第14話 オリビア・エル・ヴァンガード
「翔くん、ドラウグルだ!」
北欧神話の定番モンスターかよ!
「複数って、確かに複数だけども!」
何体いるんだよ!
数えきれねえ!
ミラは、右手を挙げた。
「ヴァルキリー!お願い!」
ふわりと白銀のレイピアが天空からミラの手に落ちる。
「ヴァルハラ!」
《神技使用》
《ヴァルハラ・ステップ》
《短距離転移使用可能》
《回避判定100%》
ミラは、レイピアを構えた。
「プレ……」
《スキル使用》
《ウィンド・フェンサー》
(ヴァルハラステップ発動中の斬撃威力上昇)
「ハッ!」
残像を残してミラの実体が消える。
瞬間、連撃がドラウグルに突き刺さる。
「翔くん!」
「おう!」
飛び込んだ。
ミラが怯ませたドラウグルに拳を叩き込む。
ドラウグルは後方から迫る群れを引き連れて吹っ飛んだ。
「今日は、ちゃんと当たった!」
ミラは、叫ぶオレを見てニヤリと笑った。
「それって、ヴァナヘイムのトレーニング効果かな?」
「かもな!さあ、来いや!」
《ワイルドブラッド解放値:更に上昇》
《ステータス急上昇》
攻撃↑
防御↑
敏捷↑
《生存確率:上昇》
《生存確率 25% → 38%》
そういえば……オリビアは?
オリビアは、一歩も動かない。
ただ無表情のままオレ達を見ていた。
“ヴォルヴァは戦わない” ……か。
「翔くん、後ろ!」
ミラの声に慌てて後ろを振り返った。
迫るドラウグルの剣。
しかし──
今日は相手の動きがよく見える。
「おっと!」
体を逸らして攻撃を躱わす。
そのまま顔面に回し蹴りを叩き込む。
そうだ。
オレ空手やってたんだ。
「どいて!」
仰け反ったドラウグルの頭に、ミラがレイピアを突き刺す。
動きが止まったドラウグルに、トドメの飛び膝蹴り──
「ミラ!オレ達──」
「完璧だね!」
《生存確率:低下》
《生存確率 38% → 9%》
「え!?なんでだよ!?」
どう考えてもここは勝ちパターン──
なんで数値が下がる!?
「翔くん……あれ」
──音が、消えた。
ミラが指差した方向。
地面から黒い霧が立ち上がり、その霧が遺跡全体を包み込む。
オレ達の肺を押し潰しような圧。
ドラウグルの群れが動きを止めた。
「あいつだ……」
《上位敵性存在確認》
「グラム!……」
《敵性存在:分析》
識別名:Glámr
分類:上位死霊戦士
Warning!
《推奨行動:撤退》
《生存確率の計算を終了します》
終了すんな!
「ワイルドブラッド。なぜ、アースガルドの橋に来た」
「ちょっ、オレは……観光してるだけだ!」
半分、本当だし。
「忠告を聞けぬか。ならば仕方ない」
グラムを覆う黒い霧が、周囲のドラウグルに広がった。
《ヘルヘイムの霧》
《ドラウグルに能力補正》
《ドラウグル全ステータス上昇》
《生存確率:低下》
《生存確率 9% → 5%》
「ちょっと待て!オレは何もしてねえ!喧嘩売ってきてんのは、てめえだろう!」
ミラが一瞬キョトンとする。
「翔くん……喧嘩って」
「グラム!てめえは、根性なしだ!群れてねえと戦えねえんだろ、雑魚め!男なら、タイマンで来いや!」
「タイ……マン?」
後ろに立っていたオリビアが、初めて口を開いた。
「デュエル」
ミラが振り返った。
「オリビア……さん」
「死んでても、てめえ戦士なんだろ?やろうぜ、タイマンで」
グラムは、腰に下げた禍々しい大剣を抜いた。
「よかろう。そのデュエル、受けてやろう」
《生存確率:上昇》
《生存確率 5% → 6%》
いや、1パーかよ。
「まあ、いいや。ゼロじゃねえ」
オリビアはため息を吐いた。
「無理だ」
ミラはレイピアを強く握った。
「翔くん……」
グラムはゆっくりと大剣を構える。
周囲のドラウグル達が、一斉に後退した。
グラムの漆黒の瞳が、まっすぐオレを捉える。
「来い、ワイルドブラッド」
グラムが地面を蹴った。
速い。
いや、オレが遅いのか。
ガキン、と金属音。
拳で受け止めた瞬間、腕が痺れた。
緑のオーラが辛うじて皮膚を守った。
でも重い。
冗談みたいに重い。
「ぐっ……!」
後方に吹き飛ばされ、転がる。
《ワイルドブラッド解放値:上昇》
《ステータス補正》
なんとか立ち上がった。
「効かねえ」
もちろん、強がりだ。
次はこっちから行く。
踏み込み。
右ストレート。
避けられた。
グラムのカウンター。
なんとか躱わす。
後ろに回り込む。
ここだ!
