第42話. たまには一人になりたい
アストリア13の国のひとつ、アルテア王国。
その地理の特徴として、山岳が少なく比較的開けた土地や河川が多いことや、塵芥の少ない独特の清く澄んだ大気は、月をはじめとした様々な天体を観測することに適していた。
その特有の環境は長い歴史の中で天体に対する人々の想い、マナや願いの力を蓄積することに役立ち、魔導士たちにとってアルテアは絶好の修行や研究の場となる国でもあった
そのため、アルテア内の様々な建造物や装飾には、星々や星座などの天体に纏わる趣向がそこかしこに現れている。
そして、国の中で最も月を大きく観測することのできるアルテア城──それ自体が巨大な天文台として機能するその城は、天体観測における象徴的なシンボルの一つであり、とりわけ強力な魔法の発動を可能とする高純度のマナを内包していた。
尤も、アルテア王国の城は既に陥落し、現在はヒトの骨格を持つ蠅の魔物、ヴェスパの巣と化している
──
“アルテア城”──
城の高層階に位置するであろう、"とある間"。其処は様々な宝石や緻密な装飾で彩られ、外からは青白く照らす月光が差し込んでいる。
その最奥にはヒトの体躯を有し、触覚と翅を有する魔物が集っていた。
「遅い!!!」
声を発したのは、ヒトの女性の姿をした、長身の魔物。
星の光を吸収する漆黒の外套に、威圧的で仰々しく聳える三角帽子。一つ一つが長き歴史にわたり吸収してきたであろう宝石を散りばめた装飾の数々が恰も要塞のように身を覆っている。
端からみればそれは磨き抜かれた歴戦の魔導士の姿——彼女は、女性型のヴェスパだった。
「ミツキ…!何やってんのあの子、いくらなんでもあいつ遅くない!?なにのんびり学校ライフ満喫してんの!?だれか知らない?」
周囲の、触覚や翅以外は顔や体躯はほとんどヒトのそれに近いヴェスパ達は彼女から目を背ける。
「サリアニケス様、…ミツキ様の能力は、好意を獲得することで絶大な効果を発揮します。人間は互いに容易く気を許さないのが普通。信頼を得るには、時間がかかるのです。ここは偵察をまわしつつ、今しがたお待ちいただくのが確実でしょう」
"サリアニケス"と呼ばれた魔導士の姿をした女性型ヴェスパに対し口を開き、濃紺の正装に身を包んだひとりが穏やかな声で返す。
その姿は、細身で姿勢良く整った装いの紳士の出で立ちをした、男性型ヴェスパだった。
「いつまで待ちゃ~いいのよ、"レイオット"。しかも、今になって人間どもに戦況が押されているって、何が起こっているの?"ミツリ"!」
サリアニケスが声を掛けると、地図や書類の山にまみれた小柄な女性型ヴェスパが反応する。
「あ~はいはい、前もいったけど、銀色の焔で武装した兵が増えてるっす」
ミツリと呼ばれた彼女は、びっしり書き込まれた、アルテアの地を示す魔法の地図に、羽根ペンでなにやら書き込みながら続けている。
「正面からは、消耗するだけっすね。かといって経路を変えても分散させてもこっちの動きはどうも読まれてるっす。間違いなく"かなりやり手の軍師"がいるっす」
「そっちも、男の兵士が大半なら、ミツキがいればなんとかなるでしょうに。あなたは、あの子がいったい何をしているのか知らないの?つーか、なんであいつはあんなにフリーダムなのよ」
「いや知らないっす。ウチに言われても…」
「・・・・こうなったら強硬手段に出るしかないわね」
サリアニケスはレイオットの方を向き、合図する。
「強硬手段・・・兵を送るということですか?今は集団では難しいでしょうが、少数での潜入が適しているかもしれません」
「潜入ね・・・。"残虐非道課"でもいいから何か使える兵はいないの?」
"残虐非道課"——
ヴェスパの組織体型は枝葉のように分けられている。その中のひとつ、残虐非道課は、魔物としての道すら踏み外したならず者が集っていた・・。
「連れてきました」
レイオットが一体の魔物をサリアニケスの前に連れ、手のひらを向け、その魔物に礼をする。
(くっくっく・・・・・やっと!)
