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2 特別教室

 リアム・ミストラルとの出会いは、愚弟の婚約者に騙されたことがきっかけだ。

 その婚約者は桁違いな強さを師のおかげだと宣い、その強さを俺にも伝授してもらえるよう口添えすると親切心を盾に俺を兄に売った。本当の目的が兄の相手を俺に押し付ける為だとは思いもしなかった。


 リアムは伯爵家の長男坊で珍しい銀髪を持った青い瞳をした見目の良いガキで第一印象はああ、こういうのを“持ってる奴”って言うんだろうなと思った。

 しかしながら魔力なしという致命的な欠点で次期当主の座は愚弟に奪われるらしい。

 そんなことは気にしていないのか、無知なのかそいつはいつも呑気な顔をしていた。


 体力だけは無尽蔵でよく振り回されたものだ。だけど自分の兄弟と過ごす時よりも気が楽で、張り合いがある。そんな時間が嫌いではなかった。

 奴は本当に自分とは全く違う、特別な存在だと気づくまでは。



 ◇


 あの騒動の後、どうなったかなんて俺には知ったことじゃない。


「リアム・ミストラル!!!!どこへ行った!!!」


 ━━━━のに、ここに入学してからアイツの名前を聞かないことがねぇ。今回は何をしたのやら。

 初日でクラスメイトと殴り合い、二日目に騒動を起こしてなぜか教師が入れ代わり、三日目に勝手学園を出て行ってクラスメイトを捕獲して帰ってきて、四日目で魔道具を爆発させたらしい。

 あっという間にアイツは学園の有名人となった。


「それで今度は何をしでかしたんだ」


 教師の怒鳴り声を聞き流しながら、俺は背中を預けているロッカーの中にいる人物に一応問いかけてみる。


「なんか教室に入って来て絡んできた上級生殴った」


「ほーんとお前ってバカだわ」


 大方悪かったのは教師や上級生方だったのだろうが手が出るのが早いコイツも大概だ。


「おかしいなぁ。今、うちのクラスの奴ら大人しくしてるから絡まれる覚えなんてないのに」


「そいつらを大人しくさせたところでこっちがそうとは限らねぇよ。お前が目立つから」


 俺のクラスの人間も今は特別教室の存在を知らないがそのうち知ることになるだろう。そうなると初日のランピリス嬢のような出来事が起こらないとは限らない。自分より弱い奴に何かと理由をつけて絡みたがる奴はいるものだ。


「俺?俺かぁ…………」


 ゴッという重い音と共にロッカーが揺れる。

 まだこの辺にお前んとこの教師にいるんだから動くな。


「このままじゃダメだな」


 意外だった。コイツにも恥や醜聞を気にするなんて。これで少しは大人しく━━━━


「このままじゃ二年後にはクラージュが確定で特別クラス行きになっちまう!どうにかしないと」


「面倒見が良いを通り越してもはや傍迷惑だぞ」


 愚弟は確かに勉強以外からっきし、魔力量も少ないので特別クラスに行く可能性はある。しかしそうなったとしてもそれはもうアイツの実力不足のせいだ。


「アイツは今関係ないだろ!」


「ダメだ!ナタリアが一緒に入学するのめちゃくちゃ楽しみにしてるんだから!あいつを一人にさせるのか?そっちの方がめんどくさいことになるぞ!」


 暴の化身のくせに変に過保護なとこもあるんだよなぁコイツ。


「お前も弟が嫌な思いするのは嫌だよなぁ!」


「…………どうでもいい」


 そもそもアイツの中で一番嫌な思いさせてるのは俺だろ。


「んで、何か考えがあるのか?」


 胸中の言葉は飲み込み、話の流れを戻す。


「ヴェールみたいな絡まれやすいやつは普通クラスにいれてやりたいって相談したけどやっぱ難しいらしい」


「だろうな」


 そんな簡単にことが上手くいくようならあんなクラスないだろう。


「学期末のテストである程度の学力魔力武力の才能が認められれば普通のクラスに戻れるらしいが魔力のない俺は到底無理として……ヴェールも学力はあるが後の二つがどうしても人並み劣ってるらしい」


「それじゃあどうするつもりだよ」


 リアムは考え込んでいるのか、中から何も聞こえなくなる。


「うーん……あ、そうだ!」


 突然ロッカーの扉が開き、後頭部に衝撃が加わる。


「ダッっ!?!?」


「学園長に聞いてみればいいんじゃん」


「ッてぇーーー!」


「…………大丈夫……?」


 はっ倒すぞ。


「くそっ、また無茶苦茶を……」


 学園長と話そうだなんてなんて他の教師とわけが違うぞ。なのにリアムは本気らしい。


「大丈夫!絶対いるって!ってことで学園長のとこに━━━━」


「リアム・ミストラル!!!!」


「やっべ!」


 音を聞きつけたのだろう鬼のような形相で教師がリアムへと向かって行く。新しい教師は随分と熱心な奴らしい。魔道具まで手に持っている。リアムは慌てて逃げ出したが…………三日目は廊下で教師に引き摺り回されるアイツの話で持ち切りになるかもな。



