自己ログ倉庫166 「俺の思いの竹」
以下の文章は、暮葉畏啓氏の「暮葉畏啓の短文手記」における記事「一週間の振り返り①「時の経過につれて寂れた街をもう一度見直す」にて書き残された文章の一部である。
思いですか…この一週間でまあ、振り返ると色々あったように思います。まあ、受験関係で言うのであれば、志望校の変更でしょうか。数ヶ月前から視野に入れていましたが、先日の模試で評価を出すために志望校をマークで記入するという作業があり、そこでついに、阪大を記入しませんでしたね。
それは結構大きな変化だと思います。
私よりも成績が明らかに低いのに、まだ阪大を志望しているのかわかりませんが、「阪大模試を受けにいく!」と言っている人間を昨日見たのですが、彼らは大丈夫なんでしょうかね。
私でさえ、もう諦めていると言うのに、彼らはなぜ諦めていないのか。正直、もう物理的に、時間的に間に合わない。それなのになぜ阪大を志望するのか?
志望校は高い方がいいから。
志望校は高ければ良いと言うのも一つの事実ですけれど、それが有効な期間はもう過ぎているようにも思います。
今は11月です。共テの結果を鑑みて考えるのも悪くはないですが、阪大の二次試験とその他の志望校の二次試験では難易度が違います。
そのため、志望校に応じて、今の共テ前の時期にどれだけ2次試験の勉強をするのかも変わります。そのため、何がなんでも志望校が高い方が良いと言うのはこの際、成立しないことがわかると思います。
まあとはいえ、彼らが私とは違って、勉学に本気で勤しみ、毎日10時間以上勉強し続けるのであればまだ間に合うかもしれませんが、それでもそこまでしないと合格はできないように多います。私はそこまで努力の才能はなく、勉学に対しても、受験に対してもそこまで思い入れがないのでそんな血の滲むような努力を積み重ねることができないので諦めているわけですが、彼らは違うのかもしれませんね。
と、一週間の振り返りというかなんというか。
これは一体なんなんだ!?
まあ一つ言えることは、私は私なりにマイペースで私の思う志望校に合格してみせるという意思を表明したいというところでしょうか。
この一週間の私と言う存在はそういう大きくて曖昧で残酷な夢という存在に、「私なりに頑張る」という言葉を押し込んでいるわけです。
それを未来の私が後悔する可能性はありますが、後悔しない可能性もあります。
人はストレスを感じ、精神的に辛い時、悲観的な可能性ばかりを考えてしまいますが、その反対に楽観的な可能性だってその量だけあるんです。
それを見落としがちなのが人間という存在ですが、私なりに、そんな人間らしい精神的な推移をたどりながらこの受験という期間を過ごせたらいいなという思いがいちばんの真相に蔓延っている思いです。
これを文章にしたのは少し恥ずかしいけれど、それでも未来の自分にも通じている考え方なのかなと思って、これを残します。
11月3日。祝日の風に当てられて、自室の勉強机でこれを残す。