グラムと目が合う。
ダメだ、読まれてる!?
腹に衝撃。
「がっ……!」
地面を滑りながら転がった。
ミラの叫び声。
「翔くん!」
大丈夫......
聞こえてる。
まだ立てる。
オレは歯を食いしばって立ち上がった。
「……さすがだな」
グラムが低く言う。
「お前は弱い」
うるせえ。
再び突っ込む。
殴る!
──と見せかけて、
今度はフェイント。
下段から回し蹴り。
当たった。
グラムの体勢がわずかに崩れる。
「今だ!」
そう思った瞬間、
振り下ろされたグラムの剣が迫る。
ダメだ、間に合わない。
反射的に腕でガードした。
衝撃。
脳を殴られたみたいに視界が飛んだ。
今度は皮膚に刃が届く。
そのまま押し潰されるように、地面に叩きつけられた。
「ガハァ!……」
こいつ……
嘘みてえに強ぇ……
クソ。
立て。
立てよ。
腕が言うことを聞かない。
その時だった。
「うっ」
背後からオリビアの声。
オレは視線をオリビアに向けた。
オリビアの手首。
銀色のバングルが、なぜか淡く光っていた。
刻まれたルーン文字が、一つずつ浮かび上がる。
オリビア自身が、驚いたようにそれを見る。
「……何?」
《不明共鳴反応検出》
オリビアの表情が変わる。
ほんの一瞬。
瞳が揺れる。
「ま、まさか……」
その時、ミラが叫んだ。
「翔くん、危ない!」
しまった!
容赦なく振り下ろされるグラムの大剣。
間に合わねえ……!
たまらずミラが飛び込んだ。
《生存確率:低下》
《生存確率 6% → 2%》
「グッ!」
紙一重。
白銀のレイピアが、グラムの刃を止めた。
だが、そのままミラは吹き飛ばされる。
「きゃあ!……」
「ミラァ!」
グラムの躊躇いのない一撃が
間髪入れずに振り下ろされた。
一切、間をくれない。
終わった。
避けれん。
死んだ。
オレは、思わず目を閉じた。
「……ん?」
グラムの剣が──止まってる。
《不明ヴォルヴァ、神技使用》
《ブラッドバリア》
《自身HPを消費して対象の被害を一度だけ無効化》
視界の端に、オリビアが映った。
指先から血が滴っていた。
「オリビア……このバリア、あんたが?」
オリビアは、光るバングルを見ながら呟いた。
「本当に?……こうしろって……言ってるの?」
《不明ヴォルヴァ、外部からの干渉確認》
オレとミラは顔を見合わせた。
「あいつ、何言ってんだ?」
ミラは、首を振った。
「わからない……」
グラムは剣を引き、動きを止めた。
「介入するか、ヴォルヴァ」
オリビアは首を振った。
「したくない。だけど……しろって言われる」
《不明ヴォルヴァ、外部からの干渉継続確認》
《干渉元:識別不能》
どういうこと?
誰に?
誰も他にいなくない?
オリビアの声が震えた。
「アリス……わかったよ」
アリス?
その瞬間。
彼女の足元の石畳に、
赤い光の亀裂が走った。
オレとミラのスマホが同時に震える。
《不明神性反応 急上昇》
音が消えた。
風も止まった。
世界が息を止めた。
オリビアは、呼んだ。
「隻腕の戦神テュール……」
──神の名を。




