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第21話. 俺は、覚悟を決めた

シルベニア城地下 最深部へ至る前室──


「ふ~、やっとついた!」

アリシアは解放感を露わにし、伸びをする。


そこは、神聖で静まり返った空間。空気は澄み、仄かな灯り。水面のように磨き上げられた象牙色の石床に、壁面では清らかな水が流れている。


その奥には、幾多の煌めきが何重にも重ねられた、選ばれた者しか受け付けない『光の扉』。

俺にとって初めて訪れる場所ではあるが、ここから先は王家の血筋を持つものしか通れないのだと直感した。

この奥に、町の外壁を守る防壁を制御するための『グレート・ダイヤモンドジオード』がある。そして、人々の絶望が増し“瘴気”のマナにより防壁が減衰・突破され、無数の虫の魔物が町に侵入するのを彼女は防がなければならない。


「いよいよ…ですね」

「うん」


暫しの間を開けて、アリシアが告げる。

「──やっぱり」


「?」


「先に誰か、来てるみたい。微かだけど魔力の残穢がある」


(…!)


「敵…ですか?」

アリシアは漂う微かな魔力の欠片を感じ取ったようだ。


予想はしていた。ここまでのアリシアの態度には決意と覚悟があった。俺が立ち入ることのできない、避けられない戦い…。

もう、止めるつもりはない。揺るがず、互いに信じ切る意思の力が俺たちにとっての強さに他ならないからだ。

奪われるかもしれないと背を向ける心のスキを奴らは巧妙に狙っている。


「うん、かなり弱々しくって、傷ついてるような感じ」


(くっくっく…)


忍び寄る『影』…。


(ようやく気づいたか、彼奴ら。ワシの創作した残穢に!)


遠目で石柱の横から二人を覗くのは、小柄な老人のような蝿の魔導士、ツェグロースだった。


(恰も手負いを表現するかのような、弱々しくか細い華奢な線!アレを練るのは苦労したんじゃ…!)


「ん〜ノクティーヌなハズな気がするんだけど、この残穢に込められた意思…」


「“否定の意思の力”っていうか、なんだか“ねちっこくて根性が腐り果てたおじさん”みたいな意思を感じるの…」

「…とんでもない奴ですね」


(あの小娘、本人が聞いてないと思って、滅茶苦茶言いよる!悪口言ってると友達無くすぞ!)


“キキッ”


「!」


声。

突如二人が柱の方を向き、ツェグロースの心臓が跳ねる。その視線の先には小さなコウモリがパタパタと鳴きながら飛んでいた。二人は視線を戻す。


(なんじゃコウモリか…驚かせよって…。ここで見つかったらやられる!ワシは痛いのは嫌じゃ…)


(後は、ノクティーヌ様がやってくれる!あの女、”揺るぎない“とか吐かしながら煽り耐性ないからな)


”トントン“

すると、ツェグロースの肩に、後ろから何かの合図。確実に小動物ではない。


(ヒッ!)


彼の背後。

そこに居るのは、目を閉じた人の顔のような仮面を着けた、ハエというよりは蝶のようにヒラヒラと羽ばたき舞う白く小さな生物だった。


「何じゃ、お前か…セシミィ」

「アドゥバン様がお呼びです」


「…マジか」





「じゃ、スターユ、これ…私の魔力が残ってるから、身につければ貴方でも暫くは隠密が出来ると思う」


アリシアは俺に、リュクスがくれた隠密魔法用のバングルを手渡す。あとはこれを使って来た道を戻り、市民が安全に避難出来るように手伝う。


「…」

「…」


二人の間に沈黙が流れる…。澄んだ水がせせらぐ音だけが響いた。


俺の目の前にいる、いつも気丈に振る舞っていたアリシアは俯き目を伏せながら小さな手をぎゅっと握り、その様子は嘘のように”か弱い“…。

こうしてみると、王女というより可憐な女の子と変わらない。


つい、昨日まではいつも通りの日常だった。それが、ほんの短期間で城は様変わりし、ヒトの骨格を持つハエの化け物により国が陥落しようとしている。


無理もない。王女とはいえ、彼女が抱えようとしているものはあまりにも重すぎる。1人で抱え切れるものでは到底ない。

それでも、勝って、みんなで乗り越えなきゃいけない。


彼女は、俺の言葉を待ってくれている。


(俺は…)


