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自分史  作者: 暮葉畏啓
制限党社
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135/150

自己ログ倉庫135 「原作者を神聖視してしまう社会。東方紅魔郷リメイクについて。」

今日今からちょっと考えたいなと思うテーマが2つありまして。1つ目は原作者を神聖化することに対しての危惧と、もう1個が文化を存続させていくために必要となるだろう肯定っていう、この2つでちょっと話していきたいなと僕は思うんですよ。で、まず僕の考えっていうところをまず言いたいんですけど。えっと、まず1つ目に関して。原作者が、ほとんど神様扱いされる。いわゆるすべてが肯定される。そのような扱いを受けることに対して僕は批判的な意識を持ってます。というのも人間っていうのは、あるなんか尊敬する人とかを見つけたりするわけじゃないですか。なんか好きな配信者とか、好きな作品の原作者とか。この人のこの演出神がかってるような天才だよなって思った。その最初のきっかけがどんどんどんどん侵食していって、いつの間にかその人は神様的な存在、間違うことがない存在であるっていう、いわゆる思い込み状態になってしまって。それからその人がちょっとずれたことを言ったとしても、それは正しいんですよみたいな受け入れ方になる。これはいわゆるその人が、いわゆる自分にとって全知全能の神様であるみたいな感じの、いわゆる巨像というものを否定したくない、失望したくないっていう思いから、いわゆる自分を守るための行動として、その人を神様扱いし続けるっていう、そういう背景があるのかなと僕は思います。で、それに対して良くない例というかデメリットとして挙げるならば、まあなんだろうな。よく言われるやつですけど。洗脳的になってしまう、カルト的になってしまう。で、それが外から見たら全然おかしいよねっていうふうになってしまう。結果的に自分が良くない目に遭ってしまうっていう。すごいわかりやすい話なんですよ。というのも、なんだろうな。でもこれは結構人によくあることで。例えば有名な、有名というか、配信者とかでもVTuberとか。好きなVTuberさんの言葉はすべて正しいから、なんかそれに対して否定する人を片っ端から否定するっていう人もたくさんいると思うし。それはその人のことを自分が好きだから、その好きな人のことはちょっと嫌なことがあってもそれを全部好きになってしまう。そういう吸力と吸量があるからそういうことをするっていうのはたぶんたくさんあって。好きだからその人のなんか悪いところが目につかないみたいな。鼻につかなくて。そういうところさえも愛おしく感じるっていう。そういうのは人間的に多分あると思うんですけど、感情として。でもそれと一方で論理的な、論理の話においては、その人の言っていることは自分は認めたいと思うけれども、実際考えてみると社会的にはそれは少しずれてるよねっていうふうに考えることができるかっていうところなんですよ。これが結構できない人が多くて、僕もたぶんできないと思うんですよ。で、例えば僕がちょっと今回この話を考えた理由としては、XっていうSNSで東方プロジェクトのなんかやつが流れてきたんですけど。ZUNさんがなんか、Adoさんとなんかニコニコ超会議みたいな話してる。なんかニコニコ超会議にお礼をツイートしてるみたいなやつを見て、あ、こんなのあったんだと思ってたら、その返信欄にすごい東方のことをなんかなんだろうな批判するような人がいて。なんかその人のアカウント見てたら、なんかくたばれ東方厨っていう。そういうものを東方のイラスト投稿してる人とかにめちゃくちゃ送りつけてて。なんかその人の他の返信欄とか見てても基本的に東方のことしか書いてないから。ただただただなんか何にでもかんでも批判したい人ではないんだろうなっていうふうには思ったんですよ。で、またその人のコメントの内容を見ていくと、ただただむやみに東方を批判するというよりかは、東方の原作というものを絶対視してるような感じが少し感じたんですよね。で、原作者のZUNさんについても最近その東方のリメイク版の弾幕祭が出てきたんですけど。その東方紅魔郷を製作するにあたって新しいサークル、上海アリス幻楽団じゃないリプライズみたいな新しいサークルができてて、それをメインでやってるみたいなことに対して。