新章開幕 「共闘の末の捻くれはいかに。」
共テまで85日
勉強を怠り、苦しむ俺、。
そこからどうするか。
それを記した物語。
カウントダウンと俺の記録はこの自分史に。
完成版
小2からの幼馴染。名は吉田。第一印象はいけすかないキチガイ。
給食の時間になるといつも大口を開いて吸うように早食いをしていたが、それをみた担任が「そんなに早食いしているとのどを詰まらせて死ぬよ。」と叫んだことをよく覚えている。
小4は同じ将棋クラブ在籍。将棋を齧っていた俺は若干経験者の吉田に何度も負かされた。
俺が小4から小6までの3年間将棋クラブだったのに対して、吉田は小5だけ違うクラブだった。彼はじゃんけんで負けてしまったのだ。その時、彼が泣いていたのを覚えている。
小6になると今度はクラブを運営する側に回った。
俺は中学受験をした学級委員長だったミヤガキを側近にして部長になった。吉田は副部長を望んだが、俺がミヤガキを指名したこともあり、副部長にはなれず、その時も彼は泣いていた。
中学に上がった。
入学式の教室。皆が肩を振るわせている中、俺の机をトントンと叩く輩がいた。
名は吉田。
またもや再開したのだった。シャーペンを貸すという行為で彼とは話すようになった。初めての定期テスト。小学校の時は天才と呼ばれていた俺は500点満点中400点ぴったり。彼は410点程度。彼は拍子抜けしたような顔をしていた。
俺は感じた。定期テストの点数を取りたいと。
そして塾で勉強をした。
俺の左隣には天然パーマがいた。後に灘に合格し、神戸総理を首席で入学する男。
西澤だった。
そして背面の黒板付近には不貞腐れた顔をした男がいた。こいつの目は鋭く、働く知能は鋭敏だった。名は矢野。彼を一言で表すならば、「どれだけ少ない勉強時間でも高い点数を取ってしまえる愛すべき天才」だ。
俺はこの二人と点数を競い合った。
時には勝ち、時には負けた。
中1の終わりには446点を叩き出し、学年の中でも有数の高得点を維持できるようになっていた。
部活は卓球部だった。吉田もまた卓球部だった。
俺は不真面目だった。彼は真面目だった。
俺は船城という中学生にして捻くれた輩と一緒に屋外に台を出して卓球をしていた。
吹き荒れる風は卓球をスポーツから遊戯に変えた。
中1は総じてイカれていた。
俺の連絡帳はチラシを無造作に貼り付けた代物と化し、休み時間は定規バトルで埋め尽くされた。教室での叫び声はもっぱら俺たちのはしゃぎ声。
甲高い叫びはナチスドイツと叫ぶ河添の声だった。
中2になると皆が分断された。
教師による引き離しだ。
俺たちは国を失った民のように放浪をした。その日々はひどく乾燥したものであった。俺は孤立した。彼も孤立した。それを繋ぐのは部活という放課後の世界だけだった。
中3になった。受験を見据えた勉強が始まった。
学力は高かった。市内トップの新学校の一番難しいコースに俺は合格した。彼は市外の単位制の高校を彼なりの論理とこだわりで受験し、見事合格した。
西澤もまた、首席で神戸総理に通った。矢野もまたコースは違えど俺と同じ高校に合格した。
高校生になる前に、俺たちは受験後にクラスの女子たちと遊びに行った。
ラウンドワン。カラオケとボウリングをした。
俺はあいみょんを歌い、吉田は可愛くてごめんを歌い、西澤はキングヌーを歌った。
そこで自信を持ってしまった。
交友関係への自信。
それが全てを狂わせる。
高校生。
始まった。俺は他クラスの矢野にまず接した。矢野もまた応じた。
二人で行動することが多くなった。
クラスで密かに行われていた交友の輪に俺たちはいなかった。そうして疎遠になった。
気づけば吉田もまた人間関係で失敗したと聞いた。
西澤は音信不通の男だった。
俺と矢野と吉田は同じ話題を持ち出して電子上で盛り上がった。
