第2話. 始まりの過ち
[この回はAI非使用です]
(退くという選択肢もあったような気がする...)
ヴェスパが退いた洞窟の奥の方へと3人は進む。ガレンが先頭で、エリックが続く。その後ろでは、リアンがレンジャーのスキルで組まれた、火を灯す軽量の灯りを持っていた。辺りには戦闘の後であろう残骸が散らばっている。奥の方から漂う奇妙な甘い匂いが漂ってくる。
化け物...。
直接対峙した、あれは明らかに下級のそれではなかった。一対一ではまず勝ち目のないレベルの相手だ。
クエストにおいて、討伐レベルの設定ミスは受ける者の命に係わる。
ギルドがそんな間違えをするだろうか?
エリックの脳裏に引っかかる不気味な違和感...。
ひとまず、手負いの魔物にとどめを刺して、討伐したその証拠をひとつでも持ち帰る、そして多額の報酬を受け取る。それでもうここには来ない。そんな思いで恐る恐る洞窟内へと足を運ぶ。
「ねぇ…あれ!」
小声でリアンは指をさす。
地面には、量は少ないが何か虫のパーツの破片のようなものと、煤のようなものが散っていた。
この先に奴がいる。
「お、さすがリアン様、やっぱ一緒に来てよかったわ」
「だな」
「えへへ、はやく終わらせて帰りましょーぜ」
三人は息を潜めながら、足を進めた。
(いた!)
リアンの灯りが届くか届かないかの距離、
そこには先ほど対峙していたのと同様のフォルムをした、大きな羽と、ヒトに近い肢体をもつ黒い塊がみえる。
が、先ほどような猛烈な勢いはそこにはない。うずくまっていてピクピクと足を動かしているようだ。
その様相は確かにヒトのそれにも近いようだが、昆虫のように6本の手足を持つそれは、ヒトと呼ぶにはあまりにも異形の姿をしていた。
「弱ってるのか…?」
「みたいね~」
エリックの火矢による火炎のダメージが蓄積したのだろうか。瀕死の様だ。
(よかった、これなら大丈夫そうだ)
緊張が解ける。
ガレンが合図し、前に出てトドメを刺すべく、剣を構える。
ヴェスパはこちらに気づいているのか、それとも気づいていながら、選択肢を失っているほどに痛手を負っているのか。
どちらにせよ、クエストは成功した。エリックは安心の表情を浮かべる。
(本当に…?ほとんど一方的にやられてたさっきので、ここまでなるか…?)
小さな疑問と違和感、目の前にはうずくまる破格の高額報酬の標的。エリックは怪訝な表情を浮かべる。
「…っ!?」
強烈な衝撃音とともに、ガレンは大きくのけぞった。同時に、握っていた大ぶりの剣が吹き飛ぶ。
「しまった…!」
瞬間、何が起こったかわからなかったが、敵の姿を見てそれを理解する。
まず、こいつは瀕死ではなく、おそらくある程度のダメージはあるがこちらを欺いていた。
そして、ヒトのような手指と腕で、王国の近衛騎士が装備しているような大型のシールドを手にしていた。
うずくまった状態で観察が不十分だったが、先ほどは装備していなかったことから、おそらく、この巣の中に戻り、屠り果てた相手から奪ったのだろう。
つまり、こいつは装備を取りに戻り、瀕死のフリをした。
「こいつ…!」
すぐに武器を回収しなくてはならないのに…瞬時に理解しながらもガレンは強烈な衝撃を喰らい、のけぞった体制で硬直してしまう。
シールドバッシュ―
洗練された十分なレベルと技術が必要な近接スキルを、当初下級と思っていたハエの魔物にガレンは喰らった。
そして油断しているところに直撃したことで愚かにも武器を手放してしまう。この事実は前衛、近接の剣士を志す者としてはこれ以上ない屈辱をガレンの心に刻んだ。
「ガレン!」
物理的な硬直、精神的なショックを利用するかのようにヴェスパは俊敏に舞い、ガレンの剣を手にしようとする。
この場で武器まで奪われてしまうと戦局は圧倒的に不利になる。
「こっちだ!」
エリックが叫び、奴と目が合う。硬直するガレンをフォローすべく、エリックは火矢を放つ。
クイックショット―
早撃ちの如く高速で射出し敵の急所に狙いを絞り打ち抜く。エリックの得意技だった。更に、リアンがレンジャーのスキルで編み出した特性の火矢を載せて放つ。