スコン、なんか巡夜って言うんですけど、スコンのサークルの、サークル主に対してなんか売名行為するなとか、いわゆるその東方というものをなんか利用して自分の知名度を上げるなとか。そういうこと言ってたり。東方プロジェクトの有名な二次創作アニメーションである幻想万華鏡っていう作品があるんですけど、それを作ったサークルさんの満腹神社っていうサークルさんにしつこく公式の真似するなみたいな。そういういわゆる公式っぽい発言するなみたいな。お前らは、お前はただの二次創作サークルでしかないぞとか。あとなんか東方の版権を、なんだろう、東方を利用してなんか稼ごうとするなみたいなのを東方のイラストでなんか、東方のイラストをなんか販売してるサークルさんの告知のやつにめっちゃ送りつけてたりしてて。その人に関してはなんかほぼ大勢の人が批判しかしてないんですけど。僕はこれを見た時に、この人は東方プロジェクトが好きというよりかは東方プロジェクトの原作が好きで。それの原作を作ってる原作者自体もそこまで好きじゃないっていう。で曲とかは好きだけど、とてもすごく好きだけど、それを利用する二次創作をする人は嫌いっていう。いわゆる東方警察っていう部類に当たるのかなっていうふうに思ったんですけど。いわゆる原作者さえも侮辱する。その侮辱の発言の仕方が結構攻撃的なので普通に誹謗中傷でやばそうなんですけど。そういう人間がいるということですよね。で、その人が例えば論理的なやつやってる、いわゆるbotみたいな感じ。そもそも破綻してるのではなくて、その人はたぶん東方の原作を絶対視する、神聖視するからこそそういう発言をしてしまうっていうひと筋のソービみたいなあるように僕は思ったんですよ。そう考えた時にその人からわかる教訓としては別にその人が悪いよねって話じゃなくて、原作者が作った原作がたとえどれだけすごくて、自分にどれだけ影響を与えたとしても、その原作者に対して何にでもかんでも賛成する必要はないんだよと。別にZUNさんがなんか変なことしてたらあれだけれども。今回東方紅魔郷のリメイク出しますと。それを危惧して、それに対して批判すること自体は別に間違ってないし、東方プロジェクトの原作者さんのZUNさんがAI仕様についてなんか個人的な声明を発表した時にそれは間違ってるって批判することは別に間違ってないしダメではない。でも叩かれるは叩かれる。それは周りがZUNさんを神聖視してるからなんだけど。もしくはその考に普通に同意してるからって話なんだけども。まあそうじゃない場合が、例えば批判しましたっていう時に無条件に叩かれるっていうのはおかしいよねという認識っていうのを僕は今回持てたような気がしますね。なんでもかんでも肯定するのは間違ってる。けれども、かといってめちゃくちゃ過激に批判するのも間違ってる。でも批判的な思いを持つこと自体が間違ってる行為ではないということを僕はちょっとすごい感じたかな。教訓っていうか、教訓なのかどうかわかんないけれども。なんか僕はそういうことから派生していろいろ考えた時にそういう結論に至ったような気がします。二つ目のテーマについては後でちょっと話します。まずはあなたの考えを考えてもらって、それをまあ書いてもらったら嬉しいかなと思いますね。



【2】

もう一個僕が話したいと思ったのが東方紅魔郷リメイクに関してなんですけど。えっと、概要としては、ZUNさんが東方プロジェクトの、東方紅魔郷の楽曲のアレンジを行った。で、東方プロジェクト、上海アリス幻楽団、リプライズがその東方紅魔郷リメイク版のプログラミング系をやった。でも一応原作の雰囲気は守りつつ。その原作のデータ自体が本当にかなりヤバかったから、彼らがほぼすべてバックアップ、しんやが作ったっていう感じですね。仕事量を見ると、新しいサークルさんの、サークル主のじんやさんとかがかなり頑張ってるから。別にやった仕事量としては別にその、名乗ってもいいと思うんですよ。サークルさんが、いやこれはあくまでも上海アリス幻楽団作品ですって。文化的かつとかそういう面で言えばそうなのかもしれないけど、ほぼすべて作ったという点においては全然名乗ってもいいレベルで頑張ってるんじゃないかなと思います。で、批判的に、それに対して批判的に考える人たちがよく言うのが、その原作者さんをなんかうまく利用して自分たちの売名行為を行おうとしてるとか公式になろうとしてるとかいうふうに言うんですよ。で、なんかその、いわゆるサークル主のじんやさんっていうんですけど、そのじんやさんについてあんまり知らない人が、なんか新人のくせ何してんねんとかそういうふうなこと言うんですけども。