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フェイント  作者: 坂本健太
13/13

と、見せかけて

 クレンジングを顔じゅうに塗りたくって、力を入れすぎないように丁寧にドーランをこすり落としていると、後ろからノックの音が聞こえた。


「どうぞ、開いてますよ」

「おう、てつ。じゃなかった、ゆうちゃん、1週間、お疲れさまでした」


「あ、パパ……は、もう終わりですね。座長、どうもありがとうございました」


 まだまだ発展途上の劇団「たくわんボーイず」を主宰する脚本兼俳優「坂本健太」座長は、おれがすすめるまでもなく、ソファに腰かけ、ロングサイズのメンソールに火をつけた。


「ゆうちゃん、灰皿どこかしら?」

「どうぞ、これ使ってください」


 メイク落としは終わっていなかったが、とりあえずタオルで顔をぬぐって、おれも一服つきあうことにした。


「ゆうちゃん、今回も迫真の演技だったわねえ。憑依系の役者さんって、つぼにはまるとどんどん突っ走っていくから、ついていくのがたいへんだったわ」


「いやあ、おれの場合、役が日常生活にまでくいこんできちゃうんで、どっからどこまでが芝居で、どっからどこまでが現実かわかんなくなって、結構たいへんですよ。


 それより、なっちゃん、あの子、本当にすごいですね。まだ中学生なのに、女子大生から主婦まで、完璧に演じきってましたよ」


「ほんと、末恐ろしいってやつね。でも、ゆうちゃんとなっちゃんの力があれば、うちももっともっと成長できるわ。次回作も頑張ってね」


「はい、おれの方こそ、よろしくお願いします」

「じゃ、ほんとうにお疲れさまでした」


 見た目と話し方にかなりのギャップがあるが、座長は生まれついてのLGBTというわけではない。

 長年いろんな人格になりきって、脚本を書いたり演じたりしているうちに、性別なんかどうでもよくなってしまったらしい。


 初対面のときはずいぶん驚いたが、慣れてしまえばどうということはない。


 さあ、晩飯食って帰るか。ええっと、財布の中身は……やべえ、800円しか残ってねえ。ファミリーレストランは厳しいか。今日は牛丼か盛りそばで我慢しとくか。

 

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