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自分史  作者: 暮葉畏啓
駄駄迅社
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自己ログ倉庫12 「無限回想日記」

中学時代を思い出しながら脚色を交えて描いた高一の頃の日記


題【一度出された解は直せない。もう一度問い直すこと以外に解を改めて出すことはできないのだ。】



コツコツと硬い床を打ち鳴らし無機的な音がコンクリート造りの廊下に響いていく。この細い通路で足音だけが私の存在を示していた。重要書類を抱えた腕がずしりと痛む。この疲れ切った体には紙の束でさえ筋トレ対象なのだ。

婚活を失敗した親不孝者である私は故郷から遠く離れたこの学校付近で細々と生活している。そんな哀れで醜い私とは対照的に希望溢れる生徒たちにはせめて私の内情は隠し通したいものだ。

この世界の住人は幸せの定義を履き違えている。私はそう独白しながら痛む腕で扉をゆっくりと引いた。


ねずみ色にくすんで錆びた大きな引き戸を力一杯引く。ギギギと不協和音が教室内と廊下に流れ込んだ。そんな不快な歓迎を私は断固無視し教卓への一本道をのしのしと歩く。


私が教室に入る前から閑散としたこの教室には誰の声も音も響いていない。黒板の前に設置された教卓で私は手元から奥まで見渡す。やはり異様な光景だ。血気あふれる中学生には似つかない緊張した空気がそこにあった。私は口を開く。


「この学級の担任になりました。まずは私の自己紹介をします。」


規則的に並んで椅子に座る中学生はビクビクと全身を震わせながら私の顔色を窺っている。怖がられるような外見ではないのだが、と少々がっかりし、それでも値踏みされるよりはマシだろうか、と納得し背面にある黒板にチョークで名前を書く。コンコンコンと時計が刻む音のように律動的に手を動かす。


河南ユリエダカワミナミ


「これが私の名前なのですが、一発で当てた人はいません。自信がある子は挙手して下さ

い。」


私は自分語りにならないように会話の主導権を彼らに委ねた。独裁政治、圧政は自身の身をいずれ滅ぼす。故に私は共和性の道を示した。次第に彼らは口を開き始める。巻き 起こる喧騒も今は聴き心地が良かった。


「かわみなみ、かなん?こうなんかも。」


彼らのうち一人の生徒が挙手をした。クラスの中央付近に座るその生徒は将来このクラスの中心的存在になるかもしれない。私は座席表を覗き名前を読み上げた。


「では、西澤さん。」


はい、と威勢よく声を出し、希望を編んだ天然パーマは口を開く。


「かわなみだと思います。」


彼の声は驚くほどこの教室に響いた。まるでエコーがかかった機械音声のように。


「正解です。よくわかりましたね。えっと西澤さん。ですね。」


私はそう言いながら手帳にボールポイントペンで書く仕草をする。巷で言うポイント制度が今なされたのかという疑問がクラス中を覆い被さる。ポイントを得たと勘違いし恍惚な表情をするその少年だけでなく悔しそうな顔をした生徒はちらほらと見える。


ポイント制度。素晴らしい仕組みである。承認欲求の塊である子供には自己の優位を形として表してくれるこの制度は非常にやる気が生まれ、好意的に捉えられる事が多い。そして私もまた積極的な学生を相手にすることができる。両者メリットしかないのだ。しかし私は書く仕草をしただけで実際はポイント制度など行なっていない。


存在しない制度を相手に想像させ自分に都合の良い恩恵を得る。客観的にもかなりの策士であるが、この事実は私が若者でないことを表しており、ただ喜ぶだけではいられない


ふ。う、と誰にも聞こえないようため息をした後、再び主導権を受け取り声をかける。


「では私の自己紹介が終わったので今から皆さんの自己紹介を始めます。自分の名前と

好きなモノを一言添えて話してくださいね。」


私が出席番号一番が座る窓側先頭の席を見つめると観念したのかその少年は立ち上がる


教室には柏餅を想起させる桜の甘い香りが風に乗ってやってきた。一年で最も過ごし やすい季節。別れと出会いの季節。ぬるま湯のように心地よい空気が漂う気持ちの良い季節。


