と、見せかけて
クレンジングを顔じゅうに塗りたくって、力を入れすぎないように丁寧にドーランをこすり落としていると、後ろからノックの音が聞こえた。
「どうぞ、開いてますよ」
「おう、てつ。じゃなかった、ゆうちゃん、1週間、お疲れさまでした」
「あ、パパ……は、もう終わりですね。座長、どうもありがとうございました」
まだまだ発展途上の劇団「たくわんボーイず」を主宰する脚本兼俳優「坂本健太」座長は、おれがすすめるまでもなく、ソファに腰かけ、ロングサイズのメンソールに火をつけた。
「ゆうちゃん、灰皿どこかしら?」
「どうぞ、これ使ってください」
メイク落としは終わっていなかったが、とりあえずタオルで顔をぬぐって、おれも一服つきあうことにした。
「ゆうちゃん、今回も迫真の演技だったわねえ。憑依系の役者さんって、つぼにはまるとどんどん突っ走っていくから、ついていくのがたいへんだったわ」
「いやあ、おれの場合、役が日常生活にまでくいこんできちゃうんで、どっからどこまでが芝居で、どっからどこまでが現実かわかんなくなって、結構たいへんですよ。
それより、なっちゃん、あの子、本当にすごいですね。まだ中学生なのに、女子大生から主婦まで、完璧に演じきってましたよ」
「ほんと、末恐ろしいってやつね。でも、ゆうちゃんとなっちゃんの力があれば、うちももっともっと成長できるわ。次回作も頑張ってね」
「はい、おれの方こそ、よろしくお願いします」
「じゃ、ほんとうにお疲れさまでした」
見た目と話し方にかなりのギャップがあるが、座長は生まれついてのLGBTというわけではない。
長年いろんな人格になりきって、脚本を書いたり演じたりしているうちに、性別なんかどうでもよくなってしまったらしい。
初対面のときはずいぶん驚いたが、慣れてしまえばどうということはない。
さあ、晩飯食って帰るか。ええっと、財布の中身は……やべえ、800円しか残ってねえ。ファミリーレストランは厳しいか。今日は牛丼か盛りそばで我慢しとくか。




