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自分史  作者: 暮葉畏啓
祝白骨社
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100/145

記念すべき自己ログ倉庫100は「オタク」について

今からオタクについての俺の葛藤をかく。

解説は()で書いている。

()でないのは10分前当時のリアルタイムの心境だ。



1俺って知識少ない側か?


2こっち側の分野には詳しいのだろうか。俺は。ただアニメを一品見たからオタクだ!と言っているようなヤツと同類ではないだろうか。どこから線引きがあるのだろうか


3(3では俺のアニメ史における軽い理解が示される。少し長い。)



うーん。君の例えのABCDがなんか内容として薄すぎるというか常識の範疇にしか見えなくてあまり実感がわかなかった。当たり前のこと言ってる。あとアニメ史に関しては実際に経験した世代じゃないけどガンダムはかなり好きだしOVAによる記録が画期的でこれまでのテレビ局に依存していた状態ではなくなったこととか製作委員会については実際に作画を製作する場所と音響や宣伝などが分かれていてそれぞれに別の権利があって商品やDVDを販売して権利元に分配される構造だからこそ現れる局所的な低賃金労働とかは分かってるつもり。


00年代の深夜アニメは萌えの誕生で一気に一般化したのは分かっている。ここでいう一般化というのはそこまで社会的というわけではないけれどより多くの人が直感的に理解るようになったという意味。平易になったという意味かな。

90年代の深夜アニメはあまり詳しくないけど萌えの誕生前なわけでカードキャプターさくらとかかい?萌えの始まりで迷走期というか。


10年代にはいると平成の萌えブームだよね。目が大きかったり、Keyや京アニが台頭して架空の世界という雰囲気が強かった時代なきがする。00年代やそれ以前、80年代等はロボットアニメなどの熱血で熱いバトルものが人気だったけれども10年代の萌えはより落ち着いたノスタルジーあふれる作品同人だけどKeyとか、または熱血というよりもほんわかした萌えだよね。現実の女性とは対照的な美少女としての意味が強かったように思う。


20年代になると令和になってかなり一般化が普及された。これまでのエヴァやけいおんなども一社会現象を起こしてはいたけれどここまでではない。鬼滅の刃が特に顕著でこれ以降アニメの有名作品は老若男女海外のファンも楽しむようになった。


ここからアニメが娯楽のイメージを強くして、一般に受け入れられやすいようにするためにわかりやすい表現や対立構造、また萌えを表面化させずにしたりする工夫を行っていっていると思う。令和のアニメとして深夜アニメを深掘りするのであればカドカワが顕著だけどなろう作品を一気に作り出した気がする。目的は海外市場に受けやすいからではあるけれどわかりやすいシナリオにご都合主義というのが10年代のそういう作品よりも顕著になってきて、何事も速い現在の娯楽に適応したかたちになっていると思う。こんな感じ?



4(4ではアニメ史ではなくそれをさらに拡張したオタク史のようなものを想起させるような文章である。この4までが話における俺のオタクへの理解という観点であり5以降は短文になり、観点は俺とオタクになる)


修正をたくさん行われたがそれは不適切だと思う。俺は何も断定などしていないし求めて胃もいないしれが事実df絵あると言うふうにもいっていない。俺なりの認識で言っているだけだ。それが事実であるかと言われたら違うに決まっている。


そもそも萌の始まりがなんの作品か?と言うのはこの日本列島に最初にアメリカ人が来たのはいつだ?と同じくらい厳密に応えようとすれば馬鹿らしい議題であるのは明瞭だろう。

俺が言いたいのは細かな真実ではない。そもそも細かな始まりを知っているものは誰もいない。複雑に物事が影響試合っているからだ。


まず、それを踏まえた上で俺の理解をもう少し具体的に説明しようと思う。



まず、アニメというのは日本発祥ではない。しかし、これは昔はかなりお金のかかるものであったのは確かで、昔は作品数が少なかったのも事実であるので考えることはしやすい。日本のアニメの始まりとも言えるのはやはり手塚治虫のアニメ作品だと思う。


鉄腕アトムなどだな。これらは同じ画を何度も使うということで作画の費用を大幅減らしたことで有名だがそれを嫌う日本の作画会社もあったという。ジブリも有名であるがカラーは独自の会社であるため考えるのは難しいといっても良いだろう。


