第67話. 貪り喰らう異形と真空の師
——アルテア城 王座の間——
サリアニケスが居座るその間において、突如伝令が伝えられる。
その者は、要塞から訪れた兵であった。
「大変です、サリアニケス様!」
「野営のある平野に向かった要塞の勢力がまるごと包囲されています」
告げるのはヒトの姿形に似た一体の上級ヴェスパ。
しかしそれに対する返答はない。
続けて、言葉が重ねられる。
「直ちに城内より要塞への増援の許可を願います!ガロス様もご乱心に陥り、残った者同士で敵味方わからず殴り合いの状態!このままでは……!」
「——不許可」
サリアニケスは、ひとことそう言った。
「全滅します!このままでは!」
「これ以上は不許可」
サリアニケスはそう告げると、静かに杖を向ける。
「!?」
その表情——意思は、かつて部下に差し向けていた怒りのものではなかった。
なにか様子がおかしい。
意図がわからず異様な気配を感じ取り、伝令を告げた者は即座に逃げようとする。
その間にいた兵士も、どこか様子がおかしく、しかし何体かはその場を速やかに離れることができた。
(いったい、サリアニケス様はどうしてしまったのだ!)
「!!」
伝令のために訪れた兵は、魔女により即座に檻に捕えられてしまう。
(何があのお方を変えてしまった!?)
彼女を変えてしまったもの・・・。
それは"二つ"。
この城には異常な存在が"二つ"いた──
ひとつは、“ミツキ”。
その子供は、ある日何処からともなくやってきて、尋ねても記憶を失っているようだった。
見た目は一見すると人間。しかし魔物であることに違いはない。城からはしょっちゅう居なくなる風変わり者ではじめ浮いてはいたが、他者への当たりが良く、気づけば皆彼女のことが好きになっていた。
そして、その血筋がもつ能力は、戦局を塗り替える可能性を秘めていた。まわりの者は気を遣い、人間に対する侵略に協力するようにもちかけたが、彼女はヒトを蹴散らすための戦いにすすんで参加することはなかった。
それが今になって、この有様である。
その能力は、条件さえ満たしていれば心身の主導権を得る個体数にどうやら限度はなく、彼女を止めない限り兵隊を何体送り込んでも無駄なことはわかっていた。力でぶつかり合う戦争になれば、駒を増やされるだけであった。
そしてもう一つ──
サリアニケスが居座るそのさらに上方。
それは天文台として機能するこの城の望遠鏡の真上——城の頂点に存在していた。
その空間は澱み、真っ暗な塊となり果て、こちらを覗く巨大な生物の目玉の様に覗き返している。
(もうあんなに大きく──!早すぎる!!)
はじめ、その場所にあったのは、夜空の光を取り込むように紫にきらめき輝く、巨大な結晶。もともとは、天文台にエネルギーを送り制御する意思の動力源として機能していた。
しかし、それは次第に輝きを弱め、にごりはじめたかと思うと、今度は逆に光を吸い込み、どこまでも深く黒くなっていった——
その黒く凝縮されたなにかは、はじめのうちはほんの小さな種つぶの様な存在だった。
それが、日を跨ぐにつれ、徐々に大きく、気づけば最早無視できないほどになっていった。
そしてある日、それは独自の意思を持つ様になっていた。
ヒトかなにかの亡霊のようなものか——と、サリアニケスは思ったが、どうやらそれは、そんなものではなかった。
混沌とした瘴気を吸い果てたあの物質を核に、異質な化け物が生まれてしまったのだ、とサリアニケスは解釈した。
その異形の化け物は、仲間を喰った。そして、求め続けた。
——かの者は、まだか——
怪物は語りかける。
そして、底の見えない、どこまでも暗い目玉がサリアニケスの頭上で凝視した。
断り、ここから逃げ去ることは、即座にその闇に吸い込まれることを意味する。月を落とす魔女でさえも。
それほどまでに、それは大きく増長していた。
「あの者は、血迷い現を抜かしており——!」
焦り、弁明する様に乞うサリアニケス。それに対し化け物は冷酷に返す。
——関係ない、誰が何を考えているかなど——
——あの血筋の能力を、こちらへ寄越せ、そして喰わせろ——
──さもなくば、貴様を喰う──
「すぐに、こちらへやってきます……今日のうちに……!アール・グール様──!」
(ダメだ──!)
(これ以上は、もう──!)
(ミツキ……アイツは必ずここへ来る。私に復讐しに……!あの大きくなり続ける化け物……私が生き残るには、異常な者同士をぶつけるしかない!)
──
──カストラム・フローソールズ──
『敵の城の増援が要塞へと大移動している』
その知らせはついに訪れ、そして契機となった。
既に包囲した敵の陣形は崩れ果て、ある程度の兵士を割いて退かせることが十分可能になるほどであった。
即ち作戦は次の段階へと移ることとなる。
「さて、はじめよっか」
白い魔導ローブに丸黒髪の丸眼鏡の男が最後方で景気良く意気込んで見せる。その顔は、どこかの自由の意思を扱う風の魔導士にして教師の男によく似ている。
しかしその雰囲気は、どこまでも澄み渡る真っ青な空、そして穏やかにたゆたう雲の様に自由な意思に包まれていた。
彼の名は”ウィルナード=シェラー“
天文学者にしてアルテアに存在する偉大なる風の魔導士──そして、フィルナスの師匠であった。
AI非使用