その火矢は完全に標的の眉間の上、脳天を正確に捉えている。
「ちっ…!」
が、エリックの火矢は空しくヴェスパが構えるシールドに弾かれる。こちらが弓矢を放つタイミングを読んでいたかのような、当然のような盾の構え。もしかすると、発見した際も長距離から狙撃はできたかもしれない。…が、こいつは弓矢を盾で弾くことに自信を持っているようだった。そして、その反対側の手にはガレンの持っていた大ぶりの剣が握られていた。
「さすがにやべぇな。もうムリだ、逃げッぞ!」
「あ、ああ!」
エリックが叫び、ガレンが応える。
考えてみれば、王国の近衛の大型のシールド、あれを観察しておけば、見た時点で逃げることはできたかもしれない。あれは、王国の精鋭レベルがここで屠られたという事実、そうなれば下級の冒険者では太刀打ちできる話ではない。
これ以上被害が出ないうちに帰還して直ぐに軍に討伐を依頼する、それが正しい選択だった。
「いやあああああぁあぁあ!!!!」
踵を返し洞窟から脱出しようとした瞬間、リアンが悲鳴を上げ、灯りを落としてしまう。
両腕に盾と剣を備え、腕と脚の間に更に生える大型の虫の腕でリアンを抱える形で捉え、飛ぼうとしていた。
「てめええええ、リアンには触れるんじゃねえええ!!!!」
激高するエリック。弓を構えようとするが、躊躇する。悔しいがこの相手は格上、ただの虫として簡単に撃ち抜かれたりはしない、大型の盾を備え、確実にリアンも盾にしようとする。
撃てない。
エリックは駆け出し冒険者ながらも、力量と残忍なヴェスパの特徴を理解しつつあった。絶対に立ち向かわなくてはならないのに、無力である事実を痛感し、たまらなく悔しかった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ガレンが渾身の力を振り絞り、ヴェスパにすべての体重を乗せ、勢いとともに掴みかかる。
「っ!たすけて…」
リアンだけでも助けんと、ガレンは虫の腕を全力で振りほどこうとする。その腕はリアンを捉え、渾身の力を振り絞り
ようやく虫の腕から離れようとした……その瞬間。
「っ……!!」
「い、いや…!!」
リアンの表情が恐怖に染まる。
ガレンは目を見開き、口から大量の血を吐き出す。
自身の剣が腹を貫通している。装備の装甲の薄い部分から剣が貫かれ、背中からは剣先が飛び出し、血を纏っていた。
「ガレン!!!!」
エリックが叫ぶ、ヴェスパは剣を引き抜き、ガレンの大きな体は力を失い、洞窟の地面に崩れ落ちる。
ヴェスパはすぐさまリアンを抱え、飛び去ろうとする。
ここで挑めば自分は確実に死ぬ。
だけど・・。
リアンを見捨ててこのまま逃げるのは、そんな選択を取る人生は、それはもはや自分ではない。
これ以上、精神的ショックに時間を割くわけにはいかない、敵の更に先をとらなければ…。
エリックは火矢のクイックショットを再び放つ。
渾身の集中力を載せたその一撃は、ヴェスパの頭部をかすめた。いや、確実に脳天を捉えていたが、最小限の動きで避けられたのをエリックは確信した。
「消えろ…ハエ野郎」
落胆の隙は見せない。すぐさまの2発目―
相手の回避運動の直後のほんの小さな硬直にすぐさま敵の急所に力を振り絞った強烈な一撃を叩きこむ、
―クリティカルアロー。
これもエリックの得意技だった。
風を切る音、そして、それは見事に回避直後の敵の頭部を捉えた。
火矢を準備する時間はなかったが、渾身のクリティカルアローが確かに敵に届いた。
「クソ…野郎!!」
が、ダメージはない、リアンを抱える方の対の腕で、ヴェスパは矢を掴んでいた。
「エリック!!!!おねがい助けて!!!!」
リアンが叫ぶ。ヴェスパは剣と盾を手にしたまま、大きな羽を振い、飛び立つ。
この敵には、冒険を共にした自分の弓矢は最早通用しない。エリックは落胆する。
リアンの声が遠くなりつつも、彼の脳裏には強く反響する。
それでも、今の彼には退くという選択肢はなかった。