学校での人間関係の失敗をまるで武勇伝かのように語り合った。そこでは失敗が誇らしい逸話だった。
そうしてクラスでの関係はさらに悪化した。
高1の文化祭。俺は闇堕ちした。
高1の冬。俺は部活を退部した。
そして矢野も同日に退部。
その1日後吉田も退部した。
剣道部員だった俺と矢野は、部活内での人間関係と身体的な故障が引き金となって部活を辞めた。
やる気の違い。きっかけは些細でも、時間によって溝は深められるものだ。
バトミントン部員だった吉田は、部活内での人間関係に気に入らず退部をした。
そうして別の地、別の世界で生きていた三人が放課後になれば同じ場所に集まるようになった。
北河原木と厳島。
そこは俺たちの青春のたまり場だった。
ボードゲームを自作して遊んだりもした。
しかし少し経てば吉田が口を開けてこういうようになった。
「受験勉強しよう。」
俺たちの方向は自習室へと向かった。
高2。矢野が離脱した。
俺とはオタク趣味の種類の違いが肥大化し、話が合わなくなったこと。吉田とは顔を合わせる機会が減り、会話も減ったこと。
誰かが一度グループラインを退会すれば他の二人がそいつを追加する。それが当時の俺たちの習慣だったのだが、
その時、俺たちはまるで狂った行動をした。
全員が抜けた。
抜けてしまった。
新たなグループラインが作られることはなかった。そうして今に至る。
とはいえ、俺は受験への志を持つようになった。高2。吉田と地元のビルの1階にあるラーメン屋でラーメンと餃子とチャーハンを食いながら受験について語り合った。
そうして高2夏。
俺と吉田は北河原木で毎日10時間の猛勉強をした。
学力は向上した。向かうところ敵なし。
しかし、秋と冬は死んだ。
俺と吉田は北河原木から自然に離れるようになった。
そして高3の夏になってもそれは変わらなかった。
高3の夏。矢野が受験勉強に動き始めた。
名古屋大学。
その後、九州工業大学に志望校を変更。学科は情報。
俺の夏休みは退廃していた。
一人部屋にこもり、アニメや漫画で時間を潰す日々。
成長はなく、光も遮られていた。
夏休みに受けた阪大のテストはE判定。吉田は文学部を志望しA判定。
阪大基礎工学部情報科学科への道は閉ざされたと言っていい。
今現在10月23日。
夏休みから成長した実感はない。
共テまで三ヶ月を切っている。
そんな短時間で何ができると言えるだろう。
少なくとも共テの点数を引き伸ばすことが先決だ。
そうなると共テが終わってから二次試験の勉強の期間は1ヶ月ちょっとしかない。
それで阪大二次試験E判定を覆すのは正直厳しい。
前期、阪大に挑戦して見事に散った場合、
後期にやってくるのは阪大落ちの精鋭たち。
ランクを下げてもそこは取られる。
大幅に志望校を落とす必要がある。
しかしそれは妥当だろうか?
であれば阪大は諦め、大阪公立情報系に行くべきではないのか。
ただし、全てはまず共テだ。
阪大独自の勉強を進めるのも共テ以後だ。
だから俺は共テを狙う。
共闘はそこで始まる。
大阪大学文学部を早期からの勉強により掴めそうにある吉田。
受験勉強さえも最小限の労力で済ませる矢野。
噂によれば高2の時点で東大理3C判定の西澤。
そして阪大を暗い眼で見つめ、大阪公立を見上げる森岡という男。
そこには共闘がある。
特に吉田と俺は共テへの勉強という点で共闘を始めることにした。
同じ自習室に行き、部屋を借りて共テの過去問を解き、お互い苦手な教科を教え合う。
塾に行っていない俺と対面授業のない塾に通う吉田。
秀才の彼と、才があるかさえ不明な俺の3ヶ月間の受験戦争が今、始まる。
捻くれ者なら目の奥を見ろ。
淀みの中で本当のお前がお前を見つめ返しているから。
それに気づけたのなら、目の前の障壁はただの床さ。
世界はセカイ。お前と同じ、ただ一つの塊だ。
by黒背景クローバーs
またの名を嚴島の守り人、森岡と云う。




