第56話 鈴がうるさいぞ
北欧から遠く離れた日本。
翔の家の近くの神社の境内。
階段を見上げる女の影が一つ。
チリン。
チリン。
段を上がる度に、腰につけた鈴が鳴る。
女は、境内を見渡すと小さく息を吐いた。
「ふう。相変わらず、静かなところだ」
社殿の前に立ち、一礼をすると、柏手を打った。
パン! パン!
もう一度、礼をしようとしたその時、背後で声がした。
「おい、そこの女。腰の鈴がうるさいぞ。早く賽銭を入れて立ち去れ」
「えっ」
女は振り返った。
後ろに立っていた無表情な少年は、グミを口に放り込んだ。
「クソまずい。なんだこれは」
「あ、あなたは……ククノチ様! お久しぶりです!」
ククノチは、目を細めて女の顔を覗き込んだ。
「見たことある女だな。お前は、確か──」
「立花音葉! 翔くんの……友達です!」
「ふん。あのワイルドブラッドはどこ行った?」
音葉は、嬉しそうに口を開いた。
「今は、スウェーデンにいるそうです。北欧の」
ククノチはわずかに目を見開いた。
「いきなり北欧神話。あいつはバカか。死ぬぞ」
「え? でもククノチ様が、世界の神話みてこいって言ったんじゃ……」
ククノチは、プイっと背を向けた。
「いきなり北欧神話に行くバカがいるか。初日に死ぬぞ」
音葉は首を傾げた。
「一応……まだ生きていますよ。この前メールをもらいました!」
「ふん。時間の問題だ。それより、お前は何しに来た」
音葉はわずかに視線を落とした。
「……はい。神話を一から勉強しようと思って、いま全国を回ってるんです」
「だから、ここへ何しに来た」
「……」
音葉は、口をつぐんだ。
ククノチは振り返った。
「なんだ?」
音葉は小さな声で話した。
「なんか……なんていうか、翔くんは遠いところに行ってしまったし、いつも一人でいると……その……ちょっと……寂しいなって」
音葉はそういうと静かに顔を上げた。
そこには額が触れるほどの至近距離で音葉の顔を覗き込むククノチがいた。
「ひっ! 近っ!」
「お前、真面目そうな顔して、バカなやつだな」
「へ?」
「生きている以上、人は一人にはなれん。目の前にいなくとも、命は繋がっている。そんなことも知らんのか。バカだな」
「めっちゃ、バカっていうじゃん……」
ククノチは、ドングリを拾うと指で弾いた。
高々と舞い上がったドングリ。
「確か北欧にもお前みたいな病み症の女の神がいたな」
「病み症……じゃないし」
「名はなんと言ったかな」
音葉は、顎に手を置いた。
「北欧神話……女の神……フレイヤ、とか?」
パシッ。
落ちてきたドングリを掴んだククノチは、手を叩いた。
「そいつだ」
「もしかして、世界中の神様同士も繋がっているの?」
ククノチは、もう一度ドングリを指で弾いた。
「下がれ」
そう言うと、ククノチは腰に差していた木刀を抜いて構えた。
「え」
音葉は慌てて、後ずさった。
カァン!!
落ちてきたドングリを木刀で打ち抜いた。
ドングリは金色の光を引いて空へ消えていった。
「すご……」
口を開けた音葉を見下ろすククノチ。
「そういえば、お前も剣を嗜んでいたな?」
「は、はい。でも最近は……」
カラン。
音葉の前に転がる木刀。
「拾え」
「え。いや、でも……」
ククノチは、再び音葉の顔を覗き込んだ。
「オレが相手してやる。さあ、拾え」
「は……はい」
音葉は恐る恐る木刀を拾って立ち上がった。
「あいつがいなくなって、オレは暇だ」
ククノチはそう言うと音葉に木刀を向けた。
「暇だから、稽古をつけてやる」
「稽古……いや、私は」
「黙れ。こい」
「……わかりました」
ブン。
音葉は、軽く木刀を振るとゆっくりとククノチに向けた。
ククノチの口元が、ほんのわずかに緩む。
「いいぞ、病み症。こい」
音葉の目が僅かに鋭くなった。
「立花音葉……行きます」
神社の境内にフワリと風が吹いた。




