作戦執行④
僕は局さんをお姫様抱っこしながら、後ろに振り向く。
そこには、綺麗に横たわったビルがあった。
しかし、撃ち抜かれた十階以外は目立った損傷がない。
というのも、ビルの上半身が落ちる寸前に僕と直義でシールドをいくつも展開し、落ちる衝撃を和らげたのだ。
そして、横たわったビルの上部分、立ち尽くしている下部分にそれぞれ六波羅探題軍が侵入し、反乱分子を現行犯逮捕している。
「あれ……?」
「気がつきましたか? 局さん?」
「高氏くん……ありがとう、助けてくれたんだ」
「感謝されるまでもないですよ。局さんのためなら、僕は火の中水の中ですよ」
とりあえず、局さんが無事で良かった。
目立った外傷も見られないし、体力もそこまで失われてなさそうだ。
「そういえば! セイナちゃんは!?」
局さんが慌てて言う。自分より小さい女の子の方を心配する優しさ、それは局さんらしいものだと思った。
「無事ですよ。局さんと一緒に救出しました」
「兄貴! 局さん、無事か?」
直義もこれまた慌てて僕たちのところに駆け寄ってくる。
こいつも、心配症なんだから。
「大丈夫だよ。そんな心配すんなよ。お前は自分の兄ちゃんが信用できないのか?」
直義は、呼吸を整えてから言う。
「そんなことないよ。俺の自慢の兄貴は、何でもできるって、俺は信じてるからな」
そうやって、正直に真正面から言われると照れてしまう。それに僕はそこまての男ではない。
僕は弱いのだ。強い力を手に入れるのは、弱い自分を隠すためのカモフラージュでしかない。そして、それはカモフラージュであるから、隠しているだけなのだから、僕が実際に強くなったわけではない。
僕は、セイナちゃんの言葉を思い出した。
「お兄ちゃんって、クマさんみたい」
たしかに的を得た例えだ。
クマは、人間に怯えているから、その強い力を行使する。
クマも強いように見えて、本当はとても弱い動物なのだ。
いきなり、僕の腕が震え始める。いや、局さんの震えが僕の腕に伝わってきているのだ。
局さんは、何に怯えているんだ……?
「セイナちゃんは今どこに!?」
「義貞のところですよ」
僕は義貞のほうを指差す。
同時に、僕ら三人とも義貞に視線が行く。
直義が呟く。
「え? 何だあれ?」
「どうしたの?」
「セイナちゃんの体の反応が赤くなっている……。こんなの有り得ない」
反応が赤くなっている? 義貞のメガネでは、粒子を動かすことが可能なヴァサラ遺伝子が赤く見えるのだ。
一部が、粒子を動かせなくなるとき、動かせるときと交互に切り替わることはあるが、体中の遺伝子が一気に使用可能になることなどまずない。
「義貞ッ! その娘から離れろ!」
直義が叫ぶ。
しかし、遅かった。
「……バイバイ」
セイナちゃんは、抱えていたクマさんの人形からナイフを取り出し、義貞の胸に突き刺した。
「なっ……」
義貞は、胸から流血を起こして、その場に倒れ込む。
義貞に抱えてられていたセイナちゃんは、投げ出された空中で体を上手く動かし、足から地面につく。
「義貞!」
僕は局さんを下ろしてから、義貞のもとに駆け寄る。
しかし、その前にセイナちゃんが立ちはだかる。
「セイナちゃん……君は一体なんなんだ?」
僕は問いただす。あの動き、ヴァサラ支配率の急激な上昇……絶対ただ者じゃない。
いや、普通の人間ではない。
「流石です。こんなやり方で、人質を救出するなんて……考えつかなかったですよ……」
少女のソプラノが……。
「『ボク』には」
少年のアルトに変化した。
いきなりの声の変わりように僕は驚愕する。
「さて、そろそろネタばらしとしますか」
そう言うと、彼女……いや、彼は、着ていたドレスを脱ぐ。
すると、中には、黒い戦闘スーツが着用されていた。
そして、外したカツラの中には、銀発の軽くパーマがかかった短髪が隠されていた。
「それでは自己紹介でもしましょうか。
ちゃんとした自己紹介はしていませんからね。
ボクの名は、楠木正成。
あなたのファンであり、あなたの敵です」
礼儀正しく、頭を下げて放った。
少年が可愛らしい笑顔で吐いた言葉。
それはまさしく宣戦布告であった。