 ◇


 放課後、学園長室前につけばリアムの隣にもう一人いた。


「ランピリス嬢も連れてきたのかよ」


「最近は大体一緒だぜ」


 さっきからリアムの横に立っていたランピリス嬢を見れば体をビクつかせる。

 そんな取って食ったりしねーよ。

 リアム以上ではないがこの女もなかなかのトラブルメーカーだ。あのクラスの唯一の女でおどおどしていて目をつけられやすい。確かにリアムと一緒にいた方がいいと思うが……、


「どうか怯えないでおくれ、俺の視線はただキミという儚い花が傷つかないか心配で胸を痛めているだけなのだから」


「あらあらマルスくん、ほんとにヴェールが好きねぇ」


 なんなんだよこのカス仕様は。

 気づけばこの女を守らなければならないという気分にさせられキザな言葉まで吐かされている。

 今度こそ理由を問い詰めてやろうとしたが唐突に扉が開いたことで意識がそちらへ向いてしまった。


 《待っていたよ。可愛い人間達》


「おっ」


 学園長の声が聞こえる。まるで俺達が来ることを予め知っていたかのようだ。


 《退屈していたんだ。ゆっくりとお喋りをしよう》


 開いた扉の先は真っ暗で何も見えない。三人で顔を見合わせ、一歩足を踏み入れた。




《キミのこの数日の行動見ていたよ。まだ枠にはみ出てはいないけどやっぱり面白いね》


 どうやらこの学園長、リアムを思った以上に気に入っているようだ。紅茶や茶菓子まで用意してやがった。

 異質な空間で学園長とリアムは和やかに会話しているなかランピリス嬢は緊張したように両手を膝にスカートを握りしめていた。


《それで今日はどうしたんだい?》


「実は────」



《特別教室を境遇をどうにかしたい?いいんじゃない。キミ達が一番簡単にボクも楽を出来る方法はクラス交流戦で勝ち残ればいいよ》


「クラス交流戦?」


 なんじゃそりゃとリアムが呟けば学園長は楽し気に両手を広げる。すると自身の周りにいくつもの映像が現れる。

 そこには魔法や武器を駆使して戦っている生徒があった。


 《この学園は一学期に学年関係なしの試合があって優勝者を決めてるんだ。試合を勝ち続けたらこのボクが!願いを一つ叶える。キミみたいな魔力なしでもその勝負に勝って特別教室を無くしてほしいと泣いて縋れば叶うよ》


「そんな他の先生方の許可なくいいんすか?」


 特別教室が出来たのだって理由があるはずなのにやけにあっさり許可をするんだな。

 思わず口にすれば学園はにんまりと笑う。


 《だってこの学園はボクの為のものだからね。特別教室も出来た当初は面白かったけど今では旨みがない。なくそうとしたけど他の教師達がうるさくってね。ボクを楽しませて且つ理由をつけて廃止できるならこれ以上楽なことはないよ》


 なんて身勝手な精霊なんだろうか。入学場所間違えたかもしれん。


《といってもキミたちはまだ入学したばかり。いくらキミが強くても何年もここで知識と技能を磨いた子たちがいる。チーム戦もありだから早めに対策をするといい》


「じゃあ早速作戦を練らねぇと!ありがとな学園長!」


 話を聞くや否やリアムは残りの茶と菓子と呑み込み扉へと真っ先に向かう。


《楽しみにしてるね〜》


 そんな態度でも気にしていないのか飛び跳ねながらリアムに向かって手を振る。

 ランピリス嬢もリアムを追いかけ早々と部屋を出たので学園長の小さな呟きはきっと俺にしか聞こえなかったのだろう。 



《本当に……キミが敗北で悔恨に歪む顔を楽しみにしているよ》






「話がわかるトップでよかったな〜」


 本当か?


