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自分史  作者: 暮葉畏啓
灰廃家社
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自己ログ倉庫68 「僕の中身」

任察にはそんな簡単な軽症でなんか終わらせるっていうのもそもそもダメじゃないですか。そんなことしてるときにもうみんなすごい問題集とか大量にやってて、たくさん進んでました。お前もなんか、謎に毎日苦しんでなんか、しかも勉強全然できてねえ、頭もよがってるみたいな。長いじゃないですか、と思って。で、正直なところ、本当に僕はその、なんだろうな、もう一つわかってることがあるんですけど、どうせ多分なんか理系系の、あの、情報系に行こうと勝手に考えてるんで、情報系の方に行って、そのなんか、システムエンジニアかなんかよくわからない職について、で、創作も多分趣味でこう続けながら、アニメとかをこう見て、で、なんかアニメのフェスとか同人即売会、コミケとか例対サイトとか、そういうところにこう赴いて、なんか話して、そういうコミュニティと仲良くなって、今僕結婚したいと思ってるので結婚して。僕その田舎と都会のセカンドライフをしたいと考えてて、それでちょっとこう、田舎の方の、あの、茅ぶきではないけど、ちょっと古めの家をこう、結構今最近安くで買えるから、それで買って、そこでこうなんか、その、奥さんと一緒になんか、まあ、土日にそこに赴いて、ちょっと暮らしたり、まあ、システムエンジニアとしてリモートで働けるのであれば、その、ちょっと岐県とかで暮らしたりして、で、長野県の白馬村とかによく毎年行って、なんか観光地とか、まあ、白馬村のその雄大な景色とかをこう八ツ岳とかを見て、なんかへえとか思ったりして、それでそこは東北の聖地なんで、そういうのをこう伝えしつつ考えて、僕民族学とかまあ遠の物語が好きなんで、そういうなんか妖怪が出てくるなとか、そういう風情を感じたり、そういう視界が好きなんで、そういうのを感じて、アニメとかでそう、ビジュアルアーツ系とかのノベルゲームとかたくさんやって、そういうすごいなんか切ないテーマとか、そういうのに触れて、なんかそれでこう、ちょっと平成ぐらいの港町に香りがこう残ってるような、まあ、兵庫県のかすみ町とか、そういうなんか日本海側の港町に行って、すごいなんかこう、どっかわからんそういう町でなんか一日こう、どっかの店で泊まって、それでこうなんか、その風景を感じたりしたり、写真撮ったり、その奥さんと一緒に行ったりしたい、したい。で、まあ正直そのシステムエンジニアとして働きながら、なんかそんな別に僕はすごいなんかことしたいわけではなくて、システムエンジニアに関してはただ職を繋ぐためのもんだから。まあやる、そこに対してなんか学力とかの、学力というかその学問とかそういう勉強の熱心はないので、僕好きなことしかしたくないので、それでなんか、創作系の方でこう成長できればいいかなと思って、サークルとかに長年活動したいなと思ってて、そういうのは多分変わらないんですよね。大学に行った、どこに行くかとか関係なし。大学は何が重要なのかというと、やっぱり高校生、高校受験の時に偏差値が70ぐらいのいくつかの高校に推薦で筆記と面接して、すごい頑張って合格したんですね。それで今の高校なんですけど、その時中学の僕すごい真面目だった、自分とか。小学校の時に学年で一番その自習ノートのやってて、マイノートっていうんですけど、それを1年で13冊やってて、すごい褒められてたくらい真面目でっていうような自分がやっぱりいるので、その小学校とか地元の人には僕は真面目キャラとして通ってて、で、やっぱりそういう過去があるから、中学校の時の塾ではその校舎ではトップだったし、常にその学力テストとか、なんか全国統一みたいなやつも、その校舎でトップ取って、すごいすごいすごい言われてて、僕はその時はなんか娯楽、なんかレゴブロックとかカードゲームとかで、特にそんなのもなんか、中学校の時はずっと勉強ばっかしてたので、特に何とも思ってなかったんですけど、そういうのもできたんです。