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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
追手と旧友
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フェイの過去

 フェイは昔、ごく平凡な男の子だった。なんて街に暮らしてたかは聞いてない。だがともかく、両親に加えて一人の妹と四人暮らしで楽しく過ごしていたらしい。変わったことと言えば、家族全員に便利な力が備わっていることくらい。お前達も既に把握している鎖のあれさ。特筆することはそれだけの、普通の少年だった。

 だが、あいつが十歳に満たない時のことだ。暮らしていた街が、“リベレーション”という組織に襲われた。


 レフィ「リベレーションって……なんだ?」


 この国の圧政に抵抗するという名目で設立された武装組織だ。この中でも特に過激な思想を持つ一派である“リベンジ”にフェイの街は襲われた。リベンジは、この国に復讐すると言って国民を無差別に殺して回る過激組織。フェイの街はその標的に偶然なってしまった。

 その日、街は燃えた。業火の中、奴らは何も悪いことなどしていなかった街の人間達をどんどんと殺していった。家に隠れていたフェイ達家族だったが、すぐにバレてしまったらしい。机の下に隠れながら両親が目の前で殺される所を目撃した後、フェイは妹だけでも逃がそうと彼女を家の裏口から逃がした。だが、扉の奥では妹の悲鳴が。そして、フェイのすぐ後ろには家に侵入していた暴徒がいた。妹を守ることの出来なかった絶望の中、あいつは死を避けようとすることもできず、銃を向けられた。

 だが、その時だった。国から送られてきた軍人が、正にその直前で街に到着する。フェイの元には二人の軍人が現れ、彼を救った。ジンと、そしてもう一人。現国軍大将のネバという人物。この二人が、フェイの命を救ったんだ。

 生き残りはフェイを含めて百人に満たなかったらしい。そんな状況から救われたフェイは、自分を救った国と二人に忠誠を誓った。自分のような境遇の子供を、一人でも少なくしていけるようにとな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 メリーはフェイの過去の話を一度も止めることなく話し切った。フェイの過去と同様に、彼女の口調も重々しいものだった。友人だという人間の壮絶な過去をつぶさに語り、彼女は深く息を吐く。


「レプトの件のように、表沙汰になっていない国の悪事は他にも多くある。都や周辺の豊かな街で暮らす人間はそういうものが目に入ってこないように情報統制されている。だが、それ以上にフェイの中には、絶対的に信じているものがあるんだ。だから、私の言葉を信じなかったんだろう。まあ私とあいつの関係が、私が期待したより薄かったのかもしれないがな」


 メリーは皮肉気に自分達の関係は浅いものだったかもしれないと言って、レプト達に少し笑いかけた。


「ここまで言っておいてなんだが、お前達がフェイのことを嫌う理由も分かる。仲間を傷つけられたし、追ってくる相手なんだからな。今の話は、友達を何も考えずに責めないでほしいなんていう、私の勝手な我儘だ。すまない」


 先ほど、フェイを悪く言われた際に強い言葉を向けたカスミに対し、メリーは謝罪する。ただ、あんな話をされた手前、こんな風に謝られると居所がなくなる。カスミはソワソワとしながら、別の者と目を合わせずにメリーに言葉を返す。


「いや……私の方こそ、何も知らないのにゴチャゴチャ言って悪かったわ。……っていうか」


 カスミは自分の頭を両手で抱え、唸る。


「私、こんなんばっかね。なんか、相手のことを知らずに責める、みたいな……」


 今回の事に加えて、今のカスミの頭の中にあるのは初めにレプトと会った時のことだろう。確かに、彼女はどちらのことも相手を深く知らない段階で責めがちなところがあった。

 そんな彼女に、メリーは喉の奥で笑いながら言う。


「そういう時期もある。子供だってことさ。でも安心しろ。どうせ人は変わらずにいられない。お前がこれからどう変わるかは分からないが、今のことは別に深く気にしなくてもいい」

「……ありがと」 


 メリーの方は先ほどのことについて深く気にしていたわけではないようだ。一時、軽く怒りを感じた程度だったのだろう。彼女の言葉にカスミも小さく礼を言った。


「ちょっと気になることがあるんだけど、聞いてもいいかな」


 二人のやり取りを傍から静かに見ていたリュウは、フェイについての話を聞いてからずっと何かが引っ掛かっていたらしい。タイミングが来たと見ると、すぐに彼はメリーに問う。


「何だ?」

「あの人、フェイはジンとネバって人に助けられたんだろう。だったら彼が一番に信じるのは、国と、ジンと、ネバだ。確か、ジンはフェイに事情を説明したんでしょ? だとしたら、一番に信じる二人が別のことを言ってることになる。少しは惑いそうなものだけど」


 リュウが違和感に思ったのは、フェイが信じるものについてだ。メリーの話によれば、彼は国という概念を除けば、ジンとネバという二人を何より信じているらしい。恐らく、今はネバという人物の言うことを信じて今の立場にいるのだろう。だが、並列して信じているジンは全く違うことを言っている。ならばそれで迷いはするはずだ、とリュウは言ったのだ。

 この問いに、メリーは眉を寄せて考える。長年フェイと共にいた彼女でもすぐに分かることではなかったのだろう。


「思い当たる所はある」


 その答えを持って来たのは、ジンだ。運転室にいた彼は車の運転を止め、車内のリビングに戻ってきたらしい。いつの間にか部屋に入ってきていた彼に一行は視線を集めながら話を聞いた。