「そうですね……でも、交流戦に勝つなんて……」


 不安げに指を合わせるランピリス嬢にリアムはその不安を跳ねのけるように両手に拳を作って笑う。


「学年関係なくだから確かに難しいかもしれない。けど何もしないのは勿体無いって!出来ることをしよう!」


「……わ、私も頑張りたいです。そろそろ限界だと思いますし!」


 同じように両手を握るランピリス嬢に微笑むリアム。


「でも無理すんなよ。俺、ヴェールだけには傷ついてほしくないからさ」


 おい、お前まで汚染されてきてるぞ。


「じゃあ俺、一旦クラスの奴らと作戦会議してくるわ!」


「おぉ、帰れ帰れ」


 陽気に特別教室へ向かうリアム。その後を追いかけようとしたランピリス嬢だったがそれを足で引き止める。

 いい加減振り回されるのも御免だ。


「マルスラン様……?」


「んで、お前俺らになにしたわけ?」


「え?」


「公爵令嬢を体力ギリギリまで振り回し、自分の妹でも容赦ない男だぞ。本来あんなに優しくねぇの」


 そんなことあれば槍の雨が降る。


「自分に無頓着だが一人だけを贔屓するやつじゃねぇ。これでアイツのやりてぇこと妨げられたら目も当てられん」


 問い詰めれば、俯く。どうやら図星らしい。


「リアム様もマルスラン様も私と目を見て話そうとしてくれるからどうしても影響を受けやすくて……」


 そう言って彼女は、意を決したように深々と被さっていた重い前髪を上げた。何か隠しているのかと思えば、現れたのはごく普通の整った顔立ちだ。

 だが――その深緑の奥で柘榴色に妖しく光る瞳孔と視線が重なった瞬間、脳の芯がドロリと溶けるような強烈な酩酊感が襲いかかってきた。

視界が歪み、全身の力が抜けていく。あぁ、あの時と同じだ、また俺はこの女に――


「って!てめぇ!何してんだ!!」


「ッダ!!!!」


 頭を巨大な鈍器で殴られたような激痛と衝撃が走る。振り返れば────


「リ、アム……」


「見損なったぞ!嫌がる女の子を無理矢理掴んで!お母さんそんな子に育てた覚えはありません!」


 本気で殴りやがった。しかもお前の息子になった覚えはねぇ。

 頭が揺れるが徐々に脳内は冷静になっていく。


「くたばれ……と言いたいところだが今回は助かった」


 なるほど、なるほどな。


「テメェ、祝福(ギフト)持ちか」


 目の前の女は小さく頷いた。


 ◇


「うーん?つまり……ヴェールの祝福(ギフト)に当てられるとヴェールに守りたいとか好き!!みたいな気持ちになるってこと?」


「こいつに魅了された店員が店の金を横領して貢いできそうになったとか知らない奴らがコイツを争って喧嘩になったとも言ってただろ。聞いてたのか?やべぇだろコイツ」


 逆によくあんな言葉を吐くだけで済んだな俺ら。


「大変申し訳ありません……。己が身を優先した結果このようなことになってしまって」


 この数日、何もなかったのはリアムが大切に大切に守ってきたおかげらしい。通りでコイツのクラスに行ったときに一人、二人いつも寝っ転がってるなと思った。

 床に正座をしながらしょんぼりと頭を下げるランピリス嬢。その哀れっぽい姿に思わずため息を吐く。無意識に可哀想にと許しそうになってしまうのがこの女の恐ろしい力の一端なのだろう。


「けっ、そんな力あんなら初めからあの野郎どもも一人で追い払ってろ」


「私の祝福もそう自由に扱えるわけではなくて……」


 だとしても使い勝手はいいだろ。


「おい、こいつをなんとかしないとまずクラス崩壊から始まるぞ」


 非難の眼差しを向ければ唸り声を上げて頭を捻っていたリアムだがやがてポンっと己の手を叩いた。


「良いこと思いついた!イメチェンしよう」


「いめちぇん?」


「ヴェールの姿と目をみるから好き~~ってなるんだろ?だったら違う恰好したらそうはならないかも」


 そんな簡単な問題か?


「もし、それで上手く行くなら……私、やってみたいです……!彼もそれで落ち着いてくれる……かも!」


「そうと決まれば良いもん持ってるよ俺。制服も改造してさ!髪も色々弄っちゃおうぜ!マルスは実験台で!俺らの教室で待っててくれよ~~」


「実験台ってなんだよ!」


 ランピリス嬢を連れて去っていくリアムには聞こえていないのだろう。アイツは本当に……。文句を言いつつも、大人しく言われた通り特別教室へと足を向けてしまう自分にもほとほと嫌気がさす。



 特別教室に着けばちょうど扉が開く。なぜか出てきた男は青痣だらけだった。そして俺を見ると掴み掛かってくる。


「た、大変だ!」


「なんだよ?」


「変な奴が特別教室に来て!」


「は?お前も似たようなもんだろ」


「いや、それがさらにぶっ飛んでんだよ!教室急に入ってきたかと思うとみんなボコしてきて、リアムを出せって!」


「はぁ?」


 またリアムが外部から変なトラブルを引き寄せたのかよ。

 半開きになった教室の扉をくぐると━━教室内は異様な空気に包まれていた。

 倒れた荒くれ者たちの中心で、一人だけ異彩を放つ男が優雅に立っていた。腰まで届く艶やかな長髪をなびかせ、この薄汚い特別教室には一切そぐわない上品な笑みを浮かべている。


「キミがリアム・ミストラルかい?」


「あぁ?誰だよ」


 こんな気取ったうざったい長髪の知り合いなんざアイツから聞いたこともねぇ。


「おっと、失礼。ボクはビジュ•フローリタ。ヴェール・ランピリスの婚約者さ」


 片手を胸に当てて名乗る男を見つめながら、俺は今日何度目になるかわからない盛大なため息を殺した。


 面倒臭いことになったな。

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