スマホもあった高校なんで、中学校の時本当にそういう勉強ばっかできてて。そういったその時の自分を裏切りたくないっていうか、阪大は別に正直どうでもよくて、その僕の知り合い、僕の友人、小学校中学校の時の友人の兄が、僕の兄と同世代で、で、その友達の兄が阪大に受かったんですよね。推薦で受かって。1日に行った、まあ、推薦で受かって、で、すごいなって思ってて。で、阪大ってレゴ部っていうのがあって、レゴをこうちゃんとやってる部活があって、僕小学校ぐらいの時はレゴ大好きだったので、なんかレゴがあってすごい阪大行きたいなと思ってたりしたんですけど。正直その頭のいい高校に行くってものよりかは、自分が頭がいいと思われているからある程度頑張らないといけないみたいな感じのことを思ってて。ことが多くて、やっぱりなんか、高校も結構ちゃんといいところ行って、その普通の高校とかだったら、その国立大学に行く人すら少なくて、その阪大とか京大と東大とか一度も合格者いない学校とか、阪大ゼロ人とか、大阪公立で数人とかそういう高校じゃないですか。僕の高校は、自分のクラス、一クラスに京大、東大とか数人いたり、阪大も、僕のクラスはみんな阪大以上を目指してて、そういう環境なので、やっぱりそこでなんか失敗するのもなんかあれだなと思ってて。で、僕独学するって言ったんですけど、多分僕独学しなかったら絶対合格してたんですよね。僕もともと中学校の時も、塾で与えられた課題っていうのをちゃんとこなして、真面目に勉強するタイプなので、塾に行ってこの課題とされたら絶対ちゃんとやってたんですよね。だから絶対に塾行ってたら合格できてたんですけど。でもやっぱりなんか、僕はそのなんで行かなかったかというと、正直なところ一つ深い考えがあって、深いというか僕勝手に考えてる考えがあって、その大学行ってから、そのどの大学に行ったかというよりかは、情報系ってどうせその大学行く前の自分の能力とは関係ないじゃないですか。新しいことをやるじゃないですか、大学で。じゃあその大学で新しいことを学んだ時に、正直その情報系でそういうシステム系を学ぶってなった時に、すぐ始めれるかもしれないけど、僕はその結構いろんな参考書とか学術書とか、なんかそういう本を、真面目な本を読みたいっていう願望があって、ある程度そのなんだろうな、なんか、恋愛とかそういうのばっかりしたい、バイトばっかりしたいっていう感じじゃなくて、そういうなんか知識を深めたいとか、あのノベルゲームをたくさんやってとか、なんだろう、そういうなんだろう、知的欲求みたいなものとか、いろんな世界に触れてみたいな、そういう欲求が高くて、そういうことを大学でしたいと思ってて。でもやっぱりそういうことを大学でするには、ある程度自分を律する能力とか、なんだろう、先を見る能力とか、精神的な成熟っていうのが必要じゃないですか。やっぱりその塾で全部管理されている状況で絶対合格できました。ってなるとやっぱりその塾の目標っていうのは大学合格させることなので、やっぱり大学合格した後にやっぱ遊んじゃいやすくて、それでなんか、なんだろう、僕は思っている未来はそういう未来じゃないので、僕はその大学受験を通して自分を成長させて、大学後にさらに進化したいって思ってたので、やっぱりそれならやっぱ自分で管理したいなって自分のことを。それがやっぱりすごい大変で、だからこそ成熟する、精神的に成熟する方法の一つなのかなと思ったんです。僕はその成長するっていうことに対して、二種類の成長があると思ってて、まず二つに分けてるんですけど、能力的な成長と精神的な成長っていうのがあって、能力的な成長っていうのは計算が早いとか、数学ですごい問題が解けるとか、いろんなことを知ってるとか、運動ができるとか、そういった磨こうと思えば磨ける、人に伝えやすい、分かりやすい実績とかに残るような能力、そういったものの成長っていうのがこの能力的な成長。