じんやさん自体がニコニコちゃん、ニコニコ動画とかで、ZUNさんのやつ掘ってたら多分わかると思うんですけど、15年ぐらい前から普通に、えっとね、ZUNさんと共演してるんですよ。Bとマリオさんとか、イオシスの人とか、いわゆる東方プロジェクトをネットの世界で流行らせた人たちみたいな。そういう、いわゆる名前が通ってる顔が通ってる人みたいな人たちがもしそれをしてたのであれば、もしその公式を名乗ってるのであればまだわかるっていう人たち。僕は多分そういう発言をしてたと思うんです。僕がそれは僕の勝手な憶測なんですけど。多分そういう発言してたと思うんですけど。じんやさん自身はちゃんと東方掘ってれば、普通にZUNさんと交流が昔からある人っていうのと。あともう一個有名な事実としては、多分東方プロジェクトの二次創作ゲームとして初めてというか、大々的にSteamかな。Steamかなんか結構大々的に海外版を製作したっていうゲームが多分不思議の幻想郷っていうのが最初で。その不思議の幻想郷作ったサークルさんの人たちがじんやさん。いわゆる今回の東方紅魔郷リメイクの人たちで。だからもともと東方黄昏フロンティアがかなり密接に作ってはいるんですけれども。上海アリス幻楽団の黄昏フロンティア東方は別のステージでそのゲーム制作に携わってるサークルだったっていうふうに僕は思うんですよ。だからもし今回の制作が黄昏フロンティアさんと上海アリス幻楽団だったら、多分誰も何も言わなかったと思うんですけど。それが今回、そんなに知らん人たちからしたら新しく感じるものだったから驚いてると。で、大体その東方プロジェクト界隈のことをよく知ってる人たちは別にそれに対してなんか言ったりあんましない。逆にそのしんさんがしんさんのそのいわゆる知識の中で結構騒ぐことが多いっていうのは結構あるんですよ。だからなんだろうな。前少し話したんですけど、Xとかでなんかアニメアイコンを使うのは実は禁止されてることなんですよっていうツイートがあったんですよ。いわゆる著作権上の問題とか。それに対してリプライでなんか驚いてる人たちとかって、みんな敬語でみんなダメだったんですかみたいなんで、新参なんですよね。で、その僕ら、僕らってもう僕を率直、古参側に見たら良くないと思うんですけど。それが間違ってる。部分的に間違ってることを知ってる人たちは何も言わないし、何も騒動も何も喋らないですよ。別にその公式側がXでアカウントアイコン使ってねっていうので無料配布してるっていうキャンペーンもいくつもあるんですよ。僕が実際に使ってるXのアイコン、弁々の東方輝夜っていうキャラクターなんですけど。この輝夜のキャラクターのこのアイコン画像は公式側が何周年ぐらいの時のXの公式配布してくれた画像なんです。アイコン用にね。だから大丈夫よねっていうのと同じで。ある程度知識を持ってる人たちはそれに対して何も言わなかったりするっていうのはあると思うんですよ。それが今回必ずもそれ作ったら何も言えないんですけれども。多分じんやさんのこと知ってればそこまで喧嘩ら、怒らないのかなというふうに僕は思うんですよ。多分ね。で、あのもう少し知ってる人からすると、東方ステーションっていう非公式、公認ではあるんですけど公式ではない、YouTubeの情報、東方の情報を扱うコミュニティみたいなのがあるんですよ。で、そこでよく神主が登場して、なんか喋ったりするんですけど、そのとある回、東方書籍を語ろうっていう多分回だったのかな。名前忘れたんですけど。少し前、5、6年前の時の東方公式書籍を語ろうみたいなので、東方の公式の書籍が並んでる。それについて話していくっていう回で。ゲストとして樽屋さんが登場してたんですけど、樽屋さんがめちゃくちゃ知ってるんですよね。僕が知らないことまで知ってたし、なんならその神主以外の誰よりも詳しかったんですよ。で、ファンとして、オタクとして東方が好きな身として、この人は本当に好きなんだなっていうふうに分かったんですよ。だから別にそれをそのことを知ってる人間からすると売名行為とかそんなはずねえだろってすぐわかると思うし。そういう人間でないってことはすぐわかると思うんだけど。やっぱり樽屋さんという存在に対してあまり知らない人が東方プロジェクトZUNさんの作品が好きっていう。その好きの中でも中途半端な具合の人たちがものすごく過烈に猛烈に反反してるのかなっていうふうに僕は思ったりもしました。はい。