11、呪われた剣
それから夜明け前まで、二人は荷台の中に留まっていた。
二人とも言葉少なく、相互理解が進んだわけではないが、これからの大まかな方針を決めるだけの時間はあった。
とりあえずは街へと向かう。出会ったばかりの二人は共通の目的をそう定めていた。
「そういや、どうしてこんなところで気絶してたんだ?」
「は、はい、お恥かしいことですが、三日ほど前に西の方角から強烈な風が吹いて、竜車が横転したときに気絶してしまって……」
ヒデカツが尋ねると、トカゲの化け物を検分していたルーネがそう答える。
彼の仕留めた怪物はこの世界でも珍しいものだったらしく、死体を見つけると彼女はすぐに駆け寄っていった。
今は出発の準備の最中だが、ルーネの荷物はほとんどなく、あとは夜明けを待つだけになっていた。
「三日前、西の方向……ああ、なるほど……」
ルーネの言葉でヒデカツが思い出したのは、この世界に来た当日に襲われたあの大爆発だ。
彼自身も身を隠した岩山ごと吹き飛ばされたのだ。距離が離れているとはいえルーネのいた場所に影響が出ていてもおかしくはない。
「オレが来るまでよく無事だったな……単にツイてたってわけじゃないよな?」
「わ、私は身体に”死”を宿していますから……魔物も私には近寄ろうとはしませんので……」
「なるほど……そりゃ頼もしい……」
首肯しながらも、ヒデカツはルーネの言葉の意味を半分も理解できなかった。
今のところルーネについて把握できているのは、彼女に普通の人間が触れれば死ぬ、という端的な事実だけだ。
そんな人間が社会でどんな扱いを受けるかは想像するまでもない。
なまじ深い事情があると分かっているからこそ深くは踏み込めない。とりあえず今は、彼女が砂漠の熱さをものともしない事さえ事実ならそれでよかった。
「……そういえば、さっきからなにしてるんだ?」
「ああ、いえ、大砂影の表皮は希少なものなので……その、路銀にでもなればよいかなと……すいません、浅ましいことを……」
「いや、こんなときでも先の事を考えられるのは大事なことだ。別に謝ることじゃない」
やりづらさを感じながら、ヒデカツは無断で借りている剣を手元で眺める。
大砂影、この怪物を仕留めたのは間違いなくこの剣の力だ。
何度確かめてもそれを引き起こした何かを見つけることはできない。むしろ、剣のおかげだったのではなくあの化け物がたまたま寿命を迎えたといわれたほうが納得できるようなありさまだった。
「剣は旦那様が持っておられたのですね……よかった、なくしてしまったかと思っていたので……」
「あ、ああ、悪い、非常時だったんで勝手に借りちまった」
「いえ、私のものは今や旦那様のものですから、お気になさらずに。それよりも、まさかこの剣の呪いですら克服されてしまうとは……さすがは旦那様です……」
「……こいつ、そんなに曰つきなのか? オレには古いことしか分からないんだが……」
どうにも信じられないのか、ヒデカツは疑うように声を上げる。
剣というだけでも見慣れないのに、呪いが掛かっているといわれても今一ピンとこない。
「我が一族に伝わる剣なのです。なんでも、かつて悪魔を討った勇者の剣だとか……」
「勇者の剣ねぇ……ようはあれか、岩に刺さってる剣みたいなもんか」
「岩に……? そのような剣があるのですか?」
「あ、ああ、オレの故郷の……古い物語にあるんだ」
掛かっていた呪いが使い手を選別するためのものであったと仮定すれば、ヒデカツの言葉はあながち間違ってはいない。
「でも、大事なものなんじゃないのか? 無理してるなら、気を遣わなくたって……」
「いえ、どうせ私が持っていても扱うことができませんから……」
「そうか……じゃあ、借りとくことにする」
「はい、先祖もその方が喜ぶかと……」
剣をベルトに差して、ヒデカツは荷物を確認する。
皮の背嚢の中身は食料と水、一枚の毛布だけ。これで十分とは思えないが、ここに留まるのはもっとも愚かな考えだ。
「身体に不調とかはないのか? なにかあったら先に言ってくれよ」
「はい、ですが、旦那様に触れていただいたおけで……身体はもう、火照ってるくらいでして……」
「そ、そうなのか。ならいいんだが……」
艶のある声にヒデカツの理性が揺らぐ。
身をかき抱くルーネには脳を蕩かすような色気がある。厚手の布越しではあっても、肌の上気と熱の篭った肢体は想像できた。
豊満でありながら、くびれのある体つきはあの女神と比しても見劣りするものではない。
自分はただ綺麗なだけで心惹かれるような軽い人間ではない。と常々思ってきたヒデカツだったが、実際にこうして美人を目の前にすると思いのほか心というものはどうにもならなかった。
「旦那様、あの、その、私からも一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「お、おう、なんでも聞いてくれていいぞ」
ルーネからの問い掛けにヒデカツは唾を呑み込む。
一瞬、なにを考えていたのか見抜かれたのかと思ったが、そうではない。黄金の瞳に浮かんでいるのは不安だけだ。
「ありがとうございます……では、その……旦那様は……」
「オレは……?」
「――暗くてジメジメした場所はお好きでしょうか!?」
長い逡巡のあと、飛んできたのはまったく予想していない質問だった。
どうしてそんな事を聞かれるのかも、どう答えれば正解なのかもヒデカツにはさっぱり分からない。
「…………好きでも嫌いでもないかな」
「好きになっていただける可能性もある、ということでよろしいでしょうか!?」
「ま、まあ、うん、そういうこともあるんじゃないか……?」
内心で安堵しながら誤魔化したヒデカツの言葉に、ルーネは目を輝かせながら頷いている。
それ以上の質問はない。尋ねたいことはたくさんあったが、遠慮なく尋ねる勇気は彼女にはなかった。
「……そろそろいくか」
「は、はい! どこまでもお供させていただきますね! 旦那様!」
「だから、それはやめろって……」
出発を宣言し、勢い良く立ち上がった次の瞬間、ヒデカツは元気のよい返事に思わず頭を抱えた。
昨夜から何度訂正してもルーネはヒデカツの事を名前で呼ぼうとはしない。彼女なりにこだわりがあるのだろうが、どうにもヒデカツには別の意味があるように思えてしかたがなかった。
「朝だな……」
東側に視線を向ければ、太陽の頭が見える。
これからどれだけ温度が上がるかを考えれば気が滅入るが、一方で、ヒデカツはどこでも変らずに太陽が昇るということに少しだけ安心していた。
少なくともどこに向かうべきかははっきりとしている。それだけでも今までの道行きとは大きく違っていた。