(やっと就職先にありつくことができ、ワシの出番が訪れた——!)
「・・・・・・こいつは一体なんなの?」
サリアニケスはそれに対し、怪訝な表情で疑問を投げかける。
連れてきた魔物・・・小柄なシルエットのその姿は、何故か全身がモヤのようなもので覆い隠され、確かにそこにいるのに視認されることを拒んでいる。
「こいつなんか姿が確認できないんだけど。いかがわしい姿をしているのかしら」
(なっ・・・姿が見えないじゃと?いかしたワシの、華麗なるベテランエリート魔導士としての姿が!)
「彼の名は"ツェグロース"、問題は容姿というよりも、その前科にあります」
レイオットは眉間にシワを寄せ、厳しい口調で続ける。
「"ヴェスパ協会"で彼に下された決定は『R-200指定にせよ』、200才未満は姿を視認することが出来なくなりました」
(は・・・・・?R-200指定じゃと?ワシが・・・・?)
「・・・こいついったい何をしたの?」
「——以前いた職場で、交際して初日のカップルを、"瘴気の炎"で焼こうとしたとか」
「なっ・・・!!?」
その事実に辺りは騒然となった。フロアの端にいた下級ヴェスパまでもがざわめく。
「残虐非道ね・・・それは私もヒくわ」
「しかもその片方は人間の王女だったとか」
「!!!!!」
その場にいる、本人以外の誰もが絶句した。
「…完全に外界に放っちゃダメなやつじゃない。なんでこんなの採用したの?…流石にいくらなんでも限度があるわ。コイツはダメ、魔物の道すら踏み外したバケモノじゃなくって頭のネジが残ってるやつにしてちょうだい」
「かしこまりました」
レイオットはサリアニケスに対し頭を下げ、その場を後にする。
(ワシ、そんなヤバいことしたの?魔物ならアレくらい普通じゃろ…)
──
"エオルーン魔導学校裏 ルシオラ川"
放課後、リリアは早々に戦場へ呼び出されてしまった。最近呼び出しが少し減っていたが、以前よりは随分と元気になっている。まぁ、あの様子なら大丈夫だろう。
しばらく休んでもらっていたピコラスはトレーニングに復帰。だが復帰したてなので軽く体を慣らす程度にしておもらった。トレーニングには、ミツキにも来てもらっていて、意外にも大人しく協力してくれている。
訓練中、ピコラスは相変わらず彼女に見惚れているが、俺の友人を挑発することもなく素直に応じてくれた。俺もほどほどに身体を動かし、今日のところは早めにあがって時間が余っていたところだ。
ここのところ、人間関係が短期間で変わって、それもいろんな感情が渦巻いて、気持ちの整理が必要だった。俺はしばらく、1人になりたい気分だった。
ルシオラ川——学校裏にある自然豊かな一帯を流れる河川には、"大物"が潜んでいる。ここは蛍が出るような清い河川だが、この大物はどこにでも現れ、放って置くとどんどん殖える、なんでも食べる外来種だ。
行き詰まった時だとか、気持ちがむしゃくしゃしたときなんかは、釣り竿を持って、一人でここに来ていた。
俺が狙っている標的は、"擬似餌"・・・いわゆる、小動物や虫に似せた、ルアーで釣り上げることができる。
雑にやっても見抜かれてしまうが、アピールすることで本能で奴らは食らいついてくるのだ。本物の餌でなくても思わず食らいつく理由には、空腹を満たそうとする食欲だけではなく、自分のスペース、縄張りを侵されたという防衛本能や単なる好奇心も存在する。
だが、奴らは適当に狙ってもかかるわけじゃない。大抵は、木の葉の陰になるところや、入り組んでいるところが"縄張り"。疑似餌の針を枝なんかの障害物に引っ掛けないようにうまいこと投げ込んで、着水させるテクニックも必要だ。
俺は奴らに存在を悟られないよう、ゆっくりと茂みを進み、奴らの縄張りに狙いを定めようとする。
そして、その魚影を捉えた。釣り竿を振りかぶり、疑似餌を繰り出そうとした、その瞬間——
「いたいた!」
・・・ミツキの声だ。
俺の優雅な1人の時間は早くも終わった。
AI非使用