で、まあその僕はその状況、それを知ってはいるんですけれども、少し批判的な立場になってて。というのも、まあ確かにその大勢の人に東方の紅魔郷を遊べるっていうのはすごい大事で。元々の方がもうSteamでも動く、Steamがないのかなそもそも。そもそも普通のパソコン、今の環境じゃ動かないんですね。かなり古いやつだから。だからそもそも遊べないよねっていうので。でも遊べないけどすごい一番人気。今でも東方の非公式の東方人気投票では1位だから毎年。それだけ人気のある作品なんですけれども、二次創作の影響でね。で、まあ遊べないのは悲しいよね。遊びたいよねっていうことから作られたっていうふうに言われてるんですけれども。だから、なんだろうな。だから普通は肯定的に受け取るけど、僕はそれに対して批判的に見るんですよ。僕はそれ嬉しいと思うんですけど。ちょっと危ういかなと思ってるところもあって。それはちょっと難しい話になるんですけど。はい。文化防衛的バリアっていうふうな用語をちょっと使いたいと思うんですよ。東方プロジェクトって他の作品と比べて、もはや文化であるということは多分だいたいの人がわかってるんじゃないかな、これは。二次創作の範囲が広すぎて、いわゆる当事者側に回る人数が増えすぎたわけなんですよ。文化っていうのは、いわゆるそういう意味、自分たちが供給する側で、供給される側でっていうのを続けていく結果、文化として成立していく。携わる人が増えれば増えるほどいいわけなんですよ。で、東方プロジェクトっていうのは、その文化として形成するのに必要な年数っていうのも、もうある程度確保できてて、もう20年ぐらいあるから。もう全然OKですよねって話。で、まあDLサイトとかでもジャンル選ぶときに東方プロジェクトって選べるんですよ。DLサイトは同人系だからそういうものが特別あるのかもしれないけど。普通のアニメ作品とか普通の漫画作品とかとは違って、東方プロジェクトほど、いわゆるメディア展開を超えて、もはや文化になってるよねっていうのは珍しい。Fateとか、いわゆる片付け作品、片付けシリーズとか、ラブライブとかに関しては、やっぱり公式側がメインであるよねと。だから文化というよりかは別のなんかまたコンテンツ、超巨大コンテンツみたいな感じになるんですよ。はい。なんですけど東方はそれが違うから文化ですよねっていうふうに僕は考えてるんですけども。じゃあ文化としてこれから守っていきたいですよねと。これからも持続していきたいですよねってなったときに、何が必要になってくるかっていう話なんですよ。で、僕がとあるなんか物語というか本を読んだときに、言語についての話だったんですけど、日本語っていうのはちょっと難しい側面もありつつないですか。でも逆にその難しい、めちゃくちゃ難しいだけだったら誰も使わなくなるんですけど、日本語は使えたら結構便利なんですよね。他の言語に比べて、その説明しやすさとか、説明できる範囲、深さみたいなのが段違いだから。ニュアンスとかも含めてね。だから使えたら楽だよねっていうところ。で、あとはいろいろその吸収することもできる。英語をカタカナ語にして吸収しましたとか、漢語を漢字にして、漢字四方が変えてないけど、できる使えるようになりました。格助詞つけて使えるようにしましたみたいなわけで吸収していくんだけども。逆にその吸収しやすすぎると、逆にその同化してしまって、自分たちの言語のアイデンティティがなくなってしまう。じゃあ自分たちの言語のアイデンティティを守るためにどうすればいいのかって言ったら、吸収されない要素を作るっていうのが一番大事なわけですよ。それがいわゆる難しさっていうものになってくるんですね。いわゆる難しさっていうのは常に排除されるものではない。それが必要であると。いわゆる便利というものをむやみに追求し続けることに対しても、まあ良くないんじゃないかっていうふうな考え方と同じなんですけども。いわゆる難しい部分。日本語の難しい、なんか例えば数を数えるときも鳥とか1羽とか1匹とか1杯とか1丁とか1冊とか1個とか1本とか、1人とか、いわゆるそういうなんかよくわからない、多言語の人からしたら意味不明なやつもあれば、別にそんな簡単な、例えば手荷物とか、そんなに文字数、機械文字数はそんな多くないよねとか。そういうのはあると思うんですよ。いわゆる難しさとわかりやすさっていうのは両立していないと、文化としては守り維持しづらいっていうところがあって。東方プロジェクトに関してはそれが、えっとね。