無言のままときが過ぎる
20191016改稿。
無言のままときが過ぎる。
最初から居丈高な態度で来る相手に機嫌よく応じる必要はない。
そもそもこいつは翠寿を怯えさせた。それだけで万死に値する。
この状況に焦れたのは、僕でも梅園さんでもなかった。
「……俺たちに何か用ですか」
不動の問いかけに一瞥くれるだけで梅園さんは口を開かない。
むっとした表情をする不動を仕草で下がらせる。
そして再び無言の時間だ。
我慢比べならばいくらでも応じようじゃないか。
不動は僕に従い翠寿と同じ位置に。葵も僕の半歩後ろにいる。
隣に並ぶ澪は無表情のままだ。というか、彼女はこんな顔もするんだと内心で驚いていた。
結局、先に折れたのは梅園さんだった。
「随分とご立派な機巧姫を連れているじゃないか。どこから盗んできた? 貴様のような輩が機巧姫を持てるのか? どうせ金で解決したのだろう。ミョウケンのようにな。身分を金で買えると思っている莫迦ばかりで反吐が出るわ。侍という価値は己の力で勝ち取るものだ。決して金では買えん!」
顎を突き出して言葉を発している姿に、慣れたものだなと少し感心をする。
日頃からこういう態度を取り慣れている者の姿だ。
「だがそれよりも今はお前のことだ。お前はどこから来たんだ。もしかしたら敵国の間者ではないのか! お前があの機巧武者どもを引き入れたのだろう! 話が出来すぎていて、随分とお前にとって都合がいいからな! 敵を三旗も倒しただと? 誰が見た。誰が信じる! 俺の言っていることのが正しいだろう! 違うか!」
得意になって責め立てている。
指を突きつけ、糾弾する。
「そもそもだ。穢れた血を引くケモノどもでさえ許しがたいというのに、素性の知れない者までもが神聖な道場に足を踏み入れるとは何事かっ。全員、即刻この場から出ていけ!」
全スルーである。
葵のことを、そして澪や翠寿、不動のことを悪く言われて腹が立たないわけではないが、表情にはさざ波ひとつ立たせない。
こういう手合いの対応には無視が最善っていうのを教えてやろう。
「ちっ、腹の立つ奴め。人目につかないようにこそこそと立ち回る! どうせそうやって一番手柄も盗んでいったんだろう!」
先に腹を立てたら負けなのである。
以後、何を口にしようが風下に立つのは君だよ、梅園君。
しかし我ながら肝が据わっている。こんな風に面と向かって罵倒された経験はないっていうのに、この冷静さ。まるで自分ではないみたいだ。
「これはこれは。東の砦を守る戦いではご活躍をされたそうですね。お噂はかねがね伺っております」
「お前などに名前を呼ばれたくは――」
誰もお前の名前など呼んではいない。
「深藍の君には初めてお目にかかります。私の名前は不吹清正。こちらが私の機巧姫の葵と申します。以後、お見知りおきください」
四十五度前に体を倒した最敬礼をとる。気配で葵もお辞儀をしたのがわかった。
さすがは僕の連れ合い。主のしたいことをよくわかっている。
「くっ、この俺を無視するなど――」
「時に深藍の君の体調はよろしいのですか? なんでも敵機巧武者は五旗もいたのだとか。指揮を執られていた広幡様が負傷なさるほどの激闘だったのでしょう。今は無理をされず、体調が戻られるまで安静にされるのがよろしいかと」
深藍の君は相変わらず薄ぼんやりした表情をしているが、どう対応したらいいのかわからないようだった。
己の主の様子を伺っているが、主の方は彼女に気を配る余裕はない。
「き、貴様! 貴様貴様貴様ぁぁぁ!」
「ああ、今日はやけに犬が――いえ、犬に失礼ですね。どこぞの糞虫が五月蠅い日のようです。日を改めてゆっくりお話しできる機会などをいただけますと幸いです」
プツンと何かが切れたような音がした――気がした。
ズンズンと床を踏み鳴らして梅園さんがこちらへ迫ってくる。
葵が前に出ようとする気配を察して制する。
大丈夫。相手のプライドが高いのならば手は絶対に出さない。絶対にだ。
僕の前に立った梅園さんは覗き込むように上体をかがませ、それこそおでこをくっつける距離にまで顔を寄せる。
なお、僕の視線は深藍の君に向けられたままだ。
「いい気になるなよ、フブキ・キヨマサ! 俺と深藍で貴様の化けの皮をはがしてやる! 表へ出ろ!」
ここでスルーをしてやるのも面白いが、先々のことを考えると面倒だ。
相手をしてやり、きっちりと落とし前をつけさせてやるとしよう。
「澪、調練場にはまだ案内してもらってなかったよね」
「ええ。このすぐ外にあるわよ」
「じゃあ、案内をお願いできるかな」
あくまで梅園さんの言葉に従うのではなく、自分の意思で場所を移動するという体を取らせてもらう。
「くっ、き、貴様……貴様ぁぁぁぁ」
頭に血が上った状態で僕に勝てるかな、梅園君?
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