で、精神的な成長っていうのは物の考え方とか物の見方とか、例えばその事故が起きましたと、自分も足骨折しましたと。で、なんかもう足が動かなくなりましたと。その時にじゃあどういうふうに自分を受け止めるかとか、母親が死にましたと。その時にどう受け取るかとか、なんか自分の狙ってたその陰性試験とかそういう試験とかで大失敗した、落第です、どう受け止めますかとか、彼女を作る時にその彼女に対してどういうふうな対応をするかとか、どういうふうな人との付き合い方をするかとか、どういうふうな人になるかとか。そういうのを諸々含めて成長、精神的なものとして捉えて精神的な成長っていうのがこの二つに対別させてるんですけど、僕はこの精神的な成長っていうのは、能力的な成長をしている過程では多分同時にすることはできなくて、で、その精神的な成長っていうのはある程度自分で考えた状態で、意識した状態でやらないとダメ。能力的な成長もそのある程度その計算しようっていう意識がないとダメだから、むやみに生きてるだけで勝手に能力的な成長が上がるわけではないから、それは精神的な成長とも同じで。その精神的な成長っていうのが能力的な成長と同じぐらい重要。ただ僕は勝手に考えてたので、それをなんかその二つをこう頑張ろうと思った時に、なんか自分で勉強したらいいなと思ったんですけど。はい。ちょっとこれは、なんかなんだろう、今の悩みというか、僕の中身を、ちょっと僕の本当の中身を言った感じですね。



【2】

わざと言ったその内容っていうのは、僕が最初最後に言ったその精神的成長と能力的成長の二つで考えると全然なんか意味が変わってくるんですよね。その確かにその勉強することっていうもの、えっと、苦労した方法と、苦労した方法ほど成長につながるとは限らないこと。で、なんかあなたはそのなんかプロのスポーツ選手は全部独学でやったから偉いって言わなくて、優秀な指導者を使うから能力の突出言ってるんですけど、それは本当にそうで、大学受験っていうのはその、もう正直言えば最短経路を通る方が絶対に楽なんです。で、その最短経路っていうのは塾なんです。だから能力的成長っていうもの、いわゆる問題が解けるようになる、受験で合格するようになるって、そういった能力が能力的成長なんですけど、その能力的成長だけを求めるのであれば塾に行くことが絶対に正解なんです。塾に行って、そのまま勉強する、だから、半端に行きたいのならば塾に行けばいい。で、僕は違うって最初言ったじゃないですか。僕はそれだけで精神的成長も大事です。で、あなたが言ったように、その能力的成長を行う過程で精神的成長もできるって言ってるんですけど、僕中学校のときずっと塾で勉強してたんですよ。確かにそこで勉強すると1週間はついたけど、勉強するということは、勉強を長時間続けられるということは精神的成長したわけではないんですよ。ただただ2週間ぐらいその勉強してたから、その習慣が生まれて、で、勉強を長時間してても苦にならなくなったってだけで、それは何も精神的な成長ではないんです。ただ慣れただけなんです。僕は中学校のときアニメとか全く見ずに勉強ばっかりして、それで勉強と向き合って、能力的成長だけは上げ続けた結果、高校には合格したけども、精神的にはすごい未熟だったんです。高校生になっていろんなものに揉まれるようになって、いろんなビジュアルアーツ系の作品とか、他の作品とかいろいろ出会う中で、すごい感動したし、すごいこう価値観が変わったし、見方も変わったし、で、理想も変わったし、それでそういった作品の漫画とか小説とかCDとかを買おうと思って、いろんな作品を巡って、で、その買い方とか、一人で大阪に行って、大阪のその同人系のショップでCDとか探して買って、それを帰ってから聴くとか、そういうなんだろう、中学校の頃の自分にはなかったことがたくさんできたんです。