原作をやる難しさと二次創作という柔軟性、この二つが多分両立したと思うんですよ。二次創作というすごい大規模に吸収し続ける土壌があって、だからこそ多くの新参者者が入れる、ネットの世界から入ることができる。けれども二次創作だけだったら、もうネットと同化してしまって消えていく。消えるというか、アイデンティティを保たなくなる。ですけれども、そうじゃないよねって。なんで東方がここまで守られてるかというと、原作というものが存在するから。あくまでも東方プロジェクトにある使った意味からすれば、原作のことに対してある程度すごいなという意志は浮かべるわけですよ。で、東方プロジェクト原作で全然遊べないものがあるからこそ、どれだけ東方を知ったとしても、あ、でもなんか僕が知らないものがあるんだ、僕ができないものがあるんだっていうふうな思いになるわけですよね。根幹がまだ不明だから。自分はまだ完全には知らないよねみたいな感じになるんですよ。いわゆるある意味全部は見終わったら、その作品に対してその最大限に、なんかめちゃくちゃピリクになってめちゃくちゃすげえすげえと思う時もあるんですけど、全部見終わったら結構興味薄れるっていうのがあるんですよ。これは全部見終わったから、もう次行こうかっていう感じになるんですよ。もうじゃあアニメ最終話だけ見れなかったらずっと頭に残りますよねっていうのと似たような感じで。東方プロジェクトはその最新部まで多分見ることができないんですよ。東方輝針城っていうのがその最新部の一つとして今までは存在してたはずなんですよ。その最新部に一番人気ですよねと。だからなんかすごい不思議なんだけども、いつかやりたいなみたいな思いがあるからこそまだなんか東方好きでいられるみたいな、そういうところの側面あると思うんですよ。だからこそ僕は東方紅魔郷リメイクが生まれた時、これって最新部だって。いわゆる文化防衛的バリア。東方という文化を守るための、東方というアイデンティティを守るための存在というものが多くの人に利用可能なコンテンツとして供給されてしまったということに対して一抹の悲しさみたいなものを感じたんですよ。そうですね。別にそんな難しく考える必要ないのかもしれないですけど。文化論という話でいくと、難しく考えた方が面白いよねっていうところで。はい。東方紅魔郷リメイクが生まれました。やりました。でそれでゴールしました。遊びました。そしたらなんかやり切った感が、やり切った感を感じますよねっていうのと似たようなものだと思うんですよ。東方プロジェクトがアニメ作りました。公式アニメです。アニメ流しました。やり切った感ありませんかっていう。そのやり切った感っていうのが、いわゆる燃え尽き症候群と直結してたり。いろいろやり切ったイコールこれまでの努力をこれからも続ける必要性がなくなったっていうのが同じような感じなんですよ。心理的になんか自足する意志を薄れさせるような行為なので。東方紅魔郷リメイクやりました。ってなるとなんか東方という原作をなんかやっちゃったなって感じになると思うんですけど。それがやっぱ一つ良くないよねっていうところにはなるのかなと僕は思ってたりするんですよ。とはいえ東方には旧作というものが存在していて、その旧作を僕らがやることはほぼ難しいから。旧作もリメイクされてしまうとかなり困るんですけど、僕的には。それがない状態なら別に特にまだ問題はかなりやばくはなってないんだかな。東方紅魔郷リメイクが出た時点でちょっと僕は怪しいなと思ったんですけど。はい。ただまあ、Steamで配信されるっていうのが多分永夜抄はどうだっけ、妖々夢は多分まだ無理だったはずだから。そこら辺が立て続けにリメイクされてしまうと多勢の人に供給されてしまうとちょっと僕は困る。目先のもの、目先のなんだろうな、収益とか目先の知名度とか目先の盛り上がり。東方プロジェクト界隈が盛り上がるということ自体はダメじゃないんですけど、一時的に盛り上がるっていうのはすごい良くないことだと僕は考えていて。盛り上がった状態を維持し続けてさらにどんどん盛り上がって、それをまだ維持し続けるっていう階段構造がいいと思うんですよ。山、山のようにこう山と谷が並ぶような構造は良くないから。それは多分わかると思うんですけど。だからこそ僕は東方紅魔郷リメイクを作ったことに対して、それってすごい揺弱剤だから。そこからどう転ぶのかちょっと怖いなというふうに思ってます。はい。まあでも別に僕はなんかだからといって東方プロジェクトのリメイクを楽しんでる人に対して何してんねんというふうには思わないし。別に楽しいもんだから。逆にそれで楽しくないよって言ったらそれは悲しいじゃないですか。東方紅魔郷って東方プロジェクトの中で一番人気な作品らしいんですよ。東方人気投票で毎年1位だから。原作で。そう思ったらなんかやったらと思いますよね。




