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はらから


 それから一刻もしないうちに一成は兄弟を連れて屋敷へとやってきた。

 さすがの兄弟たちも新しく住まう屋敷の中を見回ってみたくて仕方がないのだろう。目の前に座っていても、そわそわとどこかしら落ち着かない様子で辺りをきょろきょろ見ている。


「ほら、お前たち。ちゃんと姫様に挨拶するんですよ」

 九人がずらりと並び、それぞれ表情の違うのを見るのは中々珍しく面白いと思う。雪子は扇で口元を隠して小さく笑った。

「じゃあ、兄弟順に挨拶しますか。俺は次男の明次です! 隣に座っているのは双子の弟の三成です。ちょっと無口だけど、俺がこいつの分も喋ってるって思ってください。二人とも左近衛府の舎人をやってます!」

 そう言って元気よく挨拶したあと、頭を深く下げる。双子だというが、顔立ちはそれほど似ておらず、どうやら性格までも間逆らしい。

 だが、一成の兄弟だけあって、二人とも目元がそっくりだ。三成は何を考えているか分からない表情のまま明次に合わせて頭を下げる。

「次は俺か。えーっと、四男の良明です。今は兄弟の世話で手一杯だが、来年には兄貴たちみたいに舎人として勤めたいと思っている、じゃなくて……います。ある程度の力仕事なら出来るので、何でも任せて下さい」

 先ほど、一成と一緒に来ていた弟だ。少し緊張がほぐれているのか表情は柔い。

「僕は明悟! 弟は睦明ですっ! よろしくお願いします!」

「睦明、です……あ、あのっ! 精一杯お手伝いとか、頑張ります……」

 こちらはそっくりの双子である。兄の陰に隠れるように睦明はぺこりと頭を下げる。双子の兄の方が明るいのはこの家特有のことなのだろうか。

「初めまして、姫様。私、菜子と申します。あ……!」

 そこで、つい名前を言ってしまったと言わんばかりに真っ青になる。女人が親兄弟以外で名前を知っているのは夫だけだ。

 焦る少女に雪子は優しく微笑んで答える。

「大丈夫ですよ。呼び名はありますか?」

「えっと……あの、七尾です」

「では、普段は七尾とお呼びしますね」

「はい……」

 恥ずかしそうに顔を赤らめて、七尾は小さく頷いた。

「弥子ですっ! 十歳です!」

 八番目にして次女の弥子は迷いなくそう告げる。

「弥子、弥子……名前はすきな人だけに言うんだぞー?」

「そうなの?」

 明悟がこっそりとそう言うと、どうして?と言うように首を傾げる。他の兄弟たちも微笑ましいのか小さく笑っていた。

「姫様、弥子のことは八代って呼んであげてください。向こうの屋敷ではそう呼ばれていたので……」

 隣に座っている七尾が小さな声でそう告げるので、雪子は軽く頷いた。

「あ、えっと、成久です! 一番下です! よろしくお願いします!」

 末っ子の成久は、顔は一成に似ているが性格は明悟のように元気いっぱいのようだ。どの子もとても大切に育てられてきたのだろう。

 

 自分が知っている子どもといえば、志木と梨壺の女御が生んだ皇子である。今まで、それほど子どもと接する機会はなかったが、一気にたくさんの弟や妹が出来た気分だ。

「あなた方のお兄様から紹介されていると思いますが、わたくしのことはどうぞ好きにお呼び下さいね。こちらに控えている女房は小竹と夕凪。下屋で働いてくれているのは浜木と志木でございます。勝手が分からないことがあれば、お聞き下さい」

