第4話 ―死に損ない狂騒曲― ④
「そもそも、この人はどうしてここにいるのさ?」
ナツメが振り向きざまに尋ねると、アイラスが申し訳なさそうな様子で答えた。
「事務所の看板の前で立ちすくんでいらっしゃったので……心配になって、ついお連れしてしまいました」
さらには老人が「自身の名前すら憶えていない」ことを聞かされたナツメは、
「ええと、あなたのことはとりあえずゴンベさんとお呼びしますね」
と、(彼女にしては)丁寧に前置きをしてから――
「ゴンベさん。あなたがどうしてゾンビ……いや失礼、そんなおゾンビな身体になったのか、心当たりはありませんか?」
(ちょ、ナツメさん!?)
(ええっ、所長!?)
「お」を付けた程度では隠し切れぬデリカシーの欠如。
ユースケとアイラスはそろって息を呑んだが、ゴンベの名で呼ばれた “生ける死者” は、苦情を示すでもなく、緩慢に首を振るばかり。
「なにやら、恐ろしい目にあったことだけは憶えているのですが……」
なんとも重苦しい沈黙が流れる中、ユースケがぽつりと呟いた。
「もしかしたら、死霊術の実験台にされたのかもしれないな」
死霊術――そのおどろおどろしい響きに、ナツメは思わず顔をしかめる。
「まためんどくさい単語が出てきたよ。で、それ、一体なんなの?」
ナツメの問いかけに、厳かな口調で語り出すユースケ。
「死霊術っていうのは、死んだ人を蘇らせることを目的とした魔道の一分野なんだ。古来、多くの悲劇を引き起こしてきたこともあって、現代では研究自体が禁忌とされているんだけど、それでも死霊術に手を出す魔道士は後を絶たない。なぜだと思う?」
ユースケは声を潜め、唇に人差し指を立てた。
「人を自在に生き返らせることができるなら、その先には『不死』が待っている。
いっぱしの魔道士なんてものは、知識欲の塊みたいな存在だからね。『真理』や『究極』を目指す彼らにとって、人生はあまりに短い。けれど、不死が手に入れば、時間という制約から解放され、永遠に知識を追い求められるわけだ。だからこそ、死霊術の誘惑はあまりにも大きい」
ナツメは、これまでに遭遇した奇人変人たちの顔を思い浮かべて、頷く。
「なるほどねえ、わからない話ではないかな」
「それでね、いま僕たちが暮らしているこの新大陸に、旧大陸から多くの死霊術師が流れ込んでいるらしい。宗教とか国際情勢とか、理由はいくつかあるんだけど、そのうち最も大きい理由ってのが、その――」
ユースケは、虚ろな表情を変えないゴンベに目をやると、
「実験材料を簡単に確保できるからなんですよ。ほら、新大陸では今でも国同士の小競り合いが起きているでしょう。それだけ、新鮮な遺体を手に入れる機会に恵まれているということになりますからね」
「ならば私は、死霊術によって生み出された失敗作ということですか」
一拍遅れて、ゴンベ氏が呟く。
その声には怒りも悲しみもなく、ただ淡々と “事実を確認するだけ” といった響きがあった。ユースケは戸惑って、どこか言い訳めいた口調で答えた。
「あくまで僕の推察です。実際に何があったかはわかりませんけど……」
その時、話を聞いていたナツメのズボンの裾が、微かな力で引っ張られた。
視線を落とすと、一匹の黒猫。
ミーシャと名付けられた彼女は、アイラスの飼い猫であり、「魔道探偵ナツメ事務所」の小さな居候であったが――
「ちょっとお伝えしたいことがあるのだけれど、いいかしら」
猫は、ナツメだけに届くようなひそひそ声で言ったのだった。




