自分史56 「統合失調症と彼女の妄想」
なんかそれ、今ちょっとアニメや漫画でよくあるフィギュアが話しかけてくる病気の名前は?っていうその質問の意図っていうふうになんか解釈されたっぽいんですけど、その路線でいっても別にいいんですけど、例えばエヴァンゲリオンのアスカ・ラングレー、ソウルアスカ・ラングレーとかが、まあ、経験したその自分の母親が人形と話しかける、人形に愛を注ぐことによって自分が放っておかれるっていう経験を彼女はしたんですけど、その時のように、生きてはないのに、人形に対して生きているというふうに思って、なんかこう世話をしたりする、または会話をしてて泣いてるとかそういうのを感じるっていうその現実と頭の中の受け取り方が乖離しているというか、別の状態になってるっていう人が持ってる症状とかって何かあるんですか?っていう話で、なんかクレイジージャーニーにたまに登場する呪術家、呪物の収集家の人が持ってる人形の逸話で、なんか病院でよくこう、いわくつきの人形で、その人形を抱えた人はみんな死ぬと。で、それが4回ぐらい、4件ほど事例があって、それでその人形が怖いからっていうので、病院側から受け取ったらしいんですけど、その人形に持ち帰って見てみると、口の中に何か詰まってるっていう。で、その何が詰まってたかよくわかんなかったんだけど、取り出してみたら乾燥した米だった。で、事物的な話すると、その人形がそのご飯を食べたのではないかと思ってみするんですけど、先ほどの話を引用して考えると、例えば高齢者とか統合失調症を発症してる人が、その人形を自分の子供とか、自分の友人とか、自分の彼女とか、自分の彼氏とかそういうふうな人として受け取って、その人をお世話するために、ご飯をその人形に与えようとしてたのではないか。だから口の中に乾いた米粒があるのではないか、っていうふうな考え方になるんですよね。で、何が言いたいかというと、こういった症状を持つ人っていうのは、具体的にどんな病気になってるのか、またはその病気を発症する原因とか経路とか、そういったものを知りたいなというふうに思ってます。それと、今僕が話した言葉っていうのは、自分でタイピングで書いたわけではなくて、この機能として存在している、自分が喋ったことを文字に起こしてくれるっていう機能を使っているので、もう僕からすれば、この文章はすべて口頭の文章なんですが、読みやすいですか?いわゆるその僕の話聞きやすいですか、わかりやすいですかっていう話をちょっと、通りをちょっと聞きたいかなと思ってます。それも合わせてお願いします。
【2】
僕がこの件について考えるときに一つ大事なこととして思うのが、その人形に対して、その存在が人形であるという事実を知らずに、その人形が別の何かであるというふうに思う。で、この現実と妄想が乖離しているということに対して、自覚があるかどうか。その二面性を自分で知っているかどうか、知った上でそうしているのかっていうところが、結構重要な観点だと思ってるんですね。で、例えば、現実の人じゃないけど、現実の人ではない、生きてる人間ではないんだけれども、そのある対象を見ているときに、その対象に対して自分が人として扱っているからこそ起きるような反応っていうのをするっていうのは、別に人形だけじゃないんですね。めっちゃ多分一般的なものでいうと、二次元のイラスト、これは別に生きているものではないんですけど、それに生きている人の写真とかでもない。なんですが、それに対して例えば、強い興奮を覚えたり、強い悲しみを感じたり、強い喜びを感じたりするっていう、感情移入をするっていうことはあるじゃないですか。で、これっていうのは、その二次元のキャラクターとか風景とかに対して、これが現実ではないということをわかった上で見てるじゃないですか。だから、そのものに対して、不本意に自動車側が損失を被るようなことは起きないんですよ。その人形に命令されて、なんか暴走しましたとか、なんか事件を起こしましたとか、そういうのがある人とある場合とは違って、二次元、二次元だと理解してる、その上で感情移入とかもできるというタイプの人は、人形に脅されることはないですよね、基本的には。