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自分史  作者: 暮葉畏啓
公開編社
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自己ログ倉庫46 「トー横キッズへの俺の見解」

2026年高3夏前6月30日時点での俺の見解


どっかのオンラインサロン的なので、僕の考えみたいなのをこう、ヒロユキがこう、なんだろう、困ってる人に対しての答えを言うとか、アドバイスするとか、岡田斗司夫さんがなんか同じようなこと、まあ、あの人はもともと言ってたけど、ああいう感じで僕もしたいなっていう。


有名になった後、老後の生活として、まあ、岐阜県の田舎に住むんですよ、僕はね、多分ね。のんびりみたいな、ああいう感じの、ゆったりとした世界で過ごしながら、その質問に対して答えていくっていう生活をしたいなとか思ってるんですけど。


今日面白い議題がありまして、議題というか、東横キッズって知ってますよね。東横っていう、いわゆるその歌舞伎町、東京の歌舞伎町っていう場所でたむろってる、いわゆるその自分の家とかに居場所はなくて、その居場所がない人たち同士が集まる場所が、いわゆる東横っていう場所なんですけど、そこにいる人たちに対して、社会としての反応とか見方としては、その犯罪がありそうとか、なんか売春系がやばそうとか、そのもう常識がない、終わってるとか、大人になんか遊ばれてるとか、いわゆる犯罪臭がする的なものが多いんですよ。



僕もそういうふうに思ってて、実際見たんですよ。常識がないんですよ。実際彼女らの動画を見たんですけど、東横の人たちが撮ってる動画を。その共通して飲み取れた傾向としては、彼女ら自身ではそれが面白いと思ってるんですよ。彼女ら自身は自宅に居場所がない、いわゆるその毒親であったりとか、そういった家庭環境に問題があるせいで、居場所はない。


で、そういう人たちが集まるっていうので、基本的には集まっている人たちっていうのは、仲間同士とか、絆的なものがあるんですよ。だから、そこでなんで何をしてたむろっているのかって言ったら、遊んでるんですよ、普通に。普通に学校で健全な友人とお昼休みのご飯一緒に食べたりとか、授業の合間の授業中に談笑したりとか、そのレベルで、その東横っていう場所で喋ってるんですよ。


でも、違いがあって、それは外部の侵入が耐やすいことなんですよ。道で話してるから、変な人が話しかけに来ることもあるし、それで流されることもあるしっていうので、そこがまあ違いなんですよね。でも結局彼女らの中では、そういった友達同士の会話の延長線上なんですよ。だから僕が彼女らが撮ったその動画の中で共通して考えられるものが、彼女ら自身は楽しんでやってるってことなんですよ。楽しんでやってるから、彼女ら自身は嫌そうな顔してないんですよ。


でも、彼女は楽しいの価値観とか基準が僕らと大きくかけ離れてて、登っちゃダメだよねっていうような銅像とか、鉄の柵とかの上に登って、なんかこうライブ的なもの、歌のパフォーマンスをしたりとか、オーバードーズもそうですけど、路上で倒れるとか、道端に座り込むとか、寝るとか、そういう、あとはまあ、なんかこう借金なんぼとか、ですよね。そういったものって、なんかそういうやばいエピソードみたいなものを自分は持っていますっていうことを言って、周りと違うということを思いたい人が多くて、それを結構いいことと捉えてる人が多い。いいことというよりかは、やばいこと。


もしくはその精神疾患があるから、健常者と分かり合えたりというような価値観を持っている人が複数いるというのは、証言というか彼女らが言ってたこととして聞いたんですけど。そう見たときに、僕らはなんかこうよくその、そういう子たちに対して、そういう子たちが生まれないような社会をつくるべきだみたいなことを言ったりするんですよね。


で、東横キッズの本音みたいなのを、本音みたいなのにキャプチャーした動画を見たことがあるんですけど、共版見たんですけど。そこではその東横キッズの方たちは、その実際はその犯罪とかをやってない一部で、友達同士、つり合いの延長線上で、その自分の居場所がなかった僕たちが、東横という場所で居場所を作ってくれてる、居場所はあるんだから、それは消してほしくないみたいなことを言ってるんですよね。


