番外編 ある冬の日に
拍手お礼であげていたものです。
「何をしているんだ?」
冬の午後、いつものようにふらりと訪れたオルランド様は、私の手元に広がる白い布を見て、そう口にされました。
「オルランド様」
私が立ち上がろうとすると、オルランド様は、そのままでいいと言われ、自身も向かいの長椅子に腰をかけてしまいました。
相変わらずの様子に口元が緩んでしまうのは、普通なら顔をしかめられるこの行為に馴れてしまったということなのでしょうか。
最初はあまりいい顔をしなかったお母様も、今ではすっかり諦めた様子で、ため息をつく回数も少なくなってきた気がします。
侍女たちも、家令も、オルランド様への対応は心得たもので、未婚の男女が完全に二人きりにならないように、それでも可能な限り二人きりに近い状況になるように気を使ってくれているようです。
オルランド様も、その辺りはわかっているのでしょう。
部屋の扉は完全に閉じられてはおらず、密室に二人でいるのではないと、示しています。
そして、それが当たり前になってしまうくらい、もう幾度も、オルランド様はこの屋敷へと通ってこられているのです。
「随分凝った刺繍だな」
オルランド様の視線は、私の膝の上の布に注がれていました。
「嫁がれたお姉様に子供が出来たのです。あちらでは、子供が無事生まれ育つことを願って、子供用の小さな掛布に、親しい人や家族が少しずつ刺繍をして贈るという風習があるのだそうです」
それを耳にしたヘッセニアが、お姉様のためにと言い出して、これを作ることになったのですが。
布選びから始まって、どのような模様にするかなど、周り中を巻き込む騒ぎでした。
そのことを思い出すと、自然と笑みがこぼれていまいます。
「その風習は聞いたことがあるな。あちらは土地柄のせいか、流行り病で亡くなる子供もこちらに比べて多いと聞く」
お姉様の夫である方も、幼い頃、兄妹を亡くされていると聞いています。
「これはお母様、こちらがヘッセニアが刺繍した部分です。他にも、お姉様と親しかった方にもお願いしましたから」
最後の仕上げを任された私は、昨日から、これにかかり切りでした。
できれば、お姉様の子供が生まれる前に、届けたいですし。
「姉上は幸せそうなのか?」
以前話した不安を、オルランド様は覚えていらしたようです。
「お姉様は、あまり不安などを口にされない方ですから。……ですが、この間ヘッセニアが幾日か滞在した時に見た印象では大丈夫そうだったと。あの子は、そういうことには敏感ですから」
「そうか、それならば、よかったな」
私も、ヘッセニアからそれを聞いたときは、ほっと胸をなで下ろしたものでした。
優しいお姉様が不幸せになるのは、妹としてはとても辛いことですから。
「なあ、アディ。俺たちも」
ふいに紡がれた言葉に、私は首を傾げます。
その声が、とても真剣な響きに感じられたからです。
「…春が来たら、一緒に暮らすか?」
その言葉に、私は驚きました。
聞き間違いや、勘違いでなければ、それは。
「それは、その。結婚の申し込み……ですよね」
自分で口にして、頬が熱くなるのを感じました。
これで、私の思い違いでしたら、大変なことです。
ですが、オルランド様は、真面目な顔で、私を見ています。冗談などではないということなのでしょう。
「そろそろ申し込む次期だと思っていたんだ。ただ、その前に、聞いておきたいと思って」
貴族同士の婚約は、よほどの事がない限り、破棄されるということはないのです。
ですから、いずれはそうなるだろうと、頭では理解していたのですが。改めて言われると、少しくすぐったいような、恥ずかしいような、そんな気持ちになってしまいました。
ですが、本当ならば、こういう場ではなく、家同士がお互いに良い日取りを決めて、使者がまず最初に正式な婚姻の申し込みを行う、というのが貴族同士の慣習のようなものなのです。
いきなりそういうことを飛ばしてしまって、申し込みをされるというのも、オルランド様らしいと言えばそうなのですが。
「後で、きちんとした手順で申し込みはするつもりだ。ただ、誰かを通してではなく、アディの言葉で返事が欲しい。どうだろうか? 俺と、これからの時間を共に歩いてもらえるか?」
普段とは違う、とても真剣な―――けれどどこか思い詰めたような顔を、かつて私は見た事がありました。
もしかすると、緊張されているのでしょうか。
まさかオルランド様に限って、と思いはするものの、滅多にないそんな姿を見せる時は、真摯な思いをこちらに見せてくださっているのだと、もう私にはわかっています。
ならば、私も、真剣に心の内をさらすべきなのでしょう。
「オルランド様」
私はまっすぐにオルランド様を見つめました。
少し声は震えていましたが、それは自分も緊張しているからかもしれません。
「私は、互いのどちらかが死する時まで、オルランド様と共にありたいと思っています。他の誰でもなく、私はオルランド様と二人で、幸せになりたいのです」
いつか二人で約束したことを、もう一度口にするとオルランド様は安堵されたように表情を緩めました。
「ならば、いいんだな?」
「はい」
「ずっと側にいてくれ、アディ」
「はい」
オルランド様が差し出した手に導かれるように、私は向かい側ではなく、隣に腰かけました。
並んで座った私たちは、ちゃんと婚約者同士――いえ、恋人同士、のように見えるでしょうか。
きっと、大丈夫。
こうやって側にいることが、いつのまにか、とても幸せなことだと思えているのですから。
私は、重ね合わせた手の温もりを――こうやって寄り添いあっていく決意をしたこの日を、ずっと忘れないでおこうと思ったのでした。




