表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

幸せを祈る


 ウィニート大学の一件が落ち着くまで、マコーミック公爵邸から外出できなかったセリーヌは――外出を禁じられたというより、家人の心配ぶりに気が咎めて、自主的に外出を控えていたと言った方が正しいが――、この日ようやく王宮にやって来た。

 父を通じてエリック王子との拝謁の許可を得たのだった。


 セリーヌは、ついに現実を見ようと決意したのだった。

 片想いの相手や、家族の現実。

 自身の思い込みも混じった、独りよがりの『善意』を見つめ直そうと。


『セリーヌが思うようにしなさい。

 お前が誰を選ぼうと、私達はお前を応援するだけだ。

 誰かの余計な声は、お前を愛する私達の声より大きいのかい?』


 父の言葉が胸に沁みた。

 自分や、家族を貶める声に囚われていた。

 その声に抗おうと、自分にできる最善を尽くしてきたと思っていた。

 けれどそれは、『誰のため』の行為だったのか。

 それは……他ならない、セリーヌ達を貶めた彼女達を利する行為でしかなかったのではないか。


「……王太子殿下」

 王族の応接間に案内されたセリーヌは、現れたエリックを――エルネストを見て、思わず呟いていた。

 アッシュブロンドの髪をなびかせたその姿は、見紛いようもなく王族の威厳を身に纏っているのに、何故そのことから目を背け続けていたのか。

 一目見た時から好意を抱いた人だったのに。

 

「セリーヌ嬢」

 エリックは、眩しそうにセリーヌを見つめて、はにかんだように微笑った。

 そしてすぐにその笑みは、自嘲のそれに変わっていった。

「……貴女に、まずは謝罪をしなければ。

 貴女を、ずっと騙していました。

 いつか言わなければと思いつつ……結局、『エルネスト』として接してくださる貴女との時間が楽しくて、貴女を欺き続けてしまいました」


「殿下、わたくしは――」

 彼に謝って欲しかったわけではない。

 彼は、『王子』を拒否するセリーヌの気持ちを重んじてくれただけなのだ。

 ……恋をしたのは、セリーヌ自身の責任なのだから。


「――貴女を愛しています」

 エリックに歩み寄ろうとしたセリーヌの足が、止まった。

 時間まで、止まったようだった。

「……っ」

 エリックは、そんなセリーヌを見つめて跪いた。


「貴女に恋する男なんて、星の数ほどいるでしょう。

 私は、その中の一人に過ぎない。

 貴女に恋をするなんて、簡単でした。

 ……ずっと、ずっと愛していました。

 貴女に、真実を言えないほどに」


 セリーヌの頬を、涙が伝った。

 強ばる両足に力を込めて、ぎこちない動きでエリックに歩み寄る。

「――貴方に、恋をしない女性なんているのでしょうか」

 エリックは跪いたままセリーヌを見上げ、困ったように微笑んだ。

 彼が何かを口にする前に、セリーヌは続けた。


「貴方に愛されて、喜ばない女性がいるでしょうか。

 貴方が何者だとしても、貴方に求められて喜ばない女性など……っ」

 声がかすれて、喉が涙で焼けて、言葉にならない。

 それでもセリーヌは、囁いた。

「――いません……っ」


 エリックは、ゆっくりとした動作で立ち上がった。

 美しく濡れる、片恋の女性の瞳を陶然と見つめた。

「貴女を泣かせるなど、私はひどい男だ……」

 二人の手が、より合わさるようにしっかりと繋がれた。

 エリックは困ったように笑った。


「――貴女の涙を拭いたいのに……もったいなくて、できないな……」

 透き通った涙が、澄んだ瞳から奇跡のようにこぼれ落ちて、完璧な線を描く頬を伝って流れていく。

 完成された美しい眺めを壊すに忍びなくて、それでも愛する女性の涙を止めたくて。

 エリックは握ったセリーヌの手の甲に、そっと口づけを落としたのだった。





「――やれやれ、まだ結婚は早いと思うのだがなぁ……」

 王子とセリーヌが使っている客間の隣室で、開いた窓から中の様子を洩れ聞いていたマコーミック公爵は、そう言って息子に笑いかけた。

「……悪趣味……」

 フェリクスは、姉の趣味の悪さに頭を抱えていた。

 どんな男でも選べるのに、よりによってエリック王子。

 優れている部分は、姉に心底惚れきっている所だろうか。


「そうだね、サンドリーヌもお前の母も、とんだ悪趣味だと思うよ」

 楽しそうに笑いながらそう言う父公爵を、フェリクスは恨めしげに見上げた。

「サンドリーヌは関係ないでしょう……!」

「いい加減受け入れればいいのに。

 あんな美人に思われて、何が不満なんだか」


「私は自分を知っているからです……!

 彼女なら、どんな男とでも結婚できるのに――」

「なら、彼女が選んだのはお前なんだから、受け入れるしかないんじゃないか?」

 フェリクスはグッと詰まり、そっぽを向いた。


 そんな息子を、公爵はおかしそうに笑って眺めた。

 自分の若かりし頃を思い出して、その苦悩を懐かしむように。

「――お前達の幸せを、心から祈っているよ」

 ノルドストレーム大公国を解体して一部をウィニート学園都市の農園に寄付した公爵は、無害そうな顔で子ども達の幸福を祈るのだった。






長い間お付き合いくださって、心より感謝申し上げます。

読んでくださってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