第1話. 駆除依頼
——アストリア大陸——
13の王国と城からなるその大地は、人々の意思により美しい世界を形作っていた。
かつて、絶え間無い争いの歴史を繰り返していたその地にようやく成し遂げられた和平。実現不可能と思われた奇跡が英雄たちの偉業により見事成し遂げられたのだ。人々は困難の最中にあっても互いに身を寄せ、手を取り合うようになり、共に乗り越え発展を遂げる。アストリアは、そんな新たな世界として歩み始めていた。
人々の手により長きにわたり歴史を育み紡がれてきた、この世界。
皆、誰もがこの先も未来永劫ヒトが治めるものだと信じて疑わなかった。
——永遠なるヒトの歴史。
それがもし、ヒトによる幻想にすぎないのだとしたら……。
より強く、速く、繁殖に長ける"ヒトを超えた種"が現れ、その地を制する競争に勝利し、侵略を許してしまう事が訪れるとしたら?
そして、それが、"これから起こる"のだとしたら──
この先も永遠に続くと誰もが信じる、ヒトという種の歴史が塗り替えられないという確証がいったいどこにあるというのだろうか?
——シルベニア王国 麦畑の里 ルミエル——
ここは、アストリア大陸の13の王国のひとつ、シルベニア王国領内の小さな農村。林の中にあるこの村には清く穏やかな川が流れ、子供たちが無邪気にはしゃぎ、水遊びをしている。
村の中にあるギルド、「黄金の麦穂亭」では、今日も冒険者たちがクエストの張り紙を眺めていた。
「ん~~~~ッと。どうすっかなァ~~っと」
「あの、エリック? いいから早く決めてよ」
軽装に身を包みし、若き男女の声。
下級クエスト依頼の張り紙がズラリと並ぶ前に張り付き、なにやらあれこれ指さしながら悩んでいる……。
「なになに……? 洞窟の大型ハエモンスター『ヴェスパ』の討伐……。うォッ……なにこの報酬、額間違えてね? これいってみるか?」
指さすその張り紙、その下方に並ぶ数字に男は眼を見開く。
下級にしてはその報酬額は頭一つ抜けたものだった。
「……」
「どした?」
「どした? じゃねーっての。あのさ、あたし虫ムリなんだよね」
腰に手を当て、冗談交じりに笑いながら青年に言葉を返すのは、女性レンジャーのリアンだ。二十歳を少し過ぎた彼女は、健康的な小麦色の肌に、しなやかな体躯を持つ。直接戦闘は苦手だが、支援やサバイバルのための道具の使用はお手の物だった。
「いや、そんなんでこれからやってけねエだろ! 虫の魔物なんか耐久力低めだし、ちょいちょいって駆除しておわり。慣れだよこんなんは」
傍らの男、エリックがリアンを説得する。
はっきりした目鼻立ちに、束ねたブロンドの髪。身軽さと運動性を重視した装いに、背中にはともに冒険した自慢の弓をぶら下げている。
二人は互いに同い年、幼馴染だった。
「その、『ちょいちょい』っていうの、あんたがやってよ? あたし入口で待ってるから」
「おいおい頼むわ、リアンさん! 触る必要ないって、ひょ~っとすると、毒針とかあるかもだけど、松明をつかって油瓶で焼き払えば終わりよ。道具とかそういうの専門だろ?」
「い~~~やっ! あなたの弓使って」
「まぁまぁ、落ち着け二人とも。いつも通り、前衛は俺が引き受ける。」
周囲の視線が興奮気味のリアン、そしてエリックへと集まり始める。
そんな中、なだめる様に語りかける大男が一人。
「ガレン……すまん」
「なに、手間は取らせん。リアンは今回は道具だけ力を貸してくれ」
長身でがっしりとした体格で、二人とはコンセプトが異なる重装備の防具を纏っている。その腰には、振り回すと半端なものは軽く断ち斬れそうな輝く大ぶりな剣を携えていた。
リアンとエリックの二人とはよくパーティーを組み、ガレンはもっぱら魔物の攻撃を引き受ける前衛役を務めていた。
高額報酬に目がくらんだのか、エリックはなにやら必死でリアンに向かい掌を合わせ懇願する。
「な? 頼むよ」
「もーしつこいなー、なんでそんなにこれがいいの。お金?」
「まぁ、そんなとこ。でも、その、今必要なわけじゃなくってさ、将来的なやつ?」
「は~、まったく」
結局、リアンが折れ、受注することにした。
洞窟は村から離れた森の奥、苔むした岩壁にぽっかりと口を開けていた。三人にとっては始めて訪れる場所でもあり、三人は注意深く観察する。
「……なんか、甘いにおいがしない?」
「リアンさんも虫さんみたいに花の匂いにすい寄せられてない?」
「ちょっと!」
冗談を交えながらもエリックは弓を構え、ガレンは剣を抜き先頭に立つ。
その拳には程よく力がこめられている。
「ま、虫とはいえ初めて相手するんだから、油断すんなよ」
ガレンはそう言いながら、内部へと足を踏み入れる。
洞窟内は意外に広い。冷たく湿った空気が肌にまとわりつく。
「確かに巣っぽいわね……。ん?」
「……静かに」
ガレンが囁くように注意を促す
"……ゥゥン"
何やら低く、うなるような音。
三人は息を潜め、ゆっくりと奥へ進んだ。
足音が反響し、静寂を切り裂く。
「……っ」
高鳴る鼓動。奇妙な音が急激に近くなった。
"……ヴウゥゥゥン!"