色々と称されるこの季節はどこにでもあるモノではない。四季がここまではっきりしている国はそうないだろう。しかし今の私たちはそんな突出した魅力をただの常識と捉え気にもしていない。


このクラスにいる人間全員がその事実に違和感すら感じていない。私は続々と自己紹介を行う生徒たちを見つめただ茫然と思った。


この世界の幸せは腐っている、と。




【別視点】


彼の無意識ながらに意志のこもった強い目はこれから先、彼の将来を大きく左右するだるだけである。破損部分を繋ぎ止めるためにガムテープを巻きつけた非常に見栄えの悪い外見をしているだけである。

「シャーペン貸して。」


水の周りで漂う水滴のように気持ちが良く、見るモノ全てを癒すような表情であった。俺は彼にそう告げた。少し肩をびくつかせ目を見開いてこちらを見つめる彼の顔は、噴水のように満ち満ちていた。


俺の本心を窺うような鋭い目を突きつける。その質量感のある目に俺の方はビクビクと震えて気付けば彼に自分の筆箱から壊れたシャーペンを渡していた。


壊れたと言っても彼は俺の本心を窺うような鋭い目を突きつける。


「吉田。よろしくな。」


ほとんどないのだが、隣の席に座る彼の名前だ。俺の近所に住んでいる彼は共通の将棋という趣味もあったため仲は良いといえた。将棋に関しては彼の方が何枚も上手で、駒落ちなしで勝てたことなどほとんどなかった。


つまるところ中学生初めてのクラスのメンバーはかなり良い組み合わせだと言うことだ。


と、言うのも小学生時代親しくしていた友人がこのクラスに4人ほど居て、隣の席にも知り合いが座っていたからだ。


生み出された神棚のようであった。端的に人間世界の言語で言うならば、理想的な人員で構成されたクラスと呼べるだろう。

そんなふうに妄想できるほどに今の俺の状況は、俺を崇めし人物による裏工作がなされて最上級の権能を携えた存在のようだった。


俺は神。すべての概念の頂点に君臨し、愉悦に満ちた笑顔で告げる。


「勝った。計画通り。」


第4話「一度出された解は直せない。もう一度問い直すこと以外に解を改めて出すことはできない。」

俺は教卓に座る見慣れない人影を見据えた。その人影はこの状況と常識から判断するに、このクラスの担任教師であった。


彼女は黒板にコツコツとチョークで言葉を連ねていく。深雪の下に潜む灰色がかった白色のチョーク。


「私の名前を一発で当てた人はいません。自信のある子は挙手をしてくださいね。」


俺は全思考をフルで働かせた。

河は訓読みで「かわ」、音読みで「コウ」。南は「みなみ」「ナン」。


河南。


短絡的に考えれば「かわみなみ」だが、違う可能性が高い。


すでに誰も正解していない。ならば通常の読みではない。


彼女は過去にも同様の質問をしてきたはずだ。しかし誰も当てられていない。


つまりこれは通常の発想では解けない問題だ。


俺の脳内でメモ帳が開かれる。

河南京南河南河南……


思考が増殖する。


「河南ユリエダカワミナミ」


いや違う。


これは分割だ。間がある。


言葉同士の空白、それ自体が意味を持っている。


俺は気づいた。

これは一人の名前ではない。


二人分の名前だ。


副担任。あるいは別個の存在。


つまり──


河南京南河南は二人の名前を同時に提示していた。


その瞬間、世界が反転した。

「正解です。すごいですね。」


拍手。


そして目の前で、別の生徒が手を挙げていた。


「か、かわなみゆりえだかわみなみだと思います。」


違う。


俺の思考は崩れる。


「西澤涼さん。」

竜のように強い挙手。


「なあ西澤。お前はこの世界を操る難題、どう解いた?」


俺は理解した。

この問題は解けない問題ではない。


解いた瞬間に意味が消える問題だ。


柔らかな風が教室に吹き込む。

春の匂い。


そして自己紹介が始まる。


「俺は神だ。」

「僕に追いつくことはできないよ。」


吉田雄我。世界という盤上を掌握する策士。




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