第12話 ブリッジ・オブ・ガルズ
「翔くん、今日のご予定は?」
朝日を反射するミラの金髪が眩しい。
予定?
もちろんない。
スウェーデン3日目。
いまだ土地勘ゼロだし。
むしろ教えてください。
「いや、特には……」
「そっか! じゃあ、ビルカに行こう!」
「ビルカ?」
「うん! ビルカ遺跡! アースガルドとの境界とも言われてる!」
アースガルドってなんだっけ?
「あ、アースガルドはアース神族って神様たちの世界ね! そこに行ったら神様に会えるかもしれないよ!」
神様。
……そういえばこの国に来て、
まだちゃんとした神様には出会ってない。
……あのブタだけ。
なるほど。
確かに会ってみたい。
……というか、オレ、
それしに来たんだよな。たぶん。
「いいね! 行こう! でも、ミラはまだ学生じゃないの? 学校とか行かなくていいの?」
ミラは笑った。
「学校は行きたい時に行くよ! スウェーデンは自由なの!」
そうなの?
いいな、それ。
「翔くん、早速準備して! 今日は、船でデートだぁ!」
船?
ビルカ遺跡って……一体。
ビルカに向かう連絡船。
その港はストックホルムの中心地にあった。
看板には“Stadshuskajen”。
「スタ……ドシュ……いや、なんて読むの?」
ミラは笑った。
「スタッドスフスカイエンだよ。難しいよね」
うん、オレ、一生読めないと思う。
港を出た連絡船は、ゆっくりと群島の間を進み始めた。
「思ったより近いね?」
「うん、ストックホルムからだと船で1時間ちょっとかな」
ミラはスマホで地図を確認しながら言う。
「昔はね、ここ、バイキングの交易都市だったんだよ。北欧だけじゃなくて、アラブや東ヨーロッパとも繋がってた」
「へぇ……意外とグローバルだな」
「でしょ? ビルカは“世界の入口”みたいな場所だったの」
なるほど。
世界の入口。
その言い方、今のオレには妙に刺さる。
船は小さな島影を抜け、速度を落とした。
桟橋が見えてくる。
「はい、到着。ここがビルカ」
足を踏み出した瞬間、街の気配が消えた。
「静かだな」
ミラは、一瞬苦笑いを浮かべた。
「私は……実は、この場所が少し苦手なんだ」
「苦手?」
「うん。なんだか人間の世界から自分が遠ざかるような気がして……ちょっと怖いんだ」
ミラ。
苦手なのに、オレのためにここに?
「今は遺跡だからね。住んでる人はいないよ。管理の人がいるくらい」
ミラは歩きながら説明を続ける。
「ほら、あっちが集落跡」
ミラは前方を指差した。
低い草の向こうに、四角く区切られた地面がいくつも続いている。
「普通に町だな」
「そう。だから観光地っていうより、“残ってる生活”って感じ」
なるほど。
確かに“遺跡”というより、
人が普通に暮らしてた場所って空気だ。
生活感はあるのに、人だけがいない。
不思議な場所だ。
歩きながら、ミラは少し声を落とした。
「それでね……」
今度は、別の方向を指差す。
「あれ、全部お墓」
指差した先には、なだらかな土の盛り上がりが点々と並んでいた。
「バイキングのお墓。戦士も、商人も、家族も、一緒」
「一緒?」
「うん。役割とか身分とか関係なくね」
ミラは土の盛り上がりを見つめた。
「生きてた時と同じ世界が、死んだ後も続くって考え方だったみたい。だから、みんな一緒」
……北欧っぽい。
「それでね。ヴォルヴァの間では、ここはアースガルドに一番近い場所って言われてる」
来た。
核心っぽいワード。
「境界、ってやつ?」
「そう。神様の世界と、人間の世界が一番近いところ。なんならアースガルドへの入口があるって噂もあるぐらい」
ミラは終始楽しそうに説明してくれていた。
「ここが工房跡でね、鉄とかガラスとか作ってたんだって」
ふむふむ。
「こっちは市場。毛皮とか琥珀とか、結構高級品も扱ってたらしいよ」
ほえ〜。
完全に現地ガイドと、オレはアホな観光客。
というか普通に詳しすぎない?
「ミラ、なんでそんなに詳しいの?」
「え? ヴォルヴァは基本、世界史オタクだよ?」
なるほど。
納得しかない。
何も知らずに、日本神話をぶん殴ってたオレとは格が違う。
その時、崩れかけたレンガの壁の上に何かが顔を出した。
「ん?……リス?」
白銀の毛並みに、大きな尻尾。
その尻尾は淡く光っているように見えた。
ミラは驚いた顔をして、指差した。
「ルンリス!」
「ルンリス?」
なぜかオレの顔をじっと眺める白銀のリス。
ミラは頷いた。
「うん、間違いない。アースガルドが、神話が翔くんを誘ってる」
どういう事?
「ルンリスは、アースガルドに住む道先案内人って言われてる。精霊よ。世界樹の枝から枝へ、九つの世界を自由に行き来するって」
「このリスが?」
「うん」
ルンリスが尻尾をプルッと振るわせる度に、淡い光の中にルーン文字が浮かぶ。
「ルンリスがミッドガルドに姿を見せることはほとんどない。ヴォルヴァですら、見たことがあるって人に会ったことないの」
ミラは、空を見上げて、プルプルと拳を震わせた。
「私……今……」
ミラ?
「超絶、感動してる!!」
ミラは目を潤ませ、満面の笑みを浮かべた。
ルンリス。
アースガルドの道先案内人、か。
オレ達をどこへ導くつもりなんだろう。
「あ」
ルンリスは、またプルプルと尻尾を振ると、オレ達の行く先へピョンピョン跳ねながら消えて行った。
歩いているうちに、人の声はほとんど聞こえなくなっていた。
観光客の姿も、いつの間にか遠くに小さく見えるだけ。
「……静かだな」
若干の違和感を感じた。
口にするほどでもなかった。
きっと、ミラも。
「うん。この辺まで来ると、あんまり人は来ないから」
案内するミラの声が、ほんのわずかに揺れていた。
ミラは歩幅を少し緩めた。
木立の向こうに、低い石組みが見え始めた。
派手な建造物じゃない。
柱もないし、屋根もない。
ただ、円を描くように配置された石と、
中央にぽっかり空いた空間。
「あそこ」
ミラが足を止めた。
「ビルカの中でも、一番古い祈りの場所。
ブリッジ・オブ・ガルズ。
ヴォルヴァたちはそう呼んでる」
オレも自然と立ち止まる。
「ブリッジ……。石が並んでるだけだけど……」
ミラは笑った。
「確かに」
遺跡の前に立つ。
その時、風が、ふっと止んだ。
胸の奥が、ざわついた。
理由はわからない。
ようやくミラは、違和感を言葉にした。
「翔くん……なんか……」
スマホをチラッと見たミラの声がもう一度震えた。
「私のスキルが……勝手に」
《フェイト・ピック使用》
《運命視認》
《不明存在:出現予測》
「不明存在……。翔くん!」
オレは頷いた。
「ああ、オレも感じてる。ミラ──」
言いかけた時、後ろから透き通った女の声が聞こえた。
「なるほど。そういうことだったか──」
《不明ヴォルヴァ接近》
「不明……ヴォルヴァ!?」