それは、羽音だった——
しかし、その音はただの羽虫のそれとはどうやら違う。
離れていても感じ取れる質量……それは重く、威圧的に響きわたる。
(いた……!)
「「!?」」
「……はや——」
リアンが短剣を構えた瞬間——体長二メートルはあろうか。
蝿の様相をした魔物が猛烈な速度で飛び出し、頭上を飛び越えた。
(間違いねえ! ギルドクエストの指定討伐対象モンスター『ヴェスパ』と呼ばれる種だ。こいつ……思ったよりもでけえ! それに——)
エリックはその外観に目をやる。一対の触角と翅に、虫の顔面と外骨格。
——それはまさしく蝿のものだ。
……だが、四肢と体幹の様相、そしてバランス……その魔物の骨格はヒトのそれに酷似していた。
ただ……腕は合計で6本。それぞれの足に、人のそれに似た手指を備えている。
「なに……アレ……」
「こいつ……人間……のような見た目をしてやがる」
「来るぞ!!」
その魔物は羽根を高速で羽ばたかせ、空中を縫うように飛行しエリックたちに接近しようとする。
ガレンは動きに合わせて武器を振り回す。その身を捉えていたはずのその剣はただ空中を切るだけであった。
「また来るよ!」
ヴェスパは空中で態勢を立て直す、リアンが叫ぶと同時に、モンスターは三人に襲いかかった。エリックは矢を放つも、その矢は壁に突き刺さる。
(間違いなく狙ったハズだ。軌道に狂いもねえってのに、矢が見えるのか……? コイツの反射神経……どうなってやがる!?)
「直接仕留める……! 来い!!」
ガレンが立ちはだかり、剣を構える。タイミングを見計らい、大ぶりの剣が勢いよく振り下ろされた。
"ガッ!"
「ちっ、この装甲……!」
——が、どうやら有効な手ごたえはない。
流線形の甲殻が刃を弾き、剣の軌道は流されてしまう。
「こいつの装甲はだめだ。関節を狙う!!」
ガレンは再び剣を構え、標的を引き付ける。
(武器は爪……! 貰ったところで致命傷にはならない。仕留める!)
ヒトの様な手指から伸びる鋭い爪を構え、ヴェスパはガレン目掛け襲い掛かる。
その後方に構えるのはエリックだった。
「ガレンの旦那、いくぜ! こいつを喰らえ!」
"ゴオォッ——!"
狙い通りの照準が合った瞬間、エリックは矢を放つ。
その先端は激しく燃え盛り、そして放たれる。
"ガッ"
(当たった……!)
火矢は標的に命中した。
——しかし、その矢自体は突き刺さることはなく、流線形の外殻に弾かれてしまう。
(くッ……硬ェ……! だが多少の火を食らわせることには成功した!)
矢自体は弾いたものの、火矢の先端に纏っていた炎を浴びた標的。
ヴェスパは苦しげな奇妙な音と共に威圧するかのように激しく翅を奮わせる。
追撃の準備にかかるエリックだったが、敵はすぐさま体勢を立て直し、洞窟の奥へと消えていった。
「逃げ足もはえェ……! だが、火は効果あるっぽいな」
エリックが弓をおろし、リアンが胸をなでおろす。
三人は上がっていた息を整えつつ。後を追った。
「ねぇ、もう帰りたい……」
リアンは怯えたような、小さな声でエリックの背に乞う。
「ダメージはあったろ、アイツにとどめさして帰ろうぜ
」
「やだよもう~」
「まったく、リアン。あと少しだろ。このどでかい報酬はな、俺たちのためなんだぞ~?これでようやく貯まるから、な」
エリックはリアンをみて、何やら楽しみにしている何かを待つような笑みを浮かべながら言う。
「なにそれ、どういうこと?」
リアンは困惑している。ガレンはなにやらニヤニヤしている。
(変なひとたち…)
「よくわかんないけど、本当にあと少しだからね?」
3人は標的にとどめを刺すべく足を進めた──
夢と希望溢れる仲良し駆け出しパーティー。
三人とも相性が良く上り調子! 特にガレンさんはピカピカの新たな剣を調達し上機嫌となっています。
……新しいものを手にした時って、直後に予想だにしない事態が待ち構えていたりしてこわいっす。気をつけねば。
AI非使用