アニメというのは鉄腕アトムなどの時代はキッズ向けであったし、ジブリは全世代向けでもあった。今の深夜アニメのような特定の層に向けたあまり社会では公言しづらいものというイメージが生まれたのは「宇宙戦艦ヤマト」が起点のように思う。当時の監督の話を着ていても押井守もこの作品に多大な影響を受けたと本で読んだし岡田斗司夫なんかもこの作品を深夜アニメ史の起点のような言い方をしている。大人向けに精緻に作りこまれた作品という位置付けであろう。


そのご様々なロボット戦艦などの作品が出されたが今でも有名なのはガンダムだろう。


ただしガンダムはアニメが人気だったというよりかはガンプラの影響も強い。ガンプラはアニメ会社と直接の関係を持っているわけではないが、相互の関係を持っている。

ここからアニメを商業的に利用する運動が活発化し、その対象が子供ではなく主に青年であることも興味深い点だ。


ガンダムは1978年始まりだがおおよそ80年台の作品といっても良いと思う。

ここまでは主に深夜アニメと言われるものがある程度知的であり、かつSF色が強かった時代、まだサブカル同士の距離が近かった時代だと私は捉えている。女性の方で考えるにしてもやはりサブカルや同人などとの接続が濃かったように思う。


それから00年台に入ってだんだんと萌というものが形作られてくる。


萌えというのが当時のオタクの一般パスポートのようなものであったと当時の映像を見ていても思われる。秋葉原が電気街として栄えていた時から00年台に入るとより萌えを基調としたアニメ、サブカルの街として発展する。

有名な作品としては、東方Project、ひぐらしのなく頃に、魔法少女リリカルなのは、涼宮ハルヒなどであろうl。後期になるとラブライブなども登場する。


そしてこの時代にネットもかなり普及する。ネット自体、似たようなものは昔もあったが、ネットの中のコンテンツが充実したという点ではこの時代だろう。動画投稿サイトニコニコやSNS、BBSなどがこれまでオタクは直接会わなければ話せなかった閉じた世界であったのを大きく変えた。

一時的な熱狂であろう。


また、この時は通販なども今よりは普及していなかったため、いまだに電気店に買いに行ったり行列に並んだりする子tもあり、ここが規模も考えて秋葉原などのオタク街の最盛期だとも言える。

その後、10年台に入ると平成萌ブームが到来する。


昔のSF研のように作品を知的に分解するというよりも、商業的な側面でのキャラ売り文化の先駆けとも言えると思う。グッズというのがかなりここで深夜アニメ向けとして売られ出したと言える。

オタク叩きはこの時代もかなりあった。萌えによって差別する側もわかりやすい指標として萌えを利用できていたのかもしれない。


同人で言うのであれば東方、ひぐらしが00年台から台頭し、その後タイプムーンやKeyなどの以前ゲームが人気であり、艦これなどが登場していく。艦これは同人完全OKという意味で。


10年台になると00年台もそうであったが若年層向けというのが主になってくる。イラストも現在と似たようなものもちらほら見られるようになる。架空の美少女である萌えの臨界点がここではないかと思う。


20年台になると令和となり、アニメが一般化された。その背景は様々だが、アニメが商業的に有効なコンテンツであることや、10年台からではあったがインターネットが商業的に利用され利用者が爆発的に増加したことなども挙げられるであろう。


アニメが一般化されたことにより、文化というのは希薄になる。これは宿命ではあるが、アニメは多くの人がわかりやすいものとなった。また、サブカルという枠を越え始め、これまでのグレーゾンの作品が減少し、食卓で流しても大丈夫なものも昔より増えた。


また構造が単調であったり、人の快楽を第一に考えた快楽そのものを売りにするといっても過言ではないほどにご都合主義であったりテンプレが大量生産され、アニメの本数自体も増えた。

娯楽がアニメ以外においても増えたことでそれぞれが個人が好きなジャンルを好きになるというふうに変わっていき、90年台のオタクであればミリタリもアニメもSFもある程度は皆が知っていたというのとは大きく変わったように思われる。


とはいえども深夜アニメとしての作品はいまだにある。

また、令和を語る上で外せないのがブイチューバーの盛り上がりである。

現在のコミケではブルアカの次にブイチューバーのサークルが多いが、コンテンツのリアルタイムでの波及、ファンとの密な関わり、また配信文化との結びつきの強さ、娯楽の個人化などの