で、人形だけの事例というわけではなくて、基本的にその対象が、その対象の本質と、本来の、現実の客観的な事実として、人形なのか二次元なのかみたいな事実と、自分が受け取って、自分が認識している、これは人なんだとか、これは二次元なんだとか、これは人形なんですよっていう、この部分がどっちかしか知らないっていうタイプと、どっちも理解してるけど、ちょっとこう感情移入をしたりするよみたいなタイプの二つに分かれてて、二次元においても、その二次元を二次元と見ない人とかがいて、そういう人は人形を子供だと感じるような人と同じような事例を起こすんですけど、その統合失調症というを人形だけで捉えずに、二次元とかも捉えるべきなのかなというふうに僕は話してて自分で思いましたね。
【3】
少し変な話になるんですけど、ちょっとその思考の延長線上、もしくは危ういかもしれないけど思考実験としてとどめるという前提を置いたとして、僕が少し考えたい思考実験の内容というのは、自分で意図的に統合失調症のような状態を生み出すことができるのではないのかっていう思考実験なんですね。で、これが僕はできると思っているタイプなんですけど、その今の話を聞く限り、普通に二次元とか人と接している場合、それが現実にはないものという前提として意味は持ってるんですよ。それが、健常者としてはって言い方おかしいかもしれないですけど、当たり前のことなんです、僕だからしたら。で、だからその前提がある限りは、僕が最初に言ったできるのではないかっていうその課題、疑問は絶対に叶えられないんですよ。その前提があるから。で、どうするかって言ったら、僕はそのどうするかというと、呼びかける。話しかけられたと思って、話し返すということを日々連続でやっていくと変わるのかなと思ってて、夢日記をつけることってあんまり良くないっていう人もいるじゃないですか。夢日記をつける前は現実と夢の区別はついてるけど、夢日記をつけていくうちに、夢で起きたことと現実のことが曖昧になっていくっていうのがあるじゃないですか。で、これってなんでなのっていうと、自分では違うと思っている人としても、一応夢日記をつけることによって、そのつけているときは、ある程度その夢のことを現実っぽく思い出してるんです。で、そのちょっと思い出してる時間っていうのが毎日続けていくと、増えていくじゃないですか。すると、あれ、もしかしてこれ現実なの?っていう脳が判断を起こすじゃないですか。それで、それがもう非常に高まっていると、ついになんかこう夢が現実になるみたいな、精神異常を来たすみたいな状態が生まれるっていうわけじゃないですか。そのめちゃくちゃ嫌だったけど、勉強を1日1時間してたら、なんか3週間後くらいには、なんか勉強1時間しないと怖いみたいな、のになってしまった。っていうのは、最初は勉強ずっと嫌だと思ってたけど、勉強1時間やってるときは、勉強1時間やるという行為を毎日続けて、その時間が増えていることによって脳が、こいつ勉強するんだな、あ、こいつ勉強してるんだって思うようになるということを、勉強をしている自分を嫌いにならないために、まあ、勉強してても別に仕方ない、普通だね、生きるのに重要なことだよねっていうふうに。単語の暗記のときも、その単語を一回見ても覚えられない。でも何回も見ていくうちに、あ、この単語を覚えが出ている何回も登場するから大事なのかなっていうふうに判断するじゃないですか。そういうふうな論でいくと、人形が話しかけてくることはないというふうなことを知ってたとしても、例えば、あ、今日何飯食ったみたいなことを聞いて、麻婆豆腐食ったんか、へえとか、その自分で一瞬相手の答えを想像して、それでまあ口に出すのは自分だけっていうのをしていると、その視覚の情報だけで言うと、人形と自分が会話しているという情報が生まれる。で、聴覚の情報だけで言うと、自分が話しかけてるっていう情報が生まれる。で、その中では相手の言葉は自分で考えてるんだけれども、それを他の情報機関では理解してないから、それでなんか、あ、人形と話してるんだなっていうふうにちょっと思ったりするじゃないですか。