壁の向こう⑤
「え?」
「どうしたの? 局ちゃん?」
「高氏くんからメールで、セイナちゃんとはぐれちゃったんだって」
「マジで? たしかにあいつらは、人が特に多いところに行ったからね……。じゃあ、あたしたちも探そうか?」
「うん、そうだね」
京に来たはいいが、細胞みたいにひしめき合っている人たちの中にいたくない、あたしたちは、公園や広場の多いところに来ていた。
たしかに京にある絶品グルメやおしゃれな服を見たいが、それ以上に「人ごみに行きたくない」という気持ちが勝ったのだ。
しかし、局ちゃんの中では、「小さい女の子を探しに行く」のほうが当然、「人ごみに行きたくない」よりも勝っている。
あたしもあの子を早く見つけたほうがいいと思うしね。
「じゃあ、行こう」
あたしの掛け声で、あたしたちは、高氏たちの元へ向かった。
▷▷▷▷
「あっ、高氏」
あたしたちが京都駅に着くとそこには高氏の姿があった。
「あっ、局さん、加賀、どうだった?」
高氏は、ハァハァと息が切れており、Tシャツが汗で体に張り付いていた。
「あたしたちが、ここに来るまでは見なかった」
「ごめんなさい! 探したんだけど……」
「だっ、大丈夫ですよ、局さん。加賀もありがとう。とりあえず僕は、もう一度さっきいた方向で探してみるよ」
「分かった。私は、あっち探してみる!」
「あたしは……」
そう言おうとしたとき、京都駅前のビルとビルの間から、見覚えのある顔が目に入った……。
見たくもない顔が、だ。
その顔は、すぐに影の中に隠れていった。
「どうした? 加賀? そんな青い顔をして?」
「ん? ああ、何でもない……。あたしは、あっち行くよ」
「分かった。じゃあ、セイナちゃんを見つけたら、互いにメールして」
「「分かった」」
こうして二人と離れ、あたしは、「あいつ」の元へ向かった。
▷▷▷▷
汚れた室外機、カビだらけのペットボトル、泥でできた足跡のついた新聞紙……。
臭いはひどく、綺麗な街並みと足せば0になってしまうかもしれないほど、マイナスの状況だった。
しかし、こんなのあたしは平気だ。
なぜかと言えば、慣れているからとしかいいようがない。
逆に、今までの日常にいるときのほうが平気ではないのかもしれない。今のあたしの周りは、綺麗で、光っていて、眩しすぎて、溶けてしまいそうになる……。
しかし、解けるのが「夢」である。
そうだろ?
「やあ、久しぶりだね」
男にしては高い声で、彼は言った。
「久しぶり……二度と会う気はなかったんだけど……」
「ごめんごめん、そんな怖い顔しないで……。ボクたち、昔からの仲じゃないか?」
「今では……なんて名前だっけ? たしか……」
あたしは、彼の名前を呼ぶ。今の名前を。
「楠木正成……」




