番外編 新しい年に
白く曇った硝子窓からは、外を窺うことは出来ません。
ですが、屋敷を出た時には、雪が降り始めていましたから、とても寒いはずです。
反対に、今私がいる場所――王宮の大広間にはたくさんの人が溢れていて、少し暑いくらいでした。
新年にふさわしく、派手過ぎず、品良く仕上げられたドレスを着た令嬢や夫人たち。
同じく落ち着いた色合いの礼装を身につけた男性の方々。
彼らは皆、順序よく並び、ただひとつの場所を見つめているのです。
そこにあるのは、玉座。
それを背にして立つのは、この国の王。
そう、今日は新年最初の国王主催の舞踏会なのです。
貴族位にある者のほとんどは参加し、国王とともにここで新年を祝うのですが、それに私も出席しているのです。
本来ならば、私は、婚約者であるオルランド様と共に出席するのですが、この時期とてもお忙しいということで、ここ数日顔を合わせていません。
新年の挨拶さえ出来ない無礼をわびる手紙とともに届けられたのは、オルランド様らしくない華やかさでまとめられた花でした。
いつもと違うそれに、選んだのは別の方なのかもとさえ思ったくらいなのです。
普段のオルランド様の贈り物といえば、花ではなく不思議な物ばかりで、たまに花を持ってきたとしても、珍しさばかりが先にたつ、変わった種類の物ばかり。そのせいで、最近のヘッセニアは、オルランド様を『変人』などと評しているくらいなのです。
それでも私が好きだと言った赤い色の花が多く使われていましたから、頼んだのだとしてもそのことを思い出してくださったのかもしれません。
次にお会いしたときにはきちんとお礼を言わなければと思いながら、簡単な礼状だけを送り、結局、まだ直接顔を見ていない状態が続いているのです。
だからというわけではないのですが、今日舞踏会に出席することで、密かに期待していることもありました。
実は、他の舞踏会とは違い、新年に限っては、ほとんど表に出てこない近衛の方が正装をして、広間の両端に並ぶのです。その中にはもちろんオルランド様もいらっしゃいます。
話をすることなどもちろん無理ですが、元気そうな姿を見るだけでも安心できるのですから。
私は、両親の側で畏まった顔をしながら、第二王子殿下付きの近衛の方が並ぶあたりを見ます。
すぐにオルランド様は見つかりました。
普段の様子と違う、とても真面目でいかにも精鋭という顔をしたオルランド様は、他の方と同じように目だけは鋭く、辺りを見ています。
まるで別人のよう。
不思議な気持ちで、オルランド様を盗み見ていると、ふとその視線がこちらに向けられました。
それはほんの一瞬のこと。
わずかにオルランド様の口元が緩み、けれどもすぐに、その目は逸らされました。
私に気づいたのでしょうか。
それとも、ただの偶然?
もちろん、それきりオルランド様はこちらを見ることはなく、私はどちらなのか判断できませんでした。
ただ、本当に気づいてくださったのなら嬉しいのにと、少しだけ不真面目なことを考えてしまったのは事実だったのです。
そのことを恥じるように私は目を伏せると、陛下の言葉に意識を集中させました。
こんな態度をとるなど、陛下にも、周りにもとても失礼なことなのですから。
『新しき年が、我が国にとって良き日々であるように』
重々しく陛下がそう締めくくると、歓声が上がります。
それとともに、それまでの堅苦しい雰囲気が消え、皆がそれぞれ動きだし、やがて流れる音楽とともに、普段と変わりない舞踏会へと移っていったのでした。
舞踏会も終盤に近づき、両親やヘッセニア達よりも先に馬車へ戻ったのは、ほんの偶然でした。
ヘッセニアは友人たちとまだ話があるようでしたし、両親もそうです。
兄達とは、違う馬車ということもあり、簡単な挨拶だけをかわし、舞踏会では別行動をとっていました。
一応、婚約者のある身ですから、踊る相手もお兄様方や従兄弟達くらいです。
話をする友人たちがいないわけではなかったのですが、ほとんどがすでに既婚者か婚約者の方と一緒という状況では、あまり長く会話も出来ません。
そういう状況故に、いつの間にか一人になってしまった私は、もう舞踏会を抜けてもよいだろうという時間を見計らって、広間を一足先に出たのです。
火照った体には、外の寒さはちょうど良く、少し飲み過ぎたお酒の酔いを覚ますのによいかもしれません。
来た時にはちらついていた雪もいつのまにか止み、空には星さえも出ています。
馬車寄せまで、ゆっくりと歩き、馬車に乗り込もうとした私は、座席の上に箱が置いてあるのに気がつきました。
来た時にはなかったはずのものです。
「誰かいらしたの?」
控えていた侍女のトニアに尋ねると、婚約者様が、と珍しく困ったような顔をしてそう言うのです。
「オルランド様が?」
尋ねると、同じく馬車の側で待機していた御者までもが、突然こられて、とやはり困惑したような表情のまま口を開きました。
「時間がないからと、そちらをあずけられ、すぐにお帰りになりました」
座席の上に、控えめに置かれているのは、小さな箱。
飾りもない白い箱は、贈り物というのはあまりにも素っ気ない物です。
それでも、わざわざ届けに来られたのですから、やはり贈り物なのでしょうか。
私は、馬車に乗り込み、両親が戻ってくる前に中を確かめようと、その箱を手に取りました。
トニアは心得たように、その場から離れてくれます。申し訳ないとは思いましたが、なんとなく中身を見られたくなかったのです。
箱を開くと、中から出てきたのは手の平に載るほどの小さな陶器の人形。
椅子に腰掛けほんの少し首を傾げながら膝の上に視線を落としています。膝には布が広げられ、どうやら人形は刺繍をしているようなのです。
よく見れば、人形の髪は黒く、瞳は灰色で、私と同じ色をしています。
「オルランド様ったら」
小さく呟くと、自然と笑みがこぼれました。
いったいどんな顔をして、これを買われたのでしょう。他人に頼まれたのか、それともご自分で行かれたのか。
瞳の色まで同じなのですから、後者なのかもしれません。
添えられた紙には、『アディにそっくりの人形を見つけたので、会えないお詫びに。次の休みには必ず会いにいく』と書かれていますが、急いでいたのか、字が少し乱れています。
では、私のありがとうの言葉は、次にお会いした時に伝えましょう。
可愛らしく微笑む小さな人形を眺めながら、その時には、たくさんお話をしようと、そう思ったのでした。