それを続けていくと、できるんじゃないかなってふうに思うんですけど。確かにその勉強ずっとやってたら勉強好きになるというか、勉強することに慣れるだけであるとか。単語を見ていったら単語を覚えることはできるけれども、じゃあその単語が人生に必要なものであるということを表面上は理解してないのかもしれない。そういった論でいくと、人形と話すこと自体は慣れたとしても、その人形は本当に自分に話しかけてきたというふうなことはできないのかもしれないんですけど、少しそこを考えたかった。
【4】
僕はまず最初に思考実験って言ってる、文面から察する、それを現実に移行することはないっていうことは伝わってると思うので、最後の君の文章は多分いらないのかなというふうに思う。僕の文章読めてないのかなっていうちょっと心配になってしまうので、僕に心配させたくないというふうに思ってたのであれば、そういったなんか最後の付け足しの文章もいらないのかなって思いますね。で、相手の返答を自分で考えた上で答えるっていうことをしてると、さすがにそれでは最初の思考実験は可能にならないと思うんですけど、例えば、トップに置くだけが動く、例えば、人に対しておはようしたら、したら相手の答えを想像する間もなく、マジな、そうかよみたいな。いや、そう、あ、使えそうだったんか、えー、会社やばいなとかいうのを、なんだろう、相手の返答を何も考えずに自分の中でそのパターンとしての反応みたいなのを続けていく。友達と話してても、うんという時もあれば、相槌を打つ時もあれば、マジかよと驚くこともあるし、すごいなみたいなことも。でもそれは相手の言葉が、具体的に何がどうだやったかっていうのを推察する間もなく、別にそのことが言えるじゃないですか。それを言うんですよ。そしたら、返答が出ては、その返答が来た答えっていうのを僕は想像してない、何も想像してないんだけど、反応だけしとけば、なんか会話してるように思えるじゃないですか。そうしたら、相手の答えを僕は演じてるというわけではないので、脳がその様子を見るときに、あれ、俺の耳なんかこいつのこの人のことうまく聞き取めてねえな、こいつの言ってること全然聞き取めてねえな、でもこいつちゃんと会話してるし、やっぱ聞き取れてねえだろうなっていうふうに思うわけじゃないですか。そしたら会話してるということは、その保証されるんで、そうしたらなんかいけるんじゃないかなっていうふうに思ってるんですけど。
【5】
じゃ、その考え方でいくと、その人形の奥に、何ならその、音声を流す機械を作っておいて、1分ごとに一つのなんか言葉を発するみたいなことをして、僕がなんか勉強とか別の作業をしているときに、その人形側から、ところで今日はどんな気分みたいなことを聞いてきて、それで僕がその人形をちょっとこうちらっと見ながら、んー、まあ別になんかお腹痛いかなみたいなことを言うっていうのを何度も続けてたら、どうなんですかね?その人形の言葉が、どんな言葉かというのを僕がすでに知らない状態でやるのであれば、なんかいけそうな気もするんですけど、僕がその音声を流す機械を用意しているということに気づいているから、どう頑張ってもその前提の上では何も意味がないのか、どうでしょうか。
【6】
僕よくそのお風呂とか何も自分が情報源とか情報をアクセスするような装置とか環境がないお風呂とかで、よく考えてることがあるんですけど、僕が未来に彼女がいて、僕の性格上多分できると思うんですけど、その僕は結構サブカル系のアニメとか、の中でも同人系のなんか中古屋さんの、同人系の中古屋さんのちょっと怪しげな場所で110円とかでCD買ったり、220円でCD買ったりとか、同人誌買ったりとかして、それを読んだりしてるタイプなので、最近のそのオタクというような人たちとはちょっと違って、どちらかというと00年代ぐらいの、まだそのオタクというのが淘汰されてきた時代のオタクにちょっと近しいものが、高校生の視点ですでに持ってるというふうに自分のことを分析してるんですけど、そういう僕は基本的になんだろう、結婚とかに関してちょっと怪しいんじゃないかっていうふうに思われるじゃないですか。