君は高校二年生で『自分はすでに卒業してたんじゃなかったのか?』と思ったことはなかっただろうか
あなたは高校生の時、何を感じて生きていたのであろう。実は僕には高校生活の思い出が鮮明に思い出せない。というのも今の僕は高校生。だから高校生の記憶自体は鮮明にある。しかしここで僕が言っているのは高校生である自分についての疑問だ。
僕は高校生だ。それは生徒証を見ればわかることだ。だからそこに嘘が混じっていることはない。けれど僕の頭の中では違うのだ。
例えば、だ。君はテレビが大好きだ。けれど親は君を勉強させたいと考えて、テレビを見ないように説得する。けれど君はそれを理屈で納得してもどこか疑問に思いながら勉強をするであろう。それと似たことが僕の脳内にはある。
高校生。そうだ、理屈としてはよく分かる。けれど『自分が高校生だと思って日々を生きているのか?』という問いにはNOと答える。あなたが今、会社員だったとしても大人としての行動をよく知らないように、僕もまた高校生であってもその身分を忘れているのだ。
なぜか。
答えは簡単だ。理想と現実のズレだ。僕はアニメもゲームも色々やってきた、小さい頃から。その過程で高校生が主人公の作品も見てきた。「ハルヒ」や「俺ガイル」がそれに当たる。そういったライトノベルやアニメによって養われた僕の高校生活への知識は現実を前に崩れ去る。いや、言葉の使い方が間違っていたな。正しくは、現実の高校生活が僕の知識の中の高校生活によって砕け去ったんだ。
僕は現実と、知識の中の高校生活のうち知識の方を選んだらしい。この生活は高校生ではないだろう、と。普通に左端の一番奥のいわゆる、主人公席に座るのが当たり前で、隣は女の子で、最初から話しかけてくるか、そうでなくとも何か会話があるのだとそう信じていた。だから驚いたのだ。
一番右の一番前、扉に一番近いその席はたとえ4月といえども冷風が厳しかった。そして隣は誰も座っていなかった。席の都合上、端には欠けがあったのだ。
そして女の子と話すことも、ましてや男と話すこともさほどなかった。先生はつまらなく、勉強も普通で、そして何より僕の知っている高校とは別物だった。
そんな感情を入学式の僕は抱えて、寂しく一人で家に帰った。
心と現実とのずれ。
よくあることらしい。でもそれは全部終わって整理がついた時に笑い話になるのであって、ずれをずれと認識せず苦しんでいる最中にはどんな正論も納得できなかったのだ。今の僕はこうして過去を書けるくらいには整理がついていると言っていい。
まあいわゆる痛い子だったのだ。 完