側面から盛り上がりの理由は考えやすい。


現在は娯楽もインターネットが主流になり、アニメもインターネットとの関係を常に考慮する時代となった。

そのため、今重視されるのは円盤時代のように濃いファンを獲得するよりも、よりインターネットにおいて拡散性の高いコンテンツ、つまり誰にも受け入れられやすくて刺激性の高い、わかりやすいコンテンツと雑にまとめることもできる。


これは象徴的な説明でしかないが、それでも数10年前と比べると大いに変化しているのは想像に難しいことではない。


5(5は俺のコメントに対して外れた回答をした相手に対しての愚痴である)

別に固有名詞言おうと思えばいえないこともないが、実際の経験者ではないから流石に分が悪いわけで。

俺はまだ高校3年生だからな

はあ


6(6は俺の俺への認識である)


資料はかなり読んでいると思うがな

同年代にくればレバ。

富野監督の演出術の本や押井守の本、岡田斗司夫の新オタク論。

映像に関しても当時の萌ブームや宇宙戦艦ヤマト、ガンダム、OVA、秋葉原、グッズ展開、同人、当時の時代ごとのオタクのドキュメンタリーなどはかなり見ているがな。


7

俺は好きでしているわけで、何も仕事のようにしているわけではない。別に専門家と名乗っても今現在50台の実際に通ってきた人たちt比べたら知識の雲泥の差がある。

それは作品ごとの話も当てはまるしl、時代史もだ。複雑に絡み合っているわけで、本当に知りたいのであれば当時の様々なブームやトレンドをチェックしなければならない。それは俺の範疇を超えている。

俺は専門家であるわけではなく、ただのオタクなのだから。

オタクといってもいいのかどうかさえ俺にはわからないが


8


おおr絵よりも詳しい人が「アニメが好きなんです」といっているのを見ると申し訳なく感じるdんだ。




9


馬鹿なのか?それともオタクを知らないからなのか>それともネットに転がっているオタクというのが近年のオタクであり、それをお前は無意識にオタクと定義しているからか?俺がオタクとして認めているのは当時のオタクだけだ。


10(結構大事なことを言っている)


称号?馬鹿なことを言うな。蔑称だろう?

そもそも今のオタクと呼ばれるものはオタクという名前を記号として使っているに過ぎない。

アニメが好きな人をオタクと言うのであろう、という単純化による行いだ。

なぜ1作品最近の一般化されたアニメを見たものが自分をオタクと名乗るのだ>今やオタクが称号になっている。

個人化していく社会の中で自分の居場所を見つけるのは難しいことだからかもしれない。

共同体を生成するのが大事なのかもしれない。

でもそこで使われているオタクという称号は当代のオタクが持っていた意味を何も持っていない。

ただの記号を使っているだけだ。

それをオタクと呼び、俺がそのオタクに相応しいかどうかを議論しようとは鼻から思っていない。

当時のオタクと呼ばれる人々は、反社会的な側面が強く、サブカルと深く接続していた。そもそもサブカルの精通者をオタクと呼んでいた節さえある。今のオタクと呼んでいる学生が球体間接人形に詳しいか?

サブカルと今のアニメは重なっているものもあるが、外れてしまっているものもある。制作者は今でも重なっているが、受け取り側でサブカルではない人もいる。

何もかもが違うのだ。

俺は今のオタクを名乗る学生に対して思うところは何もない。せめてオタクと言う言葉を使い回さずに別の名前を使わなかったことに悔いているばかりだ。このせいで当時からのオタクと今のオタクが混同されるのだから。

俺は当時のオタクになりたいか?と言われればなりたいと思うかもしれない。

けれど当時のオタクはオタクとは蔑称だ、と言うだろう。

そしてお前はオタクと言う言葉に憧れている時点で我々とは違うと言うだろう。


今、アニメが好きな人口が爆発的に増えて希薄になった。俺はその中で一種の同胞を見つけたい、その同胞に自分も同胞であることを伝えたい。

そのために俺は当時のオタクと言う象徴に憧れているのかもしれない。

その点で言えば俺はどこまで行っても当時のオタクそのものではないのだろう。

だから俺はいった。

俺はオタクを名乗っていいのだろうか、と。



11

俺はそれをリアルタイムで気づいたとかでなく半年以上前からこの問いについてずっと考えてきている。今気づいたと言う言い方をされると困る。

そんな衝動的なものではない

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