の態度がヒデカツには我慢ならなかった。


「この子は違うって言ってるぞ。なのに、何を理由にしてこの子を責めるんだ? なにか証拠でもあるのか?」


「こいつは死体を漁っていた! 死霊術師ネクロマンサーだ! オレ達を殺してその死体を操るつもりなんだ!!」


 死霊術師、その言葉にルーネの身体がビクリと震える。そう呼ばれるのには慣れていたが、ヒデカツの前で口にされるのは耐え難い屈辱だった。


「彼女はただ死因を調べていただけだ。この街で何が起きているかは大体知ってる。何か手伝えることはないかと思って――」


「そんなこと信じられるか! お前も仲間なんだろうが!」


「本当に悪い事をしようとしてるならもっと怪しまれないようにやる!」


 詰め寄ってくる住人達にヒデカツは堂々と言い返す。恐怖や戸惑いがないわけではないが、それでも彼の中では憤りが勝っていた。


「あんたらが怖いのは分かる! だからってそれを関係ないやつにぶつけるのは理不尽だ!」


「だ、黙れ! お前も魔女の仲間なんだろ!」


「……ああ、そうだ。だが、彼女は魔女じゃないし、この街の人間を殺してもいない。あんたらが何を言ってもそいつは変らない」


 反論を口にしながら、ヒデカツは自分を鼓舞する。

 ここ異世界でも我慢ならないものは我慢ならないことに変りはなかった。


「ま、魔女の仲間だっていうんならオレたちはあんたもまとめて………」


「まとめて、なんだ? 殺すのか? それならこっちにも考えがあるぞ」


 なおも殺気立つ住民たちを前にヒデカツは手に持った剣を誇示してみせる。

 この剣がただの剣ではないことは証明済みだ。


「……こっちだってこんなくだらないことで殺し合いなんかしたくない。話のできるやつはいないのか?」


 ヒデカツが凄むと群衆はわずかに後ずさる。彼らは集団心理で熱に浮かされていても、荒事には慣れていない。


「わ、ワシはこの街の町長じゃ」


 数秒後、歩み出たのは長い髭を生やした老人だ。

 かすかに怯えてはいるものの、ほかの者たちに比べれば冷静だった。


「ワシらも物騒なことは望んでおらんのだ。だが、この街の現状は見ての通りでな……」


「……それはわかってる。だからこそ、この子は色々調べてたんだ。あんたらの助けになれないかってな」


「……しかし、いまは魔女でなくとも魔術師をこの街には置くわけにはいかん。それはわかってくだされ、旅の方」


「そ、そうだ! と、とにかく街を出ていけ! こんな時にお前らみたいな余所者を街に置いとけないんだよ!」


 町長の言葉に他の住人たちも同調する。

 理不尽なことには変わりはないが、彼らの心情を考えればまだ理解できないことではなかった。


「……わかった、だが、その前に最低限身支度をさせてくれ。まさか手ぶらで砂漠に放り出すなんて事はしないだろう?」


「……それくらいならばよかろう。じゃが、明日の朝までには出て行ってもらうことになるでな」


 不本意ではあるが、ヒデカツは折れてみせる。これ以上抵抗を続ければ流血沙汰になりかねない。


「……だ、ダメです……旦那様、遺体を何とかしないと……」


「……わかってる。けど、墓地が足りないらしい。それにオレたちがいったところで……」


「でも……私……なんとかしないと……」


 その場を立ち去ろうとすると、背後のルーネは意外にも抵抗してみせる。彼女にとって生まれ持った運命はそれほどに重たかった。


「マ、旦那様!?」


「ともかく、一旦やりすごしてからだ。いいな?」


 そんなルーネを抱えあげると、ヒデカツは人々に背中を向ける。話の通じない相手に交渉しようと考えるほど彼は悠長ではない。


「……はい、すいません、無理を言って……」


「いや、謝らなくていい。悪いのは君じゃない」


 空をにらみながらヒデカツは大通りを離れて路地へと入る。

 行くあてがあるわけではなかったが、とりあえずあの酒場ならばまだ落ち着ける可能性はあった。


「ま、旦那様? その、そろそろ……」


「戻りたいっていうなら今はダメだぞ。まだいるだろうしな」


「そうではなくて、その、自分で歩けますから……」


「あ、ああ、すまん……」


 ルーネに言われて、ヒデカツは彼女を抱えていたことを思い出す。

 とっさのことだったのでいわゆるお姫様抱っこをしていたことにすら気付いていなかった。


「い、いえ、そのいやではないのですが……少し恥ずかしくて……」


「そ、そうだよな。突然悪かったな」


 ゆっくり地面に降ろされると、ルーネはフードを両手で引っ張って、赤くなった頬を隠した。

 抱えあげられたときの頼もしさや聞こえてくる心音は離れがたいものではあったが、今の彼女の中では恥ずかしさが勝っていた。


「そ、そういえば、死体はどうするつもりだったんだ? 墓地は足りないみたいだし……まさかとは思うが砂漠に捨てるんじゃないよな?」


「そ、そんなことしません! 私はきちんと儀式を執り行ってから、荼毘にふそうと思ってたんです!」


 照れ隠しのようなヒデカツの質問に、ルーネは珍しく反論する。

 死体を雑に扱うと思われたのがよほど心外なようだった。


「あ、ああ、悪い。そりゃ火葬だよな……疫病を防ぐのにもそれが一番だっていうしな……」


「は、はい、明星の教えに従うのなら土葬になるのですが……このような場合ならば火葬にすべきなのです。きちんと儀式をすれば天の門には向かいいれてもらえますから……」


 あくまで実践的なヒデカツの考察に、ルーネは宗教的な理由を述べてみせる。


「なんにせよ、あの死体の山を放置するのはよくないよな……」


「はい……あれでは亡霊や魔物を引き寄せてしまいます……これでは死者が増えるだけです……」


「亡霊……化け物じゃなくてそんなのもいるのか……」


「天に昇れなかった魂の残滓の集合体です。中身のない肉体は彼らを引き寄せてしまうんです」


 ルーネの声には、悲しみとも怒りともつかない感情が滲んでいる。

 彼女にとって生身の人間よりも形のない亡霊のほうが馴染み深い相手だった。


「この街は……なにかがおかしいんです、早く何とかしないと……」


「……ああ、そうだな」


 意外なまでの正義感を見せるルーネに、ヒデカツは漠然とした同意を示す。


 この街の異常事態をなんとかしなければならない。その思いは分かるし、共感できる。

 けれども、そのためにはどうすればいいのかヒデカツにはさっぱり分からなかった。


 

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