第20話. 何か声をかけてあげたい
シルベニア城──
つい、日中まではいつも通りだった、俺たちの国を守るための城…。
それが、今となってはヒトの骨格を有する蝿の化け物が巣食う、ダンジョン宛らの異様な様相を呈している。
いつの間にか霧が濃くなってきており、夜間であることもあってドローンが映し出す映像はほとんど見えなくなっている。
ノクティーヌが貨物船で連れ込んだであろうヴェスパ…いったい、何体に侵入されたのかは不明だ。しかし事実として、先ほど屠った同胞の装備を奪い装備していた虫…バスティの様子からすれば、戦闘を得意とするはずの名だたる猛者達は恐らく"悉くやられている"。誰かの護衛は不可欠だ。
俺は、アリシアがシルベニア城の最深部、この町を守る防壁を制御するためのグレート・ダイヤモンドジオードに行く道までの護衛をすることになった。
どうやら、アリシアが地下の最深部に向かうには一度上階を通らねばならないらしい。玉座の間の更に奥に、一気に降りる道があり地下から最深部を目指すことになる。
そこから先は、王家の血筋ではない俺は入ることは出来ない…。その後はアリシアは防壁の維持に努め、外壁に犇めく無数のヴェスパが街に入らないように専念することになる。ここでアリシアがジオードに入らなければ、瘴気…絶望のマナでこの地は満たされ、防壁は消え上空から侵入されてしまう。皆の避難を成功させるためには、避けられない選択だった。
うちの参謀であるリハルは両国の戦力の配置と支援。ユースタシアの王女リュクスは呼びかけのためのドローンと経路を確保する戦力である戦車を制御しつつ、町の人たちが港へと避難出来るように全力を努める。
残された時間は少ない。俺たちは早速行動を開始する事にした。
「っと、みんな。これを渡しておくね」
リュクスは道具の沢山入ったカバンから小型の端末を取り出す。手のひらに収まるくらいのサイズで、絵や文字が写っている、一見シンプルな作りだ。
「これは…」
「急いでつくった、まだプロトタイプのなんだけど」
「こういう状況だと、みんなにとって大事なのは、身近な人の安否だと思うの」
「通信端末ね?」
「うん、アストリアの中ならほとんどの場所で使えると思う!」
どうやら通話や文字、絵文字なんかでやり取りができるらしい。ユースタシア、相変わらず凄まじい技術力だ…。
リュクスにもなんらかの王家の血筋の能力があるのだろうが、その原動力はきっと心に描いたものを創り出そうする意思、“創造性の意思”が原動力で間違いないだろう。皆が想像力を働かせる事でマナが満たされ、その能力や魔法はより強くなる。魔導機械の国…ユースタシアはそうして発展してきたに違いない。
この端末…間も無く激戦必至のこの状況下でどこまでこれを使いこなせるかはわからないが、間違いなく必要なものだ。
「あと、これも」
リュクスはアリシアに白いバングルを手渡す。
彼女によれば、気配や視認、微かな匂いや足音を消す"隠密の魔法"の効果を底上げする効果があるらしい。
瘴気が充満しつつある今の状況ではアリシアを守りながら大群を相手にはしづらく、俺たちは、無駄な戦闘は極力避けて最短でジオードを目指す事にした。
「アリシアちゃん。避難が上手くいったら、連絡するからね!」
「潜入中に連絡するのはなしにしてよ?」
「っ…!大丈夫だいじょうぶ!」
(この子なら、やりかねないな…)
シルベニア城内——
俺たちは裏門から再び城内へと入る。不穏な空気…。通路には兵士たちが横たわり、遠くにはヴェスパが何体か集団でうろついている。
「まさか、自分の城に隠密潜入することになるなんてね…」
アリシアはため息をつく。
「取り戻しましょう、必ず」
「そうね…。それじゃ行こっか、スターユ」
そう言うと、彼女は、こちらに手を差し出してきた。俺の手を取ろうとするような仕草…。
(…?)
俺は、その手を握った。
その直後、アリシアの姿が見えなくなる。それだけじゃない。自分の腕や体も見えなくなっている。
リュクスのバングルで強化された隠密魔法…足音もしない。気配もなく、"手を引かれる感覚"だけ。
その効力は、彼女に接触することで俺にも共有されているようだった。
そのまま俺たちは城内を進んでいく。
階段を登り、次のフロアへ。アリシアが手を引く感覚をたよりに身を進める。
虫たちの数は予想を超えていた…。殆どの空間に敵が存在しており、裏門側の空間が無事で住んでいたのが奇跡に近い状態に思えた。それほどまでにこいつらに対し炎は効果があるのかもしれない。
隠密が効いているおかげか、こちらには一切反応はしないようだが、もし戦闘になれば瘴気の中で能力の落ちたアリシアを守れるような状況ではない。
俺の手を引くその掌は小さく、繊細な指…そして、直接触れてわかった。
今、彼女は怯えている…。
何か声をかけてやりたいが、隠密中では叶わない。
話したいことは山ほどあるが、リュクスにせっかくもらった通信端末があっても、気持ちを伝えることは今はできない。
ふと、アリシアの脚が止まった。
かなり上階のフロアまで来ている。どうやら周りには敵の姿はなく、静まり返っている。
「…困ったわね」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でアリシアは話す。
「…大丈夫、ですか?」
「この上が玉座の間なんだけど…"とんでもない"のがいる。ノクティーヌじゃない」
魔法の資質のない俺には感じ取れないが、アリシアは意思の力で上階にいる強敵を感じ取ったようだ。
「大丈夫…抜け道があるから」
「アリシア様…」
「?」
何かを言いかけて、躊躇った。手を触れて、その言葉から…なんだか、別れが近づいているような、それを決心しているような気持ちが伝わってくる。だが、それに対して弱気につながる様な言葉を危うくかけてしまいそうになった。"揺ぎ無い意思"の力で自分を信じてくれた彼女を、俺も信じ抜かねばならない。
抜け道…そして、今度はどんどん下っていく。
古めかしい様相で、最早ヴェスパの気配もないが、緊張の中二人は無言で足を進めた。
AI非使用