でも僕はその実際その文化祭の催しで美術部の展示があったときに、その展示の中であ、いいなこれって思ったイラストに対して、あ質問しようかなと思って、その本来その質問とかそういう概念がないんですけども、シフトでなんかこう、いわゆるそのイラストとかがなんかすごいなんかなんだろう、マナー違反をしてなんか触るような人がいないかとか、ある程度その見張っとけみたいな人が美術部で一人椅子に座ってるんですね。その人にこう話しかけに行って、ちょっと時間いいですかっつって、それでもイラストに対して、なんか、たまたまそのシフトの声をかけた人、2回声をかけたんですけど、一人目はもう全然その僕が共感したそのイラストについて何も答えることはなかったんですけど、もう一人の人は、そのイラストの作者で、でまあ40分ぐらい話したんですけど、そういう話す能力があったり、またそのトークショーで僕が結構好きなそのアニメ系、オタク系、同人系の界隈の一種のコミュニティがあって、そのコミュニティの中で結構気が合う人が一人、そのトークショーっていう場所で一人隣にいて、で全く知らなかったんだけども、まあ、なんだろう、暇だしなと思って1時間ぐらい話して、そのまそのTwitterも交換して、それで帰る道も僕を送ってくれてみたいなのがあって、でそういう感じのがあるので、僕は多分そういうなんだろうね、ある程度同じぐらいの趣味を持ってる人となら多分うまくいけると思ってて、だから僕は未来として結婚できるんじゃないかなって、その結婚しようというふうな意思もあるし、僕自身はそのなんだろうな、一応その大阪大学に行って情報系で勉強して、年収も30歳ぐらいには多分1000万超えたいな、もっと早く超えようと思ってるんですけど、そういう環境にいて、でそういう創作も自分が好きて理解があってっていうので、そういうこう、まあ、付き合、その顔とかどうでもいいから、僕としてはその、まあある程度気が合って、楽しく過ごせるならそれでいいかなって。正直僕は結構S系があるので、どっちかというと困らせたいタイプ。で、相手がなんかこうすごい叫んだりしたとしても、面白がれるタイプ。そのいわゆるフィステリックでは全くなくて、そのさっきどうでもいいって言ったんですけど、その受験シーズンやっても別にどうでもいいし、試験でも何も緊張しないし、かといってそのだから何もしないとかじゃなくて、まあ面白いよねと思ったことはちゃんとやるし、面白くなかったとしても、別に自分でその分析したりするから、ある程度楽しむっていうタイプで、そのなんか付き合ってる子がなんかすごい叫んだり、走り出して逃亡したり、急に消えたり、なんかご飯全然うまく作れなかったとしても、僕的にはその状況が基本的にその喜ばしくない状況だったとしても、その喜ばしくない状況に陥ってる俺っていうのが、どういうふうにこの場所を展開していくのかみたいな、いわゆるもう人生を一つのゲームだと捉えてるような感じで楽しむんですよね。ホラーゲーム好きな人はホラーゲームの怖い要素のときでも楽しんでるみたいな感じで、どんな状況でも楽しんじゃうみたいなタイプなんですね。で、だから多分結婚生活とか付き合ってるときとかに困ることはないし、だから基本的にはその人生楽しく生きれると思ってるんですけど、あるその前提をまあ僕は風呂でね、もうすでに持ってて、その上で、その彼女さんがなんかこうたまに夜超ヒステリックになるときがあると。で、じゃあそれは何なんだっていうふうに、そのヒステリックな1日っていうのを妄想するんですね。で、例えば彼女が、なんだろうな、もうなんかお先が真っ暗だみたいな、どうしたらいいのかわからない、怖い怖いみたいなことを叫び出したときに、は抱きしめて、どうしたんだって言って、で、俺は君が何が怖いのかわかんないから、教えろっていうふうな言い方じゃなくて、俺は君の何が、俺は君の思いを知りたいから、教えてくれないかっていうふうに言って、紙に書いてもらって教えてもらって、その紙書いてもらったのを一つ一つ、例えば1個目、なんか年収が低いとか、2つ目、周りの人が怖いとか、3つ目、なんか勉強が怖いとか、4つ目、未来が漠然と怖いみたいなのがあったとして、また年収が怖いっていうところに関してなんだけど、例えばその彼女さんがそんなすごい職についてるわけではなかったときは、基本的に俺が、俺はそのなんだろうな、基本的には何があっても君を守るから。