 すると、明次がびしっと手を上げる。

「はいっ! 俺たちはどこの対屋に荷物を運べばいいでしょうか!」

「そう、ですね……殿方は西で、女人は東を使ってもらいましょうか」

 後ろに控えている小竹に目配せすると、承知したと言うように頷いた。

「あの、私と八代もでしょうか……?」

 七尾が小さく手をあげる。

「えぇ。ですが、ご兄弟と一緒がいいというのであれば、西を使っても構いません」


「本当に……あんなに広い所を僕たちだけで使っていいの?」

「でも、姫様はそう言ってるよ……?」

 明悟と睦明が聞こえるか聞こえないかの声でお互いに確認するように話している。

 昨日、一成は兄弟が窮屈な思いをして暮らしていると言っていた。出来るなら、自由にここでは暮らしてほしい。

「ここでは、お好きなことをして過ごして構いません。行ってはいけない場所は特にございませんので、このあと見て回っても結構ですよ」

 雪子がそういうと、小さな弟達は嬉しそうにはしゃぎ始める。

「その前に、掃除が先です。……そうでしょう?」

 一成が確認するように雪子の方へ視線を向ける。

「えぇ。いつも使っている寝殿以外はほとんど放置して手入れをしていないので……。とりあえず、床や柱を水で濡らした古衣で拭きましょう。もし、腐ったりしている板があれば取り替えます」

「あぁ、それなら近所で新しく屋敷を増築したって言ってましたから、板が余っていないか聞いてきますよ」

「そうなの? では、小竹、聞いてきてもらっていいかしら?」

「畏まりました」

「あ、今、ある分の畳を干します!」

 夕凪も立ち上がり、端に積んでいた普段使わない畳の方へと行く。

「それなら、俺も手伝うよ。男手がある方がいいと思う」

それに付いて行くように良明が夕凪の傍へと向かう。

「え、あ……えっと、よろしくお願いします、良明様……」

 やはり戸惑っているのか夕凪は少し顔を伏せて答える。

「すみませーん。古衣はどこですか?」

「水桶も必要ですね」

「まだ、荷物運ばない方がいいかなぁ」

「掃除したあとの方がいいよ」

「では、先に東から掃除をしましょう。皆、ちゃんと袖が汚れないように紐で襷掛けするんですよ」


 今まで静かだった屋敷にこれほど賑やかになるのはいつぶりだろう。小竹も夕凪もいつもより生き生きしているように見える。

 ふと、弟達に指示を出していた一成が振り返る。

「姫君はこちらで待っておられますか?」

 確かに普通の姫君なら、何もしなくていいのだろう。

 だが、ここは違う。

 この屋敷は自分が主なのだから、何をしても咎められはしない。

「いえ、御倉から人数分の食器を出して、洗おうと思います」

「お一人で大丈夫ですか?」

「そうですね……では七尾と八代も一緒に手伝ってもらってもいいですか? 少し、数が多いので」

 本当は生活を安定させるために、使っていない食器を全て売り払おうと思っていたが、残しておいて正解だったようだ。

 元々、この屋敷には大人数の人がいたため、食器もかなりの数がある。洗って拭くのもかなり骨が折れる作業だろう。

「分かりました。七尾、八代。二人とも、ちゃんと姫君の言う事を聞くんですよ」

「はいっ!」

「では私は兄弟を連れて東の対屋から掃除していきますので」

「はい。もし、分からないことがあれば、台盤所におりますので」

 一成は了承したと言うように頭を軽く下げて、残った兄弟を連れて東へと向かう。

「では、二人ともお手伝い、お願いね」

 楽しそうに何度も頷く二人を連れて、台盤所へと向かった。いま、浜木と志木は今日の夕餉の分の食材を買いに市まで行っている。

 昨日、梨壺の女御が食料を援助してくれると言っていたが、それはいつ届くか分からないため当てには出来ない。


 ……そういえば、お好きなものはあるのかしら。


 今度、買い物へ行く機会があれば、事前に一成に聞いておこう。

 勿論、兄弟達の分も。

 

 これからの生活で大変なことも多いかもしれないが、それに対する不安よりも楽しみの方が大きいのは気のせいではないだろう。


   

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