それは確実に精神的な成長につながってると僕は思うんです。中学校のときのあの生活を高校でも続けていたら、それでもある程度精神的な成長はあったかもしれないですけど、正直そのいろんな見方をして、いろんな間違いをして、創作を僕めっちゃ続けてきたから、日本語に対して、日本語の文章に対してそのある程度のこの文章、同じ情報を指す文章でも、その言葉遣いによって、その作者が伝さんのメッセージとか思いとかがわかるようになるんです。で、その微妙なニュアンスの違いとか、人が結構敏感にわかるようになって、で、そういうのってただ勉強してるだけでは無理じゃないですか。そういういろんな経験をしてて、すごいしたんですよ、僕はね。もう正直その高校は学校内では一人だったんで、別にそんななんかたくさんあれはしちゃってはないんですけど、別の高校の、もともと中学校同じ高校で、まだ仲良くて、その子が反田ことするんですけど、そういう人となんかこう、なんだろう、自分の高校の悪口っていうか愚痴を言い合ったり、自分はぼったりっていうことを話したりして楽しんだり、そういうなんか、なんだろう、いろいろ経験したんです。それが今の僕を形作っていて、大学においても、その、なんだろう、苦労すること自体が成長につながるってわけではないんですけど、苦労しなかったら成長にはならないです。当たり前だけど。努力しても報われないことはあるけど、努力しなかったら報われるっていうこと、そのこと、判断自体がまず存在しないんです。僕は判断に合格したいというよりかは、どっちかというと精神的に成熟したいと思ってるんです。でも過去の自分たちが真面目で頑張ってきたから、その、せっかくならそれを叶えてあげたい。友達も半大に行ってるし、そうなら半大に行きたい。それ、なんか僕半大行って前の人に言ってるのに、それでなんか失敗したら嫌だし。正直言うところ、半大に行かなかったらなんか、やっぱそれをしようというか、自分の中である程度そのもったいなくことしたなとか、どっかで思っちゃうかもしれなくて。やっぱそれが嫌だから、せっかく中学校のときめっちゃ頑張ってこの高校に入ったんだからっていうのをすごい感じてます。で、正しいかどうか、間違ってるかどうか、この僕の記事、僕の考えが間違ってるかどうかっていうのは特に重要ではなくて、僕の考えっていうのは多分、いい合理的、で、なんとなくなんかその、明日サラダを食べる、太陽が燃えるみたいな意味わからない文章を使って続けていたら、それは非合理的であると、間違ってると言えるんですけど、僕の考え自体多分ある程度僕の頭の中では合理的に繋がってるんですよ。で、それ自体が正しいかどうかないにしても、僕の中で繋がってるんです。で、それに対して間違ってるかどうかっていうのは人の考えですから、あんまりないと思うんですね。だからその考えてほしいのはその、君の考えは合ってるか、正しい、間違ってるかではなくて、それを素直に受け止めた上での君の感想というか、君の思いを書いてほしいんです。僕はそういうふうな感じで話してます。



【3】

僕その自分史っていう作品というか、そのChatGPTに僕こう口で話したのを文字書きしてもらうじゃないですか。で、文字にこう変えてもらって、それをこう君に送ってるんですよ、文章を。その僕が送った文章、僕の文章、僕が手で打った、タイピングで打った文章じゃない、僕が話した文章を、あの載せてるんですね、その自分史っていうのは。毎回。基本的に僕が君と話したことは、その内容っていうのは全部そこに載せていて、今回のやつも全部載せてるんですけど、そういうのやってると、やっぱり思うんですけど、僕めっちゃ悩んでるんですね。なんで悩んでるかって言ったら、一人でいることが多いから。で、一人でいて、で周りのその動きとかも知らずに、一人でずっといて、一人で考えて、一人で悩んで、一人で苦しんでるんです。