例えば、俺がもしその年した仕事全部終わって家事で家事になって、何も持たなくなって、家族から感動されたとして、もう俺は死ぬ気で君を守るから、基本的にはその君が危害を加むことはない。家がなくなったら君も悲しいかもしれないけど、君は一人になることはないから、まあ大丈夫だよねっていう。で、その僕的には年収自体に関しては、別に僕一人で多分君を支えられるから、それで大丈夫だよねっていう。で、周りの人が怖いっていうことに関しても、その怖い人の名前を一人教えてくれないかなっていうふうに俺は言ってきて、多分大体そういうときってあんまいないですね。でも怖いって多分言うと思うんですよ。それに対して僕が、確かにその怖さってわかると思うから、明日からその気がもう飽きるまでずっと俺のそばにいてくれと。俺の肩をこう支えておいてくれと。って言って、肩をこう持ってもらう。で、一緒にこういる、くっついているってことをすると。で、3つ目かなんかよくわかんないけど、なんだろうな、漠然とした不安があるっていうことに対しては、その不安がどんなものかわかんないんだけども、未来っていうのは基本的にわかんないです。その未来ってさ、その自分がさ、どんなふうな未来であるんかなと思うときのさ、その未来がどうなるか誰にもわからないことじゃないですか。基本的に僕、未来っていうのは幻想だと思っていて、自分が未来って、自分の未来はこうなるんだよって言ってさ、その想像するときってさ、大抵さ、そのその未来をさ、思い浮かべるさ、理由としてはさ、それまでの自分の過去とかさ、経験とかによるやん。例えば、俺はさ、その高校の時点でさ、だいぶ頭のいい高校にいたからさ。だから、大学もだいぶ頭のいい行く未来があるんだろうなって思ってるけどさ。 俺が行ってた高校はさ、市内でさ、一番の高校だったんだよ。でもさ、別にさ、海外のさ、大学に行くのが当たり前の人からしたらさ、市内で一番なんかさ、頭悪いやんと思う人も多分いるじゃないですか。普通じゃないですか。そう思うとさ、その客観的なさ、頭良さっていうのはさ、あんまりわかんないじゃないですか。そう考えると、えっと、客観的に僕は頭がいいとは言えないのに、有名大学に行きました。でもその有名大学というのも、客観的に頭がいいとは言えません。世界の大学チャートでいうと全然高くありません。百にも入ってませんとかいう可能性もあるじゃないですか。そうなると、その未来で僕は頭のいい場所に行くんだっていうこと自体が、その理由が全然ないんですよね。正しくない。そのほとんど自分の主観的な客観もすべてですね。自分の主観的な思いから生じているものなんですよ。その主観的な事実とか思いっていうのは、その正しいか正しくないかは置いといて、信頼できるかできないかでいうと全然信頼できないですよね。僕はその例えば、冷蔵庫に昨日入れた饅頭がありませんでした。その点、あ、一緒にじゃあ住んでるやつ誰かが食ったんかなとか思っちゃうし、もしかしたら自分が寝ぼけて昨日の夜そのまま食ったかもしれないし、まず入れたっていうのが一週間前の記憶だったのかもしれないし。そういうものになっていくと、主観的な記憶って本当に信頼できなくて、その信頼できない主観的な前提をもとに作り出した未来も信頼できないですよね。じゃあなんで信頼も全くできないような未来っていうものに対して、すごい恐怖心を感じてるのかというと、それはもうもはや、一種の恐怖体験とか恐怖映像とかを喚起するような、もうそんなレベルなんですよね。だから僕はその未来っていう漠然とした未来への不安っていうのに対しては、一種の恐怖体験だよと。なんかリングとかを映画見たときに、なんか怖くなっちゃうような、もうそういうもんだよと。