―キタブ・アッカの箱― ⑪
一週間後、キタブ=アッカの指導のおかげもあって、アルバートはとうとう【四大元素融合】の境地に到達した。
それはすなわち、【本鍵の試練】が終了したことを意味していた。
「これで全課程が終了だ。おめでとう」
仮想空間から解き放たれたアルバートに向かって、キタブ=アッカが告げる。
かつてはよそよそしかったその声も、今ではどこか親しみがある。
「……え、それで終わりですか?」
アルバートもアルバートで、ずいぶんとくだけた様子。
「なんじゃ、納めの口上でも欲しかったか」
「そこまでは求めませんが、正直なところ、拍子抜けだなあと」
「注文があったなら二百年前に言ってくれ。今さらどうしょうもないわ」
キタブ=アッカは、そういって鼻をフンと鳴らすと、
「さて、これから追求者殿の為すべきことは、箱を開け、宝を得る――それだけだ。ちなみに、試練は達成されたゆえ、この【箱】に戻ってくることはできない。依頼者とはそういう契約であったからな」
(短い間ではあったが、得たものはまことに大きかった)
そんな思いがアルバートの胸中によぎる。
「大変お世話になりました。この御恩は決して忘れません」
「我も久しぶりに、箱以外の存在と会話ができて楽しかったぞ……ああ、そうだ」
キタブ=アッカは、アルバートの顔を見直して、こんなことを言った。
「箱の中には、宝の他に鍵が一本入っている。それは、本来の意味での“箱の鍵”だ。宝を取り出した後の箱は、何か大切なものをしまうのにでも使ってやってくれ。……それでは、達者でな」
アルバートは師に深く一礼すると、慣れ親しんだ【箱】を後にしたのであった。
§ § §
ここで、時を少し遡る。
アルバートが【本鍵の試練】に突入してから数日後、ナツメ事務所にて――
「ただいま~」
「おかえり~。それで、何かわかった?」
ナツメ所長はソファに深くふんぞり返り、絵本を広げていた。どうやら文字の勉強のつもりらしいが、それは同時に、本日も依頼がゼロだったことを表していた。
「うん、いろいろとわかったよ」
そう言って自らのデスクに腰かけたユースケは、痛みで顔をしかめる。
「どうした?」
「なんだか寝違えたみたい。二、三日前から首の後ろが地味に痛いんだよね」
「う、運動不足が祟ったんじゃないのぉ」
「いや、面目ない……」
「それでは助手のユースケくん、至急、調査結果を報告したまえ!」
「はいはい、所長閣下の仰せのままに……」
この日、ユースケは図書館で、今回の件に関する情報収集を行っていた。依頼人のアルバートが宝を得るべく苦戦している一方で、ナツメ事務所の二人が直接的に手助けできることが無くなってしまったからだ。
ナツメは所長として「事務所として全力は尽くしたから、あとはアルバートに任せておけば良い」との見解を示したが、ユースケは「それでは申し訳ないから、できることだけでもやっておきたい」と譲らなかったのである。
「それでは、『鍵を咥えた鹿』アタラヌ家について御報告申し上げます。代々陸運業を生業としていたアタラヌ家は、従来、家格としては二流もいいところでしたが、七代目の当主であるコヴィック氏が辣腕を振るい、一代にしてウェスタンブル議会の議員にまで上り詰めたのであります!そんな得意絶頂のアタラヌ家、しかし、追い風は止むもの、月は欠けるもの――」
「助手くん助手くん、報告は主観を交えず簡潔に頼むよ」
「あ、ごめん、助手プレイが思ったより楽しくて、つい……」
ユースケは、ごほんとひとつ咳ばらいをすると、
「まあ、そのコヴィックさんは不治の病で亡くなってしまって、結果、その一人息子が跡を継いで八代目当主となるのだけれど、彼の評判は最悪。無頼を気取って取り巻き引き連れ、市中において悪行三昧。つまりは桃太郎侍に切り捨てられるようなワルだね! そんなだったから、コヴィックの葬式も待たずにお家騒動が勃発、八代目当主もそのドサクサにまきこまれて毒殺されてしまい、その身代は雲散霧消。で、その八代目の名前がドライアン」
「最近どこかで聞いたよね、そいつの名前」
「キタブ=アッカ師がアルバートさんに会ったときに言っていたそうだね。この箱は、アタラヌ家のドライアンの手によって開けられるはずだった、と。けれども、本人は箱を手にする前に殺されてしまった。だから、誰も箱を開けることができず、こうして僕たちの目の前にあるわけだ」
「……これってさ、もしかして遺産だったんじゃないの?キタブ=アッカに箱の作成を依頼したのは、ドライアンの父親であるコヴィックだったんじゃないかな」
「僕もそんな気がする」
「ねえ、ユウちゃん、すっごい切れ者の親父って、箸にも棒にも掛からないバカ息子に、どんなものを遺すんだろう?」
その言葉を聞いて、ユースケは急に自分の頭を搔き回し始めた。
「ちょ、ちょっと、ナツメさん。僕、今すごく気になっていることがあって……」
「なにさ?」
「僕たち、箱の中身を“財宝が無限に湧き出る魔道具”みたいなものだと思っているけど、それって正しいのかな?」
「違うの?」
「冷静になって考えてみたらさ、ツッコミどころが多すぎるんだよ。 現実に財宝が無限に湧き出たとしたら、希少価値が無くなってしまうじゃない。金でも銀でもプラチナでも、大暴落してしまって、元も子もないよ。それに、伝説級の魔道士が3人も揃って、そんな俗なものを作るかなぁ」
「うーん、『尽きることがない宝』なんだよね? もしかしたら、不老不死に関する魔道具とか?」
「……なるほど、それなら外道三師の伝説にも関わってくるし、可能性はあるね。でも、それを手に入れたはずのコヴィックは病気で亡くなっているんだよなあ。使いこなすだけの魔力が足りなかったのかな? 」
ユースケは、自らの額をコツコツと指で叩く。
「いやいや、大前提として、そんな至高の魔道具を一般人がどうやって入手するのさ、お金でどうにかなる話じゃないよ!?」
そう言うと同時に、彼の動きがピタリと止まった。
「おーい、ユウちゃん、どうした?」
「キタブ=アッカは『魔道具』とはひとことも言っていない……。それでいて、魔道的素養が必要な『宝』……。ああ? ああ、ああ! 外道三師が集まって錬り上げたって、“相談して制定した”ってことか!? これ、アルバートさんには黙っていた方がいいんだよね、多分……」