で、人との繋がりっていうのは大事だよねって思って。確かにそうで、僕は一生一人でいるつもりはないし、大学生になったら創作のメンバーで、すごい仲良くしたいし、結婚もしたいと思ってるから、そういう面ではすごい頑張りたいと思ってる。文化祭の時も、その美術部の子に話しかけて、知らない人ですけど、その子が描いた作品に対して30分40分ぐらい語るっていうことをしたりしたんですね。その子がなんか作った作品、イラストの作品の題名が「サマー」っていった題名で、サマーってすごいいろんな概念が絡んでますよねっていうのを話して、で、すごく納得してもらえて、そのたくさん話したんですけど、そういうこともしたりしたし、結構そういうことが好きなんで。で、そういうことはしたいんですけど、僕はその正直人と話すっていうことを常にするっていうのは良くないと思ってて。子供というか、常に小さい頃からそればっかりするっていうのはあんまり良くないと思ってて、やっぱり安心するんですよね、人と話すと。人間はやっぱ動物だから。でもその安心して、それでその人の言ったことをある程度自分の中に取り入れてしまうっていうのと、それも大事だと思うんですけど、正直なところ、自分でそういったもの何もせずに、自分で考えて、なんでそう思ってるのか考えて、先生に相談する。俺はなんでここにいるんだとか、僕はその自分が高校受験でこの高校に入ったこと、このその高校に対して何百回考えたか分からないんです。すごい自分で考えて考えて、それをたくさん文章に残して、いろいろ考えたんです。そういうのもが過去にあるんです、実際に。文章として残ってるんです。で、他のことも生きていることとか、僕多分将来のこと言ったんですけど、これ考えたの多分2年前ぐらいからずっと考えてることで、セカンドライフしたいとかいうのは最近のことですね。はい。で、それ以外は基本的にずっと同じで、高校になんで入ったのかとか、そういったものも全部、最近、今考えついたことではなくて、とかがあって、そういうところすごい考えてて、考えてるからこそ、逆にそれを失うことの恐怖とかあるんですね。で、反対にいけるかどうか、そういうところですね。なんだろう、実際に結果として出てみて、で、それで、それは起こるって多分誰もないんですよ。別に僕の家族は別にそんな頭がいいわけではなくて、別に私立の文系の大学に通ってるし、親は。で、兄も理系ですけど、私立の大学に通ってるし、妹も別に全然頭いいわけじゃないし、僕は頭ある程度いいけど、大学どうなるかわからなくて、僕の通ってる高校は半分ぐらいが親が研究者で、すごい恵まれてる場所で、なんか宮崎県立っていう大学の実践の研究室と書いて研究するっていうやつがあったんですけど、そこでこう、電気電子科学っていうジャンルの研究をしたときに、その親がその研究をしてるみたいな人がいて、それでなんかすごいそのアドバイスを受けてるとか聞いて、その時僕はその自分であんまり人と話したりしないんで、そのなんか予習しろみたいなんで、3DMっていう操作型電子顕微鏡みたいな使い方とかを調べてレポートにしろみたいな。で、そのなんだろう、評価基準っていうのは、その実際のその宮崎大学の教授が評価して、で、その評価するのの難易度っていうのも、実際の修士と同じぐらいのレベルでつけるよって言われて、で僕それすごい怖くて、それでウェブで論文を10個ぐらい集めてきて、それをAIに要約させて、その論文ってすごい難しいことが書かれてるし、なんかなんだろう、わからない単語を調べていったら、またその単語についての論文があって、その論文にもまたわからない単語があってっていうので、きりがないので要約させて、めちゃくちゃわかりやすく紐解かせて、概念だけを抽出させて、それで書いていったんです。それでまあいい評価もらえたんです。めちゃくちゃ良い評価、A評価とかもらって、なんか僕のその班はA評価僕しかいなくてみたいな。