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あのあと、私は小屋で一夜を明かした。
翌朝、じいちゃんの墓の前で静かに手を合わせ、別れを告げてから山を下りる。
まだ、旅は始まったばかり。
これから先、私が目指すのは、遥か南。
そして次なる目的地は、ネイトピア王国の隣国ーーーラピスライト合同国である。
奥様の生まれ育った国。
そこを目指して、私は再び歩き始めたのだった。
山を下りてしばらく進むと、小さな町が見えてきた。
町の中へ入ると、幸いにも馬車乗り場を見つけることができた私は、近くにいた乗り合い馬車の御者に声をかける。
「すみません。ラピスライト合同国方面へ向かう馬車はありますか?」
すると、御者は町の反対側を指さした。
「ああ、それなら、あっちに停まっている馬車だよ」
「ありがとうございます」
礼を述べた私は、教えられた馬車へと向かい、運賃を支払って乗り込んだ。
あとは、出発を待つばかり。
乗客が一人、また一人と増えていき、やがて定員に達すると、御者の合図とともに馬車が動き出した。
車輪が道を踏みしめる音が、規則正しく響く。
私は窓の外へと目を向けた。
流れていく景色を眺めながら、これからの旅に思いを馳せる。
ーーーラピスライト合同国。
その国は、アイオライト領、アズライト領、アポフィライト領という三つの領地から成り立っている。
ネイトピア王国から入国する際、最初に通ることになるのがアズライト領。
つまり、奥様の出身領である。
このまま順調に進めば、四、五日ほどで入国できるだろう。
そう考えていた、そのときだった。
「うわあああん!」
すぐ隣から、甲高い泣き声が聞こえてきた。
そちらへ目を向けると、母親の膝の上に座っていた幼い子供が、馬車に飽きてしまったのか、顔を真っ赤にして泣き喚いていた。
「ほら、いい子だから。もう少しだけ我慢してね?」
母親は必死にあやしているものの、子供は一向に泣き止む気配を見せない。
母親も、どうすればよいのか分からず、すっかり困り果てている様子だった。
・・・これは、少し手を貸したほうがよさそうだ。
私はそっと自分の尻尾を動かし、子供の目の前でゆらゆらと揺らしてみた。
すると――。
子供はぴたりと泣き止んだ。
潤んだ瞳が、目の前で揺れる尻尾をじっと見つめている。
そして興味を引かれたのか、小さな手を一生懸命に伸ばし始めた。
子供は夢中になって手を伸ばし、ついには私の尻尾をぎゅっと掴んだ。
「きゃっ!」
先ほどまでの泣き顔が嘘のように、子供は楽しそうな声を上げた。
どうやら、気に入ってくれたらしい。
母親は驚いたように目を見開き、それから、ほっとしたように表情を緩めた。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
そう言って、深々と頭を下げる。
「いえいえ、大丈夫ですよ。困ったときは、お互い様ですから」
私がそう答えると、母親は安心したように微笑んだ。
「そう言っていただけると、心がとても楽になります」
その言葉を聞き、私も自然と頬が緩んだ。
……ああ。
この国は、本当に変わった。
かつての私は、獣人であるというだけで、周囲から奇異の目を向けられていた。
ーーーけれど、今は違う。
私が獣人であることを知っても、誰も驚かない。
必要以上に怖がることもなければ、特別視することもない。
まるで、当たり前のことのように接してくれる。
人も、獣人も、同じようにーーー。
だからこそ……。
この国を離れることが、少し寂しい。
そう思っていると、不意に尻尾が引っ張られた。
「やわわかい!」
子供が満面の笑みを浮かべている。
どうやら、「柔らかい」と言いたかったらしい。
小さな手で私の尻尾を握りながら、キャッキャッと声を上げて喜んでいた。
その無邪気な姿を見ているうちに、私は懐かしい二人の顔を思い出した。
ジェイラス様と、フェアリエル様の娘、リルム様。
幼かった二人も、私の耳や尻尾を触っては、いつも楽しそうに笑っていた。
あの頃の笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。
そして、その光景を見たフェアリエル様が、ふと思いついたように口を開いたことも。
「アルマは子供に好かれるのね。・・・そうだわ! 保育園とかあったら良いんじゃないかしら?」
あのときのフェアリエル様は、本当に楽しそうだった。
一方、話を聞いたメルティア様は、首を傾げていた。
「保育園って、なに?」
そこから始まったのは、フェアリエル様による保育園の説明だった。
幼い子供を安心して預けられる場所。
親が働いている間、子供たちを見守り、育てるための場所。
フェアリエル様は、その必要性を熱心に語っていた。
しかし、当の本人は外交に加え、マジッククレーの開発にも追われている身。
とても新たな事業にまで手を回す余裕はなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが、メルティア様だったのである。