彼ら自身は悪いことをしようとして悪いことをしてるじゃなくて、基準とか価値観とかが僕らのその常識とだいぶかけ離れてるせいで、彼女らが楽しく、面白いと思ってやってることっていうのが、結果的に僕らにとっては裏目に出てしまう。彼女らにとってはどこまでもそれは楽しいことなんだから、それを消してほしくないっていう話なんですよ。


それで、その、いわゆる、外部の人間が東洋ことというものに対して今、反対意見を持っていることには変わりはなくて、廃止しようとする運動が生まれるのは当然なんですけど、そこで注意したいのは、これ他のことでも見えることなんですけど、あの、人としてこうあるべきだみたいな、若者としてこうあるべきだ、体を売ってはいけないはずだ、とか、オーバードーズしてはいけない、とか、人としてこうあるべきだっていうものを拡張しすぎなんだろうなっていうのを僕は思うんですよね。


実際にそういう風潮があること自体は重要と、不可欠なことなんですけど、健全な社会のためには。ただ的な統一をするときに、人としてこうあるべきだよね、というとか、その提唱する人っていうのが、どの立場で言ってるのかっていう。人っていろんな階層に分かれてるんですよ。


生活環境も違うし、経歴も違うし、経験も違うし、どこで生きてきたかって全然違うんですよね。だから上司も価値観も違う。最初に僕が言ったその東洋ことを、僕らの価値観、楽しさの価値観みたいなのが大きくかけ離れてるっていうのもすごい気付くんですけど、そういった価値観とかの様々なその考え方、そもそも違いが人間はあるんですよ。同じ日本人でも。


その状態で人としてこうあるべきだというような理想主義のようなものを、一部の環境で生まれてきた人たちが作ると、他の人たちは矛盾を抱えたまま生きるんですよね。でもある種の統一、観念的なものは、民族の団結には必要で、それをいわゆる環境的に有利に立ちやすいような人たちが作るので、まあ、見方というか、遠くから見れば成り立ってるように見えるんですよ。


うまくいったように見えるんですけど、中身ではそこまで変わらないっていう、完全な解決は絶対ならないよねっていう。だってその、納得できない人たちがたくさんいるから。っていうのを見ると、やっぱりその東洋子実際に廃止者として、彼女たちが納得しないから別のものを作るっていう。


これはそのヒロブとか、ネットの話で、匿名性をなくした方がいいみたいなこと言ったんですよ。2チャンネルで匿名性をなくして、匿名性をなくしたとしても、別のサイトを作って、そこで匿名性のあるサイトを作ってしまえば、みんなそっち行っちゃうよっていう話で、根本的には解決にならないんだよね。外部から2チャンネルを匿名性を廃止したの、あの2チャンネルを匿名性を廃止したとしても、利用者は変わんねえよっていう。


利用者も変わるはずがねえよっていう。その違いがあるんじゃないかなと思うんですけど。どちらにせよ、その建前というのは一応不必要なものではあるんですけど、それだけでなく、もうちゃんとしたものを考えるべきで、料理する形でやるのは良くないって話なんですけど、まあ、結局すり分けなんですよね。多分俯瞰視の方がいいんですよね。仕方がない。


社会っていう混沌としてあるからこそ成り立つものだって、東洋子みたいな人たちがいるから成り立つ要素がある。それが社会だという。社会の定義っていうのはそういうものと僕は思ってるので、建前としてそういうふうな政策をやって、拡大しすぎるっていうことはないようにしながらも、完全に根絶はできないって、その目標が根絶だみたいな感じだとしても、それは無理なんですけど、そういうのは作っとかないといけないんで、そういうめんどくさい、本当の目標ができないのに、なんかでも作る意味あるみたいなやつをやるのは僕めっちゃめんどくさくて嫌なんで、僕はやらないですけど、他の人に頼んで。


そんな感じで社会が生きていくんだろうなっていうふうに思うんで、僕はその東洋子の人たちに対しては、もう別にやりたければやったらいいんじゃないのって話で。社会としてはやらない方がいいと思っていますけど、この思想を根本に入れてたら多分話さなくなるんじゃないかなって、自分の意見。沈黙は金なりっていう言葉がありますけど。はい。っていうふうに僕は思ってますけどね。

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