第66話. 自分が自分でいられる居場所
──作戦指令室——
──そこは、戦況を俯瞰し、応じた作戦を戦場へと伝えることに特化された空間。
ドローンにより大きく映し出される映像、そしてタクティカル・プラットフォームは、これまで苦戦を強いられ続けてきた者たちにとって、およそ事実とは思い難いほどの状況を示していた。
(コレは……)
「——敵勢力、侵攻停止。内部の敵将及び複数個所から同士討ちが散発、分断が始まっているようです。そして、こちらの増援が両翼から接触、包囲が完了しました」
その様子が淡々とした口調により告げられる。
言葉にされても尚、その場に居た者たちにとってはどこか絵空事のような、現実味に欠ける光景であった。
軍師であるアリクスですらも、その様に息を吞む。
敵からすれば、それは破滅的といっても言い過ぎではない有様だった。
(敵は、逃げ道すらも失った)
(それどころではない、最も厄介であった化け物の将を・・・"とってしまった"・・・。他の周りの兵も複数体が反乱し、敵味方がわからず殴り合い、混乱状態に陥っている)
(王家の血筋の能力……恐ろしいものだ。これが敵としてこちらに使われていた可能性があると思うとゾッとする……)
(そして、メルキスの開発したシルバー・バリケードは勿論のこと、その機能を持たせるにおいて、意思の器となる”思い入れのある素材集め“に著しい功労者がいる。だがあれは明らかに戦闘向きではない。“能力の向き不向き”……その才能を考慮し、部隊の編成を組み直す必要があるか?)
「先生!」
戦況を見守るアリクスに向かって、その後方から声がかけられる。
それは、溌溂とした若き女性の声。
士官学校を卒業して間もない見習い士官、"フレーネ=フィリーズ"だった。
凛々しい顔に横に流し結ばれたつややかな黒髪、ぴっと胸を張って真っすぐ立つ様は、姿でいえば資料に飾られても遜色のない、模範のようにもみえる。アリクスのもとにつくだけの実力も備えている。
「わ~~~!圧倒しているじゃないですか!」
ただし、彼女のその言動はいまいち緊張感を欠くところがあり、定期の審査や卒業の判定では度々指摘されているはずだった。
「……フレーネ……油断は禁物だ」
(メルキスといい、どうして私の周りはこうも・・・)
(そして、何故だかその物言いはものすごく不穏に聞こえるからやめてくれ)
たしかに、彼女の様に純粋に声をあげてもバチは当たらない程の成果ではあるが、素直に喜べない理由もあった。
今回は純粋なアリクスの策ではない。
「先生!これは何という作戦名なんですか?」
フレーネは人懐っこく、アリクスを見上げながら訪ねる。
戦意を滾らせる固有の作戦名を上手く名付け、兵の士気を引き出すことも指揮官として重要な素養であることは、アリクスは否定はしない。
しかし、その点において彼はほとんどこだわりのない男であった。
「・・・ムシカゴ」
ほんの少し、躊躇いながら、アリクスはぽつりと呟くように言う。そして真が置かれた。
「・・・」
「へ〜〜ムシカゴ・・・ですか」
(その露骨にがっかりしたような反応、傷つくからやめてくれ)
「・・不満か?」
「いえ、私は好みです!しかし、歴史的な勝利ですよコレは、それこそ永く書物に乗るような。だからこう、コレしかないっていうようなしっくり来るヤツがあるんじゃないかなって!」
(作戦名のことでえらく上からだなおい。コイツ自分の立場わかってんのか?しかし、急に良い名前と言われてもな)
「ふむ・・・」
アリクスはうっかり、ふと頭をよぎった言葉を思わず口にしてしまう。
「……ハエトラップ」
”ピクッ・・・“
呟くように発せられたその言葉に、その場にいた、フレーネとはまた異なるひとりが反応する。
「あははは・・・!ハエトラップ!それはユニークですね」
(アリクス先生、ネーミングセンスがイマイチなのかな。っていうか今すっごい睨んでるこの子供は……)
アリクスと少し距離を置くようにして戦況を眺めるのは、眼鏡をかけ、カールした短髪の小柄な少女──の姿をしたヒトならざるもの。
腕を組みつつ、自前の水筒を使って口にしているのは葡萄の炭酸飲料だ。
フレーネはかがみ、目線を合わせその者に話しかけた。
「お嬢ちゃんおはよう、美味しそうなの飲んでるね」
「……プイッ」
(目を逸らされた!)