周りはC評価でとかそんな感じで、君は面白いねって言われて、僕その予習レポートに女神の手を知るみたいななんか、そういうなんか題名にして、で笑われたっていうか、なんかすごい気に入られてるっていうのもあったりして、それより僕自身は自分の好きなことがやりたいんですけど、学問と興味はなくて、なんか、なんだろう、そのやっぱり中学校のときはそれが全てだったんですけど、高校に入ってからは創作とかを知るようになって、そのやっぱ人を生物で、その一生があって、その中の暮らしでしかなくて、勉強っていうのはある種のツールでしかなくて、勉強やってる損はないけれども、勉強だけをしてたらそれは損になるんじゃないかっていうようになって、そのなんだろう、確かに憧れたりするけど、僕は正直なところその毎日を普通にご飯食べて、寝て起きてできれば、それだけで幸せだなと思ってるんですよ。その家族と暮らして。っていうのが、なんか僕が高校2年生ぐらいのときに考えてたことで、今もそれをずっと思ってて、だからセカンドライフとか妄想を広げてるんですけど、そういうのは正直なところあるので、なんかうまくまとまってないんですけど、お願いします。



【4】

確かにそうですね。正直、なんだろう、高校生が考えることではないっていうのを、自分である程度自覚してて、正直高校生として受験だけを目の前にして、それに向かって走るってことができていたのなら、それが一番幸せだったと思うんですけど、僕はなんか謎に変なことばっかり考えてて、なんか高校生じゃないことばかりを考えてるせいで、大学受験っていうものを、なんか、なんだろう、独立した存在として邪魔をしてる感じがするんですよ。もし僕が今30代のおっさんだったら、もう何の問題もなく幸せに暮らしてたと思うんです。でも、大学受験っていうものがあるせいで、なんか僕が本来これからしたいこととずれてるんです。いわゆる高校生というステージでやるべき受験っていうものと、僕の思想、価値観、考え方が一致するステージっていうのが多分違うんですよ。わかんないです。それがすごいかどうかとか、そういうことではなくて、違うから、違うせいで、やっぱりその、普段は違うステージにいるのに、大学受験の関連の話とか、勉強とか、そういう時間になると、非常になんか落とされる感じがするんです。で、そのせいでなんか、周りの人たちは受験勉強という高校生のステージにずっといるのに、僕だけなんか、時々しか降りてこないし、そのせいで、僕はなんかとんでもないことをしてるんじゃないかみたいな。僕だけなんでこんなバカなことしてるんじゃないかと思ったりもするし。だから受験が嫌いになるんです。そういうのがあって。正直それが僕が今まで話してきたことの中で、正直自分が本心で思ってる重要なところだと思うんです。



【5】

それはすべてわかっていることで、過去にもそれを考えたことがあったんです。その別に、受験勉強っていうのは今必要なことだって、で、それが未来の自分を作るってことはわかるんですよ。でも、その、なんだろう、他の人っていうのは、別にその人生において何を作りたいかとか特に考えずに、頭がいい場所だから京大に入りたいとか、阪大に入りたいとか言って、その塾の先生が、そういうモチベーション上げるためのなんかことを話したり、周りの人が勉強頑張ってるから、それに影響されてその問題集とかちゃんと勉強するじゃないですか。その頭を空っぽにして勉強だけに集中できるじゃないですか。僕はなんか違うんですよ。で、僕はその阪大に行きたいかどうかっていうのよりかは、なぜ阪大に行くことが、どんな効果があるのかって考えて、別にそこまで効果はないけど、僕はその、なんか頭がいいから入りたいとかじゃなくて、僕はその別に勉強したいからとかというよりかは、正直その勉強しなくていいんですよ。