覚悟を決める事にした──





玉座の間──


本来、城の王が座する“玉座”。外には霧が立ち込め、不気味な音を鳴らしながら冷たい風が吹く。


そこには脚を組んでドカッと座る黒い甲冑の大男がおり、傍には柱のような巨大な鉄塊を携え、ツェグロースを見下ろしていた。

その男は、金髪で目鼻立ちのはっきりとしたヒトの顔に、触角とマントのように大きな羽を生やしている。

触角と羽以外は、極めて大柄で筋肉質な人間と変わらない容姿だ。


「お前何してんの?」

「…は?」

ツェグロースは眉をひそめる。


「は?じゃねえよ。お前言ったよな?ここで待っとけば、この国で一番強え剣士と王女が来るって。ぜんっぜん来ねえんだけど」

「…」


(コイツ怖っ。アドゥバン…ワシの部下じゃよな?なんじゃこの態度…もう王気取りか…)


アドゥバンは真っすぐ目を見開き、真顔でツェグロースを見下ろす。

ツェグロースは渋々絞り出すように返した。


「…奴らは最深部への道に辿り着いた。ワシらの知らん抜け道でも使ったんじゃろう。まぁ、彼奴らはノクティーヌ様が捕えるから、良いじゃろう」


「良いわけねえだろ、ブッ殺すぞてめえ」

アドゥバンは鉄塊を床に叩き付け、衝撃が響き渡る。


「何ぼけっと見てんだよ。アイツ、結局人間の女を痛ぶって殺すじゃん。ダメだろそーゆーのは!じゃあお前がアイツ止めれんのかよ?俺の言うことも聞かねーのによォ!」

もう一撃、床に鉄塊が叩き付けられた。


(人間の女が死ぬのはダメで、ワシが殺されるのはよいのか…?何じゃその差別は…)


「ダメだよね〜ちゅちゅちゅ…」

(!?)

「おっ、ほら噛むなって」


どこで捕まえてきたのか…子リスがアドゥバンの腕をちょろちょろと走り、彼はその首元や鼻先を撫でてじゃらしている。

(コイツ二重に人格があるのか?ワシの苦労も知らんで何を遊んでおるんじゃ…)


「誰でもいいから、早く連れてこいよ王女とその剣士を」


「…あの女は、王家の血のものしか入れんところに行った。ノクティーヌ様以外は手が出せん。剣士の方はじきに戻ってくる。外の奴らは避難の準備を進めておるみたいじゃから、お前さんが来れば…」


「そういうのはお前らの方でやれや」

アドゥバンはツェグロースの言葉を遮るように言った。


「つーか、プレッソとバスティも戻って来ねーんだけど、どうした訳?マジで何やってんだよお前。大方、お前が舐められてブチ切れてテキトーな指示したんじゃねーの?俺言ったよな?剣士の方だけ孤立させてからやれって。まとめて焼くとかありえねーからな?」

「…」

ツェグロースは返す言葉もない。図星だった。恐らく下級兵に現場を見られ、報告されている。


「お前もういいわ、もう何もすんな。王女を危険な目に遭わせるとか話になんねーわ」

アドゥバンは立ち上がると、巨大な鉄塊を片手でひょいと担ぐ。子リスを木製のカゴの中に入れてやると、鼻先に指を当てる。


「よちよち、ちゅちゅちゅ〜♪パパすぐ帰ってくるからに〜。良い子にしててにィ〜」


(…)


(あの子リスの方がワシより良い扱いを受けている…!)


「ツェグロース様、すごい顔してますけど大丈夫ですか?」

ヒラヒラと、ツェグロースの後ろからセシミィが語りかける。


(この国滅ぼしたら、もう辞めるわ、この職場…)

AI非使用

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