第72話. その帰省、親の心と王国を救う希望とならん
カリストー=バーゼルスタイン——
フィオリナは、"ハーフニンフ"であるその男……"彼"のことは幼少の頃より知っていた。
自身と血のつながりがあること、ベッカードと心を交わそうと望んでも、目を背けられてしまうこと。
半分は魔の者でありながら、彼はそれでも人に溶け込んで生きることを選んだ。
その道は決して平坦なものではなく、フィオリナはこっそりと彼に手を差し伸べた者の一人だった。
そんな彼が今、フィオリナの前に忽然と現れ、頭を下げている。
「あ……あの……」
それどころか、カリスト―はますます姿勢を低くすると、床に膝と両手をつき、床に額をつけるようにする。
それは、所謂"土下座"の所作であった——
「え……ちょっと……!?」
「お姉さま・・・!・・・お父様による度重なるご迷惑の数々・・・まことに・・・まことに申し訳ございません・・・!」
玄関でいきなり土下座を決める異母の弟に、フィオリナは困惑する。
しかし、彼女はその行為に心当たりが全くないわけでもなかった。
ここのところ、ベッカードは彼女に対し、繰り返し帰省を促していた。
実の父からの帰省の要請。彼女はそれ自体は拒んでいたわけではない。
ただ、バーゼルスタインコンクエストによる影響力が段々と強まるに杖、ベッカードの態度や手段はだんだんと変わりつつあり、それは娘にも向けられてしまっていた。フィオリナは揺らぎながらも不安を感じ、父の強引なその態度を改めてほしいという願いもあり、半ば反射的に断っていたところもあった。
カリストーは、家に温かく招かれることを拒まれながらも、遠くから父をみてきていた。
加えて、願いの力——感情を扱う魔導士でもある彼は、父の歪みと要請を断り続けたフィオリナの複雑な想いを汲み取らんとしている。
「あの……カリストー?お願いだから頭をあげて」
こまったフィオリナは屈み声をかける。
「……」
「その、お父さんのことって、私に帰れって言っていることの事だよね?カリストー……」
その言葉に、彼は、スッ——と頭を上げ、目を合わせた。
「はい、今、お父様の私設軍がお姉さまを強引に引き連れようとしています。まるで賊そのもの!——あの父の事です、きっとお姉さまに乱暴な口調で話し、まるで人さらいの様に迎えを寄越すとでも連絡があったのではないですか……?」
「……」
俯き神妙な顔つきになるフィオリナ。それはまさしく図星だった。
「お父様は心を蝕まれておいでなのです」
「心を……?」
「はい、いま、"フローソールズ"で何が起こっているかはご存知ですね?」
”カストラム・フローソールズ”——そこでは、今まさに蝿の魔物に奪われた要塞に巣くっていた兵士と戦闘がなされている最中である。
「あそこでは……戦いが……」
「この国の命運を決める重要な戦いの最中、バーゼルスタインの上位部隊は出撃を断りました。そして、お父様のお屋敷を直々に警護しております。更に、その者たちをつかってお姉さまをお連れすると!」
「……!」
「このタイミング……ふつうではあり得ない。どう考えても常軌を逸しています」
「そのことに、お父さんの心が関係を?いったいどうして……」
「——お父様は、寂しくてたまらないのです」
「いつ、虫が攻め込み、命が刈り取られてもおかしくない状況。それなのに、貴方がいないから——」
「・・・!」
「断り続けるから・・・」
フィオリナは目を見開く。彼女は反射的に父の要請を断ってしまっており、実は内心反省もあった。
そして、はじめ困惑していたフィオリナであったが、カリストーの言葉を聞くうちに、あの横柄な態度に覆われた父の弱さをみた気がした。そして、カリストーがここに訪れた目的をここで理解する。
アルテアは、危機に晒されている。
「この不安定な情勢のなか……お父様は過ごしたいのです。実の愛娘たる貴方と」
「私と・・・・・・」
「そしてこれは、けっしてお二人だけの問題ではありません。お父様は強き冒険者からなる軍をうごかす事が出来る。そこには沢山の人々の運命がかかっている——その先には、きっとアルテアの未来があります」
自分を連れに戻るために割かれている面々。それは戦力の損失となりうる。
父と話をした際、そこまでのことをフィオリナは想像していたわけではなかった。
「私は、そんなに考えていなかった……でも、そんないきなり……怖い……。もう戻れない……よね?」
「……」
暫しの間、ほんの緊張があった。
目を見合わせながらも、それを選べばついさっきまでの日常が失われるかもしれない。
しかし、カリストーはふと表情を和らげる。
「僕がついています。魔物や賊のような輩になど触れさせません」
「暫しの帰省でお父さまの心が癒え、あのお方の気が済み、事が終わればまた元通りの生活にきっと戻れるでしょう。——大丈夫、アルテアの人々は弱くない。これまで何度も逆境を折り超えてきました。そして今、お姉さまの力が必要なのです」
そして、微笑みながら彼女の前に手を差し出した。
「一緒に来て、くれますか」
フィオリナの手が、迷いながらもぴくりと動く。
「・・・・・・・・・私は──」
——
二人は外へと駆け出す。
その先にあるもの。
平らに敷き詰めた石畳の上にとめられた鋼鉄の機構。
それは力強く地を欠けるための四つの車輪と、純白に照り返すなめらかな流線形の車体、内部には登場した者を運ぶためのシートを備えている。
「お乗りください。これに乗れば、あっという間に着くでしょう」
魔導車——それは魔法機械の大国ユースタシア製の画期的な移動手段であった。
——
エオルーン魔道学校 初等部 職員室
(なんなんだこの書類の山は!?今のうちに取り掛かっておかないと、しんでしまう!)
一方、教師フィルナスは授業の合間に職員室で書類仕事をこなしている最中であった。
(——♪)
(フィオリナから……?)
そんな中、彼の通信端末に届く、連絡。
その内容は、先程起こった出来事を簡潔に伝えるものであったが、フィルナスにとっては当然目を疑うものであった。
「はぁ!!??」
眼鏡の奥……その表情は歪み、職員室にフィルナスの声が響き渡る——
[AI非使用]