こうして、メルティア様を中心とした保育園事業が始まった。
最初は試行錯誤の連続だったと聞いている。
けれど、周囲の協力もあり、事業は見事に成功した。
今では、子供を産んでも安心して働き続けられる環境が整えられている。
子供を育てることと、仕事を続けること。
そのどちらかを諦める必要がない社会。
そんな仕組みを作り上げたメルティア様は、今でも平民たちから聖母と崇められているのだった。
懐かしい記憶に浸っているうちに、馬車は目的の停車場へと到着していた。
私は子供の手から尻尾をそっと離し、立ち上がる。
「ありがとうございました」
母親が改めて礼を述べた。
その手には、何か小さな包みが握られている。
「よろしければ、これをどうぞ。大したものではありませんが・・・」
差し出されたのは、干し芋だった。
「そんな、わざわざ・・・」
「いえ。助けていただいたお礼ですから」
母親の表情は真剣だった。
その気持ちを無下にするのも申し訳なく、私はありがたく受け取ることにした。
「ありがとうございます。遠慮なくいただきますね」
そう答えると、母親は嬉しそうに微笑んだ。
そして、馬車を降りようとした私に、幼い子供が小さな手を振ってくる。
「ばぁばい!」
その可愛らしさに、私は思わず笑みをこぼし、同じように手を振り返した。
親子が乗る馬車が角を曲がるまで見送った私は、手の中の干し芋を見つめ、そっと懐へしまった。
さて、今日の宿を探さなくては。
ーーーそして宿を取り、荷物を置いた私は、一階にある食堂へと向かった。
長い時間、馬車に揺られていたせいか、思っていた以上にお腹が減っている。
席に着き、店員から渡されたメニュー表を眺めながら、何を頼むか考えた。
明日は朝早くから馬車を乗り継がなければならない。
そう考えていた私は、近くを通りかかった食堂のおばちゃんに声をかけた。
「すみません。このお肉を二つと、サラダ、それからグラタンとスープもいただけますか?」
注文を聞いたおばちゃんは、私の顔とメニュー表を交互に見ると、豪快に笑った。
「あっはっは! お兄さん、いっぱい食べるねぇ! そういうの、気持ちが良いよ! 大盛りにしてあげるから、いっぱい食べていきな!」
「ありがとうございます。お気遣い、感謝いたします」
「いいってことよ! ちょっと待ってな!」
そう言い残すと、おばちゃんは機嫌よく厨房へ戻っていった。
・・・大盛り、か。
これは、なかなか期待できそうだ。
やがて運ばれてきた料理を見て、私は思わず目を瞬かせた。
肉料理は、皿からはみ出しそうなほどの大きさ。
サラダも山盛りで、グラタンは器いっぱいに盛られている。
スープまで、なみなみと注がれていた。
これはすごい。
私は手を合わせ、ありがたく食事を始めた。
香ばしく焼かれた肉を頬張り、グラタンを口に運ぶ。
濃厚な味わいが口いっぱいに広がり、疲れた身体に染み渡っていく。
結局、私は山盛りの料理をすべて平らげた。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
厨房へ向かって礼を述べると、おばちゃんは満足そうに笑っていた。
「そうかい! また食べにおいで!」
「はい。機会があれば、ぜひ」
食堂を後にした私は、二階の部屋へと戻った。
身支度を整えると、ベッドのそばに置いていたマジッククレーへと手を伸ばした。
※ーーー※ーーー※ーーー※ーーー※
「ジェイラス、リルム。
こっちにおいで。
アルマに伝えたい事はあるかい?」
「えーっとね、僕はアルマのように強くなりたい!」
「ジェイラス?父様だって強いぞ?」
「そうだけど、アルマは高く飛べるもん」
「リリュムもしってうよ。
アリュマ、かっこいいよ」
「リルムもそうなのかい?
アディ伯父様だって、まだまだ頑張れるんだよ」
「もちろん、父上もカッコいいよ!」
「リリュムも!」
「ははっ。
そうか。ありがとう。
では最後に、アルマへいつもありがとうをしようか」
「いつもありがとう」
「あいがと」
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子供の時のジェイラス様とリルム様。
今のジェイラス様は、家督を子に譲り、今は奥方と悠々自適な生活を送っている。
私が旅立つと話した時も『ずっといれば良い』と言ってくれた。
だが、いつまでもご厄介になるのは申し訳ないと伝えると、寂しそうに微笑み『アルマ、何処に居ても貴方は、私の兄のような存在だ。本当にありがとう』と握手を交わしたのである。
そしてリルム様は、その美貌ゆえ、他国の王太子に見初められ、嫁がれて行ったのだ。
それ以来お会いしてはいないが、フェアリエル様からは、幸せに暮らしていると聞いている。
それに、子宝にも恵まれ三人の母となったそうだ。
私は2人を思い出し、これから先の未来も、幸せであるようにと願ったのであった。




