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業火の舟  作者: キロヒカ.オツマ―


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第五章 地獄の果ての光

 夜明けの薄紅色の光が、焼け落ちた教団本部跡をゆっくりと照らしていた。

 うめき声を上げる瓦礫の中から、麗奈が慎重に功二を引き上げる。彼の体は骨が浮くほどの重傷を負い、胸には覇真の刃による深い刺創。肺からは死を予感させる泡が漏れていた。


「功二……目を……開いて…」


 麗奈は震える声で呼びかけ、血まみれの手で彼の額を撫でた。

 功二は薄れゆく意識の中で、かつての地獄の夜を思い出す。烈火の殴打、骨を砕く音、血と臓物の混じった地面、覇真の狂気じみた笑み——そして自分が取り戻した、もう一度生きるための強い意志。


 瓦礫を抜け出し、二人は外界へと這い出した。朝霧が山を包み、焼けた肉と焦げた木の匂いを遠ざける。

 そこに待ち構えていたのは、警察とマスコミ、そして数台の黒塗り役員車——黒川慶次の車列だった。


 


 功二は肩に力を込め、麗奈を支えながら歩を進める。

 警察官が歩み寄り、携帯を差し出した。


「これ、何の音声ですか…?」


 マイクには、火災時に瓦礫の中で拾われた神堂覇真と黒川の会話の録音が再生される。


「老人たちの魂を……金に変える……公を惑わす……だが、この金で神の器を築く」

「政治力が必要だ。黒川、約束を果たせよ…」

「やがて世は天の印に染まる…天の時代を呼び起こす」


 現場に集まった記者たちが一斉にシャッターを切る。音声は背任・詐欺・殺人教唆・政治資金規正法違反に重大な証拠となり得る。


 


 同時に、倉持と早乙女が黒川の胸元を引っ張り出し、USBや文書を突きつける。


「これが教団と人体実験の流れだ。お前はその金の蜂蜜を貪って、政治の仮面被ってたんだよ」


 支援者や秘書たちが逃げ回り、黒川はかろうじて答える。


「これは…教団の暴走だ!俺は…俺は知らなかった…」


 だが、録音と映像と書類の前では説得力がない。


 


 病院へ担ぎ込まれた功二は、集中治療室のベッドにいた。麗奈は付き添い席で眠る。彼女の顔には再会の涙と希望が滲む。


 その夜、功二はうっすらと目を開けた。たどたどしい呼吸。麗奈が微笑む。


「帰ってきたのね…功二」


「……ああ。もう、逃げねぇ」


 彼はかすかに頷いた。罪深き男の、最後の選択。


 


 数日後——黒川慶次は議員辞職、逮捕状が発行された。

 教団信者や幹部も全国で摘発され、天の印教団は瓦解。メディアは「戦慄の人体実験教団」「政治と宗教の闇」と報じた。


 哲学者や宗教学者が分析する中、ふたりの物語は静かに幕を閉じようとしていた。


 


 一ヶ月後、麗奈はさくらホームに戻り、ホーム再建のために奔走していた。旧館の補修、慰霊祭、地元住民への協力依頼。ホームは少しずつ、温かさを取り戻しつつある。


 麗奈が曼珠沙華の花壇を整えながらつぶやく。


「また笑顔が咲くといいな…じいちゃんばあちゃんが安心して過ごせるように」


 そのとき、ホームの入り口で、杖をついた一人の老人が立ち止まり、麗奈を見る。


「麗奈ちゃんか…?ああ、そなたが…彼を救ってくれた子か」


 その老人は、かつての人体実験犠牲者の一人で、意識を取り戻してリハビリ中だった三好豊だった。

 彼はゆっくりと笑みを浮かべながら、正門をくぐる。


「お前がいないと、ここは…温かさが失われちまうよ」


 麗奈は涙を浮かべ、老人の手を取り返し、二人はゆっくりと歩き出す。ホームの中には、他の入所者や職員が集い、静かな連帯と笑顔が満ちていた。


 


 その夜、麗奈と功二の亡き絆——

 ホームの食堂で、麗奈は功二の身体に寄り添い、手紙を読んでいた。彼が書き残した最期の手紙には、こう記されていた。


「俺は、罪を背負ってここへ戻った。命を燃やしてこの地を清めた。麗奈、ありがとう。お前と出会えたことは、俺の人生で最も美しい贖罪だった。これからのさくらホームを頼む。俺の罪を、そのままここで浄めてほしい。愛してる。」


 麗奈はその手紙を胸に抱きしめ、窓辺へ向かう。薄曇りの月夜に、ホームの灯りが小さく揺れていた。


 地獄の果てから生まれた光——それは、ゆっくりと、しかし確かに、温かい希望だった。



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