7.ゴミの回収(3)
「ここが俺の家だ。じゃあ、俺は家の中にいるから、ゴミ捨てを頼むぞ」
そう言って、ガルドは自分の家の中に戻っていった。それを見送った私はガルドの住む家の場所を頭の中にインプットする。これから、何度か通うことになるからちゃんと覚えておかないとね。
それから台車を押して、先ほどの場所へと戻る。通りを歩くと、人の視線が突き刺さる。服がボロいし、何よりも靴を履いていない。それだけでスラムの人間に見られてしまうのだ。
なんで、スラムの子供がこんな通りを? そんな視線が絡みつく。その視線に萎縮してしまいそうになるけれど、負けないように堂々とする。そう、私は仕事をしているんだ。
堂々としていると、そんな視線は減っていく。何でもないって顔をしていれば、いずれは興味を失ってくれる。これだったら、絡まれる心配をしなくてもいいよね。
でも、内心はちょっと怖い。
まっすぐ歩こうとしても、背筋がぴんと伸びきらない。目を合わせないようにしてくれる人もいるけれど、逆にじっと見てくる人もいて、そのたびに心臓がドクンと跳ねる。
誰かに声をかけられたらどうしよう。追い払われたり、物を投げられたりしたら……。
そんな想像が頭をよぎって、喉がカラカラになる。お腹の底がキュッと縮こまるような感じ。冷や汗が首筋を伝っていくのがわかる。だけど、立ち止まったら終わりだって思う。
私は仕事をしているだけ。ゴミを捨てに来ただけ。
心の中で何度もそう繰り返して、自分を落ち着かせる。怖がってるって知られたら、もっと何かされるかもしれない。スラムの子供が弱気な顔をしていたら、きっと、すぐに何かを奪われる。
そうやって自分を鼓舞して表の通りを進む。そして、ようやく先ほどの場所に辿り着いた。臭いけれど、息を付ける場所についてホッとした。
さて、仕事をしよう。と思ってゴミを見て見ると、先ほどよりもゴミが散乱しているように見えた。きっと、スラムの人が漁ったに違いない。広範囲にゴミが散らばっていた。
ゆっくりしていたら、こうやって仕事が増えていく。今日は朝から日差しが強くて、気温もどんどん上がってきている。放置された生ゴミの臭いがむわっと立ち上り、思わず鼻を背けたくなる。
気合を入れると、台車をゴミの近くに動かした。そして、スコップを手にすると散らばったゴミをまとめていく。ある程度まとめると、それをスコップですくい上げて台車の箱に入れる。
すくってはいれて、すくっては入れてを繰り返す。そうすると、散らばったゴミは減った。だけど、まだゴミは山のように積まれている。
頬に汗が伝う。臭いと暑さと汚れにまみれながら、私は黙々と働いた。誰にも文句を言わず、誰にも見せびらかさず、ただひたすら。
ゴミの山を少しずつ崩していく。腐った何かがどろっとしたものが地面に広がるたびに、顔をしかめながらもスコップで押さえてすくい取る。重たくなった台車の箱を見て、小さく息をついた。
……まだ、こんなにあるんだ。
遠くに見えるのは、まだ手つかずのゴミの山。だけど、へこたれない。私は弱音を心の中だけに押し込んで、再びスコップを握った。
「よし……まだいける」
そう言って、自分を奮い立たせる。
◇
大量のゴミを台車の箱に入れると、今度は台車を押して北側の門まで表の通りを歩く。ゴミの匂いが気になるのか、通り過ぎる人達は一度は私の方を向いた。
だけど、今度は嫌な視線を感じない。きっと、私が仕事をしているからだろう。何もしていないスラムの人間が歩くと嫌悪感を向けられるが、仕事をしていると見られるとそうでもないらしい。
お陰で余計に怯えることなく、表の通りを歩くことが出来た。そして、北側の門に辿り着き、先ほど顔見知りになった門番に小さな木の札を見せる。
すると、すんなりと門を通ることが出来た。会話は最低限だったけど、変に絡まれるよりはいい。それから三十分の道のりをかけて、先ほどの穴の場所に辿り着いた。
――そこには、ゴミに群がるスライムの姿があった。
「わぁ、これがスライム? ちょっと可愛い」
青くて透明でプルプルしている球体がそこにはいた。動きはゆっくりで全然脅威には見えない。これなら、集られて溶かされる心配はなさそうだ。
私は何も気にせず、箱に入ったゴミを穴に入れた。その瞬間――素早い動きでスライムが新しいゴミに集る。
えっ……こんなに早く動けるの? そう思っていた時――足元に冷たい感触がした。びっくりして足元を見ると、一体のスライムが私の足に乗っていた。
ゾッとした悪寒が背筋をかける。まさか……溶かして食べる気!?
慌てて箱に入っていたゴミを穴に入れると、急いでこの場を立ち去った。スライムはゴミに夢中でついてくる様子はない。
あんなに素早く動けるだけじゃなくて、私を食べようとした。やっぱり、魔物は魔物だ。魔物を可愛いと思わない方が良さそうだ。