存在するかどうかわかんないけど、自分の中では存在してると思っているような、そんなもんなんですと。だからさ、そのリングとかを見てさ、怖がるようなさ、タイプの子やったらさ、もうそんなん見ずにさ、なんだろ、そんななんか美味しいもん食っとけよみたいな感じじゃないですか。未来に関してもさ、いい感じの未来をさ、想像する方がいいじゃないですか。勉強が全然できねえからさ、俺は全然いい大学行けねえ。確かにそうだと思いますけど。例えば、俺はここまで生きてこれてるみたいな。俺だって運動めっちゃ苦手やったから、もうでもそこに関して考えないようにしてたから。勉強はできるということだけを1個に。そういう何かうまくできることがないっていう人に対しても、別にそれ生きてるだけですごいからっていうのは言いたいと。それがもうすでにすごいことだからさ。その生物としてさ、肉食生物としてさ、十何年生きてるってもうそれだけですごいことなの。長寿なんだよっていう話。あともう1個、僕が妄想してるのは、それでもなんか、そんなことを言ってくれるなんて君はすごいね。でも私には君みたいなすごいところはないんだっていうことを言ったときに、どう答えるかというと、君の方が圧倒的にすごいんだってさって言うんだよ。俺は確かにすごい。それは君がもう主観的に思ってるから、俺も確かにすごいのかもしれない。でも俺からしたら、俺より実は君はすごいんだって。だってさ、その君がさ、この机のさ、その机の足の、カーペットとか当たってるところぐらいが君のすごさで言ったら、俺はもしかしたら机の高さぐらいのすごさかもしれないけど、その君は人生の一緒に伴にする人を、自分と同じぐらいのすごさな人じゃなくて、自分よりも高いところにいるすごい人を捕まえたわけ。俺からすれば、この机よりも高いところにいる、例えばソファーの一番上とか、そこら辺にいる人を捕まえるのと同じレベルなんだよ。で、俺からすればそういう人たちって具体的には、失くしことと考えると、プロのピアニストとか、なんかガチの海外の大学の人とか、なんか看護とか、そういう人を捕まえると同じじゃんか。で、俺にはそんなの到底できないよ。でも君はそれができてるわけやんか。俺みたいなやつ。だからもうそれがすでにすごいんだっていうふうに俺は言う。で、また抱きしめて、君はすげえよっつって。はい。こんなことを妄想してますね、はい。
【7】
そうなんですよ。だから、そのなんか、急に幽霊が出ましたとか、そういう映画を見て怖くなるとかいうのはあると思うんですけど、そういうその抽象的な思考において怖くなったりすることが全くないんですよね。その試験を受けるときも、その、精神的になんか試験を受けることがすごい苦痛だなとか、恐ろしいものであるってことはないじゃないですか。でも、その、センター試験を受ける前になんか失神して倒れる人が生まれるとか、そういうものって、何でかって言ったら、その試験を解くことによって自分の人生が左右されるかもしれないとか、そういう抽象的な思考が伴ってるじゃないですか。さっきのと同じように、その目の前にじゃあ殺人鬼がいて、その殺人鬼が目の前の女性を一人殺して、その血のついた包丁を自分につき立ててるんだったら、生物として恐怖を感じるんです。そういう恐怖は僕感じるんですけど、抽象的思考に関しては全く僕恐怖を感じないんですよね。で、恐怖を感じる前に、え、それってなんでなん?っていうふうに思っちゃうタイプなんです。受験をしたときに、例えば大学受験で人生が左右されましたっていうふうなこと言うじゃないですか。で、まずそれを思いたいのは、僕はその、確かにその大学に行けるかどうかっていうのはそれで変わるかもしれないけれども、別にその、例えば就職面で厳しくなるっていう話で言うのであれば、別に僕は理系なので、大学院に行こうと思えば、その院生試験を受けて、院試を受けて、で、まあ、有名大学の大学院があれば、最終学歴がその大学になるし、就職面に関しても、最近は少子化で、基本的にはその、雇用に関しては結構当時、高学期世代と比べたら全然やりやすいと。