参考書読みたいとか言ったのは、その民族学の本とか、趣味である本、僕の趣味の本を読みたいってことで、漫画でもいいし、漫画っていうかなんだろうな、なんかあるじゃないですか、雑学系の本。なんか自分のその見方を、物の見方を広げてくれるような本ってたくさんあるじゃないですか。そういうのたくさん読みたいと思ってるだけなんです。で、正直その学問は本当に正直どうでもよくて、情報に入るって言ってるのも、パソコンだったら、その、創作でノベルゲーム作るときにある程度練習になるだろうし、僕はなんかある程度そういうなんか方がどうせ多分相性いいんだろうなと思って、そういうのをやろうと思ってて、ただそれだけなんです。なんだろう、なんか、すごい数学の問題解きたいとか、そういうのあまりもう今なくて、中学校のときはあったんですけども、今はほとんどなくて、それを解くのも楽しいっちゃ楽しいんですけど、それ以外にも楽しいことがあって、僕自身はなんか、正直そんなことをしてるよりも、なんか岐阜県とかのちょっと暖かめな気候の場所の田舎で、なんか一人縁側に座って、なんか風鈴の音聞きながら、ぼーっとなんか1日過ごしたり、なんかそれでなんか夕方になったら、奥さんが作ってくれたなんか、なんだろう、庭で採取した山菜とかをこう天ぷらにしてくれたのを食べたりとか、味噌汁食ったりとか、でなんか家の隅っこ、角っこになんかある小さい液晶のテレビでなんか、のボタンをこうパッとつけて、で、ビジュアルアーツAIRのDVDを、あの、DVDレコーダーに入れて、ドライバーか、で、それで再生させて、なんか、なんだろう、港町、夏の、平成の夏が残ってるような港町で、なんか女の子と男の子がこう、なんだろう、切なく静かに、なんかそういう雰囲気を持って遊ぶっていうのをこうパーって見ながら、扇風機をこう感じて、でなんかその奥さんに、なんか、今日はなんか、今日も平穏だったなみたいなことを話して、でちょっとその後、時間経ってから、奥さんとちょっと話したりして、仲良く話して、で、自分の部屋戻ってそさりでなんかこう、パソコンとかノートとか出して、自分がこう考えてる、自分が作ってる作品の、なんかちょっと世界観についてちょっと書いたりとか、新しい話ちょっと書いたりとかして、ぼーっとしたりしたり、そういうことがしたくて、それが本当に僕がしたいことなんですけど、特に別になんか新しい難しい数学の問題解いたりとか、講習とかそんなの特になくて、僕はその、そういうことがしたいんです。

どうしたらいいんでしょうね。本当にどうしたらいいのかな。本当にその、半大に行けるかどうかって特に関係ないじゃないですか、今の僕の目標というか、夢というか、未来の話に結びつけるときに。例えばその、システムエンジニアとしてなんか、すごいなんかお金を稼ぎたいとか、数学者としてなんか名誉を刻みたいとか、ロボット系でなんか最新端の技術を学びたいとかだったら、半大行きたいかもしれないですけど、それ学んだりそれを起こしたところで何になるんだろうって思いませんか?僕そんなことよりもっと明確になんか、そういった記録を残しているというニュースを夕ご飯でなんか見て、それで、そんなこともあらなかったらちょっとこう、ぼやいて、で、娘か息子か、娘がいいですけど、娘がなんか母親の膝枕をしてもらって、なんか漫画でも読んでるのを見て、そばに寄って抱きしめたいみたいな。僕なんかすごいその、すごい良い父親になると思うんです。自分で思ってるんです。なんか僕その、人をいじめたいとかそういう思いも全くなくて、なんか、なんだろう、愛したりというか、自分のその奥さんに対して愛情注ぎたい、その人の助けをしたいとか、そういう思いはすごいあって、幸せに生きたいって思ってて。だからその、何を言いたかったのかよくわかんないんですけど、僕はその、人間的な未来をすごい望んでるというか、なんでなんですかね?これでいいんですかね?

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