第46話 単独犯じゃない
「私……あのおじいさんの声、聞いたことがある気がする」
帰りの電車の中でミラが突然呟く。
「オーディンの?」
「うん。16歳の誕生日……ヴァルキリーの加護を受けて、ヴォルヴァになった日……」
「ジジイがなんだって?」
ミラは首を振った。
「覚えてないの。……でも、なんか慌ててた」
「へえ……最高神でも慌てんのか」
オレは、ガムラ・ウプサラを背に揺れる車窓に目を向けた。
軽くレベル上げ。
そんなつもりで来た観光地の裏にヴァルハラ。
死ぬかと思った強敵の出現。
そして、強制終了させられたバトル。
なんか、狐に摘まれたみたいな気分だな。
オレ達を乗せた列車は、ストックホルム駅に着いた。
人の数の割にやけに静かな街。
随分、見慣れてきた。
ホテルに着いたオレ達は、ロビーでスマホをのぞくオリビアを見つけた。
ミラが駆け寄った。
「オリビアさん!」
オリビアは、オレ達を見つけるとわずかに目を見開き、何も言わずにスマホを見せた。
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《アイリ》 わかったかも。
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「わかったかも?」
オリビアは頷いた。
「うん。アイリから話を聞く。行ける?」
オレとミラは、言葉もなく頷いた。
オレ達は、オリビアの案内で、オルド・イージスの拠点、あの教会に向かった。
アイリは、教会の扉の前でオレ達を待っていたかのように、静かに佇んでいた。
アイリは、オレ達が聞く前に口を開いた。
「犯人が、わかった」
オリビアは、アイリの肩をそっと抱くと教会の扉を開けた。
「中で聞く」
暖炉を囲うように腰掛けたオレ達。
ゆっくりと木をくべるオリビア。
アイリは待ちきれず、ミラを見ながら口を開いた。
「ミラ・アスクリンド。アンタを狙った犯人──」
ミラの瞳が一瞬揺れたのが見えた。
「──ゼル。やっぱりアタシ達の仲間だった。ごめん」
オリビアの手がピタリと止まった。
「ゼル……」
オレは、オリビアを見た。
「オリビア。ゼルって、誰?」
「ゼル・モルディガン。確かに我々オルド・イージスの仲間だ……。だが、あの子がそんなことを……。アイリ、本当なの?」
「神技で紫の矢を使う。あの日のルーキー会合、なぜかゼルだけが参加していない」
「ルーキー会合?」
「新人だけのミーティング。幹部は出ない」
へえ。
「その日から、姿を消した」
オリビアの声が震えた。
「ゼルは……どこ?」
アイリは、首を振った。
「どこを探してもいないの」
オリビアが声を荒げた。
「探して! ヴィーゴ! ノア!」
オリビアが名前呼ぶと、教会の奥から二人が現れた。
ヴィーゴは頭を掻きながら、苦しい表情を浮かべた。
「ああ、今、探してるぜ、オリビア。すまねえ……オレの管理不足だ。あのやろう、オルド・イージスに誓いを立てたのに、勝手な真似を……」
ノアは、冷めた目でオレを見下ろした。
「ワイルドブラッドと関わることは認めておらぬ。だが──ゼルのやり方は許されぬ。オルド・イージスの名にかけて」
オリビアは、静かに目を閉じた。
「行って」
ヴィーゴとノアは顔を見合わせると、静かに教会を出ていった。
二人が教会を出て行った後、アイリが、思い出したかのように、ポケットから紙切れをオリビアに差し出した。
「そう言えば……。これ」
「これは?」
「明細。ゼルの部屋にあった」
「なんの?」
「その住所行ってみた。舞踏会の衣装を作る工房だった。壁中にたくさんの仮面。気味悪かった」
仮面ねえ……。
オレは首を傾げた。
「にしても……出来すぎじゃねえか、逆に」
アイリが、オレの顔を覗き込んだ。
「出来すぎ?」
「ああ。紫の矢。会合にそいつだけがいない。で、行方不明。疑われるのは当たり前っつーか」
オリビアが、重い口を開いた。
「ゼルは、オルド・イージスの中では新しいメンバー。私とあなた達が、関わってることを知らなかったかもしれない」
「そうか」
「ましてや、あなた達と一緒に戦うなど……私自身も驚いてるぐらいだから」
確かに。
「で、どんなやつなんだ、そのゼルってやつ」
「両親は……元ヴァナリスのメンバーだ」
一瞬だけ。
オリビアの声が、止まった。
「え?」
「暴動の際に命を落とした両親……ゼルは路頭に迷った」
「……」
言葉に詰まったオリビアの代わりに、アイリが続けた。
「そのゼルを、助けたのがオリビア。彼をオルド・イージスに迎えた」
「そいつが、なんでミラを……?」
オリビアは、立ち上がった。
「単独犯じゃない……?」
オレは、肩を震わすオリビアを見上げた。
「なあ、オリビア。そのゼルってやつの守神は誰なんだ?」
「ウル」
アイリが代わりに答えた。
「ウル? どんな神だ?」
「アース親族。弓の使い手」
なるほど。
確かに紫の矢。
使ってたな。
「そして、誓いと秩序の神」
誓いと秩序……ねえ。
──そのウルのヴォルヴァが、そんな真似するか?
どうも、簡単な話じゃなさそうだなぁ。
席を立ったオリビアは、思い直すように再び椅子に腰掛け、オレを見た。
「翔。あなた今、なんでゼルの守神のことを聞いたの?」
「ん。ああ──」
オレは、ガムラ・ウプサラでの出来事を話した。
真剣な眼差しで、オレの話に聞き入るオリビアとアイリ。
オリビアが、ミラに目をやり聞き返した。
「つまり、ヴァルハラで戦うミラに力を貸すことを、守神が、拒んだと?」
「ああ、そうだ。オレもミラもびっくりしちゃってさ」
アイリは、持っていたマグカップを机に置いて、オレを見た。
「それが、さっきゼルの守神を聞いた理由?」
「そうそう。守神は、意図と反することに力を貸さないんじゃないかってこと」
オリビアは深い息を吐いた。
「つまり、オルド・イージスに誓いを立てたにも関わらず、その秩序を乱すようなゼルの行為に、守神ウルがその能力を与えるはずがない。つまり、ゼルが犯人ではない、と?」
オレは教会の高い天井を見上げた。
「それか……守神は、ウルじゃない。とか」
一瞬、教会が静かになる。
オレの言葉に、ヴォルヴァ達が一斉に顔を見合う。
オレは取り繕うように笑った。
「はは。……オレには分かんねえけどな。守神いねえし」
オリビアは、自分の手に視線を落とした。
「私は、16歳になった日の夜、夢で見た。隻腕の神……。名前を呼んだら、力が……」
ミラとアイリも頷く。
オレはミラに言った。
「ミラは確か、フレイヤにも言われてたな」
「うん」
オレは、全員の顔を見渡した。
「つまり……もしも──」
ミラが割り込んだ。
「神が嘘をついてたら……」
暖炉の薪が、ひとつ弾けた。
その時、スマホが震えた──
暖炉の火が、不自然に揺れた。
全員が、同時に拳を握った。