で、しかも僕の父親が雇用関係の仕事をしてるから、その学歴とかそういう仕様書を書くだけじゃなくて、自分を見せるという、こっちの方向に僕は結構もうすでに突出してるんです、周りと比べて。っていうのもあるから、別にそういうことでもあんま困らなそう。で、基本的にはその、うまい会社に就職しなかったとしても、そこそこの会社である程度その、頑張って伸ばしていけば、それが認められて転職とかもあるだろうし、基本的に最近はそういうなんだろうな、狭い世界でそのブラック企業とかで情報源が立たれて、なんかすごいやらされるってことはもうほぼなくて、基本的にその個人主義かつ、まあ、情報が広がってるから。例えば自分の、あ、自分の会社ブラック企業なんだみたいなことが理解できたら、それで相談するアイテムもネット上にはある程度いるし、っていうのは別にその問題にならない。その例えば独身で来てきますとか、そのレベルになってしまうと、それって別に目の前の試験と関係ないよねって思っちゃうし、基本的にその人生を通して常に裕福であるということは、そもそも生じなくて、急になんか怖くなる日もあれば、例えば有名人になったとしても、なんかこう希望抽象で怖くなったりとか、逆に普通に暮らしてたとしても、なんかなんでお前来てるんだみたいなことを急に考えるとかって、突然来るわけで、人生を通して幸せに生きる人ってあまりいなくて。僕はその考えているのでは、その人の幸せを感じる総量っていうのはすでに決まってるんだと。だいたいみんな同じぐらいに収束するんだよっていうふうに僕は思ってたりするんですけど。それはまあ関係ないとして、基本的にその人っていうのは常に幸せというのはなくて、浮き沈みするから。だから結果的にそのその試験がどうであったかというのは、その後のなんか不幸とかを約束するものであったとしても、それがずっと引きずることはないから、もう別に特に気にすることはないなと。自分に一生なんかこう傷跡を残すようなことがあったのであれば、それは怖い。例えばその最初に言ったような映画でこう幽霊が来るみたいな、それをその現実で考えるなら、急に襲ってくる人が来ましたね。それは確かに怖いっす。だってそれでもし僕が死んだら、それでもうおじゃんになるし、生物としてそれはやめるべきだし、なんか僕のその足が切断されたとかだったら、僕としてそのそれからの生活に支障をきたす。で、やっぱりそこになるとやっぱりちょっと辛いことが起きてしまう。で、それはやっぱ長期的に続くというか、一生ものなんで、もう変わることはないので、それに対してやっぱり怖くなる。けれど別に抽象的な思考において、その試験は成功するかどうかとか、大学でなんかこう卒論がなんか先生に怒られたかどうかとか、突然そのなんかベランダとか、学校のベランダ、屋上に入って怒られましたとか、なんか補修行かなくて、なんか先生に怒られたとか、全く関係ないよねって僕思っちゃうんです。例えばその先生が怒って急になんか僕の喉を掴んだりしたら、うわ、怖えと思うけど、なんか、なんだろうな、その怒られたということに対して自分でその後に考えて怖く、なんか悲しくなったりするっていうのは一切ない。っていうのが僕の特徴であったとしました。それが多分理加減っていうのが、感情のピュークというのをなんか意図的に他者から影響されないっていうのが、その言葉でちょっと僕は表してたんですけど、まあちょっと伝わりづらかったかもしれないですね。
【8】
僕も基本的にその抽象的な恐怖というものに対して、いや、それ恐怖じゃないやんっていうふうに思考し続けてきた結果、そういうものをこう感じたとしても、まず最初に、最初にさえ、恐怖を感じることがないんですよね。あ、そうなんすか、みたいな。やっぱそう、やっぱ全然怖くないじゃんっていうふうに思っちゃうタイプで、なんかそこがやっぱ他の人と結構違うなって。最初その彼女の話をしたのも、その彼女はそういうものに対して恐怖を感じるんですけど、僕はそれに対して、いや、そんなんちゃうやんっていうところから始まるんで、なんかそこがなんか僕の生き方の特徴なのかなというふうな思ったりもしますね。




