―キタブ・アッカの箱― ⑫
【箱の中に入っていた手紙】
我が愛しき息子ドライアンよ。
私は、お前がこの手紙を読んでいることを嬉しく思う。
私が不治の病を得て、最初に思ったのはお前のことだった。
お前が幸せに生きるために、親として何を遺すべきか。
一般的な財貨では駄目だ。
あんなものは、記号化された可能性に過ぎない。
お前のような愚か者は、それに押し潰されてしまうだろう。
では、人ではどうだろう。忠実で優秀な人材。
それも駄目だ。
お前には人徳も器量も無い。彼が優秀であればあるほど、お前は裏切られ、骨までしゃぶられてしまうだろう。
するとやはり、残すべきものは形なきもの、つまりは教養や経験しかないという結論に達する。
野の獣や鳥でさえ、生き抜くために、親は子に狩りを教えるものだ。
それなのに、お前ときたらどうだ。
一流の教師をつけても逃げ回り、修行のために店を任せても資金に手を付け乱痴気騒ぎ、何度己が手で切り捨ててやろうかと思ったほどだ。
それでも、親子の縁を断ち切るのは難しい。
さて、お前は人間の屑だが、一つだけ評価できる点がある。
それはお前の貪欲さだ。
思うに、貪欲であるということは決して悪徳ではない。
何かを追求するに当たっては、欲こそが無類の力を生み出すからだ。
だから私は、人生の最後に、お前の唯一の長所に賭けてみることにした。
私の葬式の後、お前は箱を後見人から受け取り、その仕組みを理解して、途方に
くれたことだろう。
だが、お前は貪欲ゆえ、決して諦めることはなかった。
他人の力を借りることもなかった。
改めて言う。
私は、お前がこの手紙を読んでいることを嬉しく思う。
それは、私の見立てが間違っていなかった証明となるのだから。
キタブ=アッカ師にもそれとなく手助けをしてくれるようお願いしておいたが、愚かなお前のことだ、ここに至るまで相当に苦労したことだろう。
だが、喜ぶがいい。
今のお前には、「魔道十三階梯」を得るのに十分な実力が身についている。
もはや言うまでもないことだが、それこそが「尽くることなき富」である。
一度身に着けた能力は、財貨の様に奪われることも無く、他人の様に裏切ることも無い。上手に活用すれば、私が手にした以上の富を築くことも夢ではあるまい。
それに「魔道十三階梯」の称号があれば、世間がお前を見る目も変わるだろう。
ちなみに、私の財産はこの箱を作るための費用でスッカラカンだ。
私の遺産を期待していた全ての阿呆に「ざまあみろ」と伝えておいてくれ。
話は以上、あとはお前次第だ。うまくやれ。
この世で一番愚かな父
コヴィック・アタラヌ