「やめておけフレーネ」
「彼女はこの作戦における大功労者だ。相応の態度で接する必要がある」
「・・・・・・え?・・・・・まさか、この子が!?」
「この作戦の原型は彼女が考えてくれたんだ」
(才、そして信頼のテストのため、案を挙げさせたが、その内容は敵の力を発揮させることなく封じ込み、更に内部から奪ってしまう恐ろしい戦略だった。やや粗雑で整えてやる必要はあったが、そのコンセプトは見事なものであった)
(……その立場、把握している内容からすれば、それができたのは当然ともいえるが……)
「まさか、この子があの、ミツリちゃん?ウワサの・・・!」
フレーネは先の子ども扱いの態度を塗り替えるかのように、驚嘆の表情をしてみせる。
(いや知ってて絡みにいったろ。だが・・・俺もうっかり作戦名を考えるのが億劫で失言してしまった!)
彼女腕を組み、メガネの奥で睨み不満げな表情をしている。
(マズイ・・・どうやらお互い彼女への絡み方を間違えてしまったな。彼女は人材を見分けるプロでもある。その小さな見かけで判断すると痛い目に遭う)
その者は軍師として優れた才を持ちながらその立案、計画、そして準備した作戦を反故にされた。同僚が辞めたのを契機に職場から即座に退き、その当日に亡命に成功──
魔物でありながら学生の身分──そして自身の能力を枯らせまいとすぐにアリクスの門戸を叩いた。
ヒトを超える異様な疾さ、そして魔物ならではの、敵を罠にかけ一方的に蹴散らす恐るべき戦略で知られるヴェスパの迅速軍師、ミツリであった。
「さ、さっきの発言はすまない。悪気はないんだ」
「ベツに、間違ってないっすからね」
息を吐き、ごくり、と飲料を口にするミツリ。
「しかし……大丈夫なのか?」
続けてアリクスはミツリに向かい問うた。
「なにがっすか?」
戦略自体は素晴らしい。だが、アリクスはもっと根本的な疑問と懸念を気にしていた。
「あれは仲間じゃないのか?キミらの」
「……」
「……別に、同じ種族だから仲間……仲がイイとは限らないっすよ」
「あなたたち人間だって、その歴史の中でひたすらに人間同士で殺し合い続けてきてるはずっす」
「……そうだな」
「ウチはもといた場所で、自分の役割を果たしているのに酷い目に遭った。まるでどれだけ働いても闇に飲み込まれるブラックホール!人材にその才能を発揮させないのは立派な殺人っす!そして物理的にも殺されかけた!」
「──だから」
ミツリはにやりと笑みを浮かべる。
「ヤツにウチのシゴトぶりをまじまじと見せつけてやるっす。そウチ自身の才能を殺すことなく発揮するため!友達のため、そしてアイツをぶっ潰すためなら、なんでもやるっす。ミツキちゃんもウチも、もー向こうに居場所はないし」
その表情には堅い意思、目には鋭い決意が宿っていた。
(友を護るため、か──)
ヴェスパは、群れる。
一見するとその様子は軍隊のように動いているように見える。
だが、どうやら蜂のように規律よく統率が取れているわけではない。
繋がりにはそれぞれの利害があり、許容を超えれば綻んでいく──
程よい自分勝手さ。そして、侵略する本能から解放された場合、身近な者を想うヒトのような願いを持つという事をアリクスは感じ取っていた。
「さ〜て、頃合いっすね。これは」
ミツリは呟く。
敵の集団は段々と縮まっていく。
「・・・さて・・・いい加減次の段階へと進めないとな」
アリクスはプラットフォームを通して指示を伝達する。
「必要な兵を残して、そろそろ退いてもらおう──」
「ひ、退く!?」
フレーネが驚嘆の声をあげる。
「そんな!このままいけば要塞はとれますよ!?」
「……だろうな、それも勿論とらせてもらうさ。……だが、今はそれ以上のチャンスだ」
「まさか・・・・・・!やる気ですか!?先生!」
「最初からそのつもりだ」
今置かれていれる状況。そしてこれから起こるであろうこと。予め行ってきた準備。
更に、この国で最強の戦士がノーダメージの状態で健在である事。
最大の目的を達成させるために必要な条件が、今まさに揃っていた。
作戦を次の段階へと移そうとするアリクス。
しかしながら、その脳裏には、ある良からぬ予感がしていた。
(戦況は理想的。いたって順調にみえる)
(だが、何か忘れている気がする。身近にある……制御しようのない、何か……)
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