 遠い過去のことを思い出すように顔を上に向け、ジンは話す。


「フェイは俺よりネバさんのことを信じている。多分、ほんの少しの差、なんだろうがな」

「……その差はどこで生まれたんだい、ジン」


 問いを投げたリュウが重ねて質問する。同じように信じるはずの二人の恩人に対して、どうして片方をより信用するようになったのか。ジンはその問いに、悔やむようでもなく、嘆くようでもなく、ただ淡々と吐露する。


「建物、フェイの家だった。ネバさんと一緒に突入し、同時に今にも暴徒に殺されそうなフェイを見つけた。反射的に俺は暴徒を倒そうと、そしてネバさんはフェイを守ろうとしたのだ。結果、暴徒の刃物をネバさんが受け、その隙を俺が突いた」

「……なるほど」


 ジンの話を聞き、リュウは納得したように息を吐く。


「本当に少しの差だったわけか。運命を分けるのは何か、本当に分からないもんなんだね」

「……? なあ、何がどうなったんだよ? オレにも分かるように説明しちゃくんねえか」


 何か理解したようでいるリュウに対し、レフィは首を傾げて問う。彼女は今のジンの話を理解できなかったらしい。リュウはそんな彼女に、自分と彼女のことを例に挙げて説明する。


「レフィ、君を助けたのは僕と、レプトと、カスミにジン。四人だ。そうだね?」

「ん、うん。そうだな」

「同じように君を助けた。同じだけの危険も背負った。だけど……これ自分で言うのすっごい変だけど、君は僕に一番恩を感じてるんじゃないかな?」

「えっ……まあ、そうかな」


 急に妙な問いをかけられ、少し答えづらそうにしながらもレフィは素直に返す。


「だよね。でも、そう感じるのは本来、妙なんだよ」

「なんで?」

「同じように君を助けた四人。でも、悪い言い方をすれば、君はここに順番をつけてる。仕方ないことだ。一番目立つ役目を負ったのが僕だったからね」

「目立つってか……リュウには本当に世話になったぜ。もちろんレプト達にも助けられたし……」

「でも、多少は印象違うでしょ? 同じことが、フェイの中でも起こってるんだ。身を呈して自分を守ってくれた人、殺そうとしてくる相手を倒して助けてくれた人。どちらかというと、彼は前者を強く信じたんだろう」


 つまりは、少しの印象の違いが今の信用に作用したとリュウは言いたいのだろう。メリーが彼の説明に補足を入れる。


「子供の頃、それも命の危険にあるという状況も合わさって、自分を直に背で守ってくれた人間に対して強く恩を感じたんだろう。……幼年期の事象は、後の性格や考え方にも深く影響を与える。あいつの根っこにそれが焼き付いたんだろうな」


 メリーの話までを受けて、レフィはフェイの心情について理解できたらしい。ただ、彼女はそれでも何か引っかかるようで、眉間にしわを寄せる。


「そっかぁ……。でもなぁ、あんな迷いなくって風にいくのか? オレだったら……んぅ」

「まあそこは個人差だろ。人の考えてることは本人にしか分かんねえしな」

「そっか……そんなもんだな」


 レフィの疑念に、レプトが楽観的な言葉でケリをつける。初めは納得できない様子だったが、レフィは次第に考えるのが面倒くさくなったのか、レプトの言葉を受けて思考を止める。彼女の理解によって、フェイの話には一段落がついた。

 友人に対する誤解から始まった話が終わり、メリーは一本タバコを灰皿に捨てる。


「ま、あいつの話はもういいだろ。重要なのは私達のこれからだ」

「私達?」


 メリーの言葉に、ジンが眉を寄せる。そんな彼に、更に怪訝そうな表情をしてメリーが問う。


「何だ? 妙なことでもあったか?」

「お前まさか、ついてくる気か?」


 ジンを除いた一行にも驚きが走る。視線が彼女に集まった所で、メリーは当然だろうと言うような表情で続ける。


「ついてこないとでも? というか、これは私の車だぞ。ついてくるどうこうは私が決めるところだろう」

「そうか……」

「おいジン。何を心底厄介そうな顔をしている? あの件、あれだけで済ませられるほど軽くはない。それに、それ以外のこともある」


 メリーが旅についてくると宣言を受け、ジンは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。ただ、他の者達は彼とは違い、どちらかというと戸惑いの念が強いらしい。お互いが顔を見合わせている。

 彼女はそんな彼らに納得がいくよう、秘匿していることには触れずに自分の動機を話す。


「フェイのことだ。お前達には敵としか映ってないだろうが、私にとっては友人だ。これからが気になる。お前達と一緒に居れば、会えるだろう。だから、ついていかせてもらう。いいな?」


 許可を求める形ではなく、確認するようにメリーは問う。少し強引な持っていき方ではあったが、レプト達の方はというと先ほどフェイについての説明をしたのもあってか、納得した様子だ。


「ダチのことは気になるもんな。捕まるわけにもいかねえから逃げ続けることにはなるが……俺は全然いいぜ」


 レプトは頷きで快諾を示す。他の者達も同様、メリーが旅に加わることに異議を唱えることはなかった。


「ありがとう、よろしく頼む。な? 頼むよ、ジン」


 よろしくの挨拶を言い切った後、ジンに睨みをきかせてメリーは言う。そんな彼女の鋭い視線に、ジンは目を逸らしつつ、気まずそうにうなずくのだった。

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