義貞⑤
「マジかよ…………」
義貞は絶句した。
直義の圧倒的な強さに、だ。
大仏のゲージは、0.1%という数字が刻まれていた。
鉄壁と謳われた防御をしたのにもかかわらず……。
直義とは、専用ヴァサラで戦ったことはない。
だからこそ、お互いの本当の力を知る機会はなかった。
しかし、この一回戦で、お互いの力は明白になった。
このままでは義貞が勝てないということも……。
「しかも、あいつは防御、俺はスピード……相性すら悪いのにな……」
パワー、防御、スピード、この三つが基本的なヴァサラの特殊能力のタイプである。
パワーは防御に強く、防御はスピードに強く、スピードはパワーに強い。
つまり、その能力単体だけを使っていて、相性の悪い相手がいると、必ずと言っていいほど負けてしまうのだ。
そのため、直義の場合パワーと防御、義貞の場合パワーとスピードと、二つを組み合わせて戦うスタイルがエリートの中では一般的だ。
残念ながら、三つ全てを組み合わせた例はなく、不可能とまで言われている。
しかし、二つ組み合わせたからといって、欠点を完全に補うことができるほど、単純な話ではない。
直義が最も良い例だ。
防御がパワーに弱いというのは一般的だが、一般的ではない、常人離れした武士は別である。
現に、強大なパワーを何発も喰らっても、びくともしない