【3】ほぼ愚痴

確かに今の僕の話を聞くと、多くの人は文化防衛的バリアーとして働いてるものとして東方紅魔郷だけではないよね。他の作品もあるよね。だから東方紅魔郷だけが文化防衛的バリアーとして機能してたという前提を用いて、なんかそれが破壊されたっていうのはおかしいよね。それはまあわかるんです。他にもあると思います。で、東方たくさん作品があるから公式書籍とかも追いきれないほどあるだろうし、東方茨霊唱の小説とかも全然入手困難だから、それを読めてないんならお前は東方好きのためについて何も語るなみたいになっちゃうから。別にそれに対してなんか最深部っていうのは他にもたくさんあるのかなというふうに僕は感じたりはするんですけれども。うんと、東方プロジェクトを語る上で、ほとんど大勢の人たちが知っていて、知名度があって、なおかつ多くの人が東方プロジェクトでやりたい作品はとかやりたいものは、見たいものはって聞かれるときに多分東方紅魔郷って答えると思うんですよ。東方紅魔郷っていうのが他の作品と同じような作品であるというふうな認識は多分間違ってて。実際にそのデータベースの話でいくと、東方人気投票っていう非公式の、非公式とはいえ、関主さんは普通に登場してるし歴史ある行事なんですけど。そこで毎年常にかな、東方紅魔郷ダントツで1位なんですよ。で、まあ多分二次創作の影響があるのかなと思うんですけど。常に1位ですよ。だからその時点で他の作品とは別格なんですよね。で旧作とか東方公式書籍とかでなんか得られないものとか、なんかそれ以前のものとか、そういうのはたくさんあると思うんですけど。東方紅魔郷っていうものは東方プロジェクトの中で簡単に手に入ることができない、利用がちょっと簡単ではない公式のものとして代表的な作品。代表的というか代表の作品なんですね、東方紅魔郷は。だからその代表の作品である東方紅魔郷がリメイクされて多くの人の手に渡るっていうのは喜ばしいことのように表面的に思えるし、一時的にはとても嬉しいように思えるんですけど。でもそれがみんな渡ってしまった場合、これからどうなってしまうのっていう問いに対して多分誰も答えられない。急に口が止まると思います。東方紅魔郷が出た後、リメイクが出た後、原作というものと二次創作というものの境目がどんどん薄くなっていっちゃうんかなと僕は思うんですよ。決してできないゲームが原作の頂点にあったみたいな。それがなくなった。しかもそれをなくしたのはリメイクで、原作者一人ではなくて。たとえその東方について詳しく言う人がいたとしても、別のサークルさんの人が原作を作ったと。アレンジャーは関主だけども、それでも一応大々的に発表してるのは違うサークルであると。そうすると二次創作と一次創作の境がちょっと曖昧になってきてるんですね。それが危ういなというふうに僕は感じてます。結局その盛り上がりの後、東方というものが、じゃあこれからもこれまでもZUNさんだけだったよねっていうふうにならなくなるんじゃないかなと。公式声明を多分してると思うんですね。上海アリスビプライズは多分公式表明してると思うんですけど。確かにZUNさんも年ではあるから、文化を維持するにはやっぱり交代というものが必要なんですけれども。ZUNさんが第一線で活躍し続けてきてくださったからこその今があると思う。僕は思ってたりはするので。公式が移動してしまうということに関して、ちょっと文化的な功が結構大事な正念場かなというふうに僕は思うので。安易にその起爆剤を投下してやりまくるとちょっと危険かなって僕は思います。ただ最近のその東方への参加の人数が尋常じゃないから何とも言えないけど。ちょっと難しいよね、これに関してはね。僕もあんまり最近東方あんま触ってないから。まあ小説書いたりするけど。どうなるのかなっていうのはちょっと感じたりはします。まあZUNさん自身が二次創作する人にとって、創作する人にとって東方プロジェクトがなんかいわゆる練習場というか。そういう場所になったらいいよねっていうふうには言ってくださってるので。まあどうなのかなと僕は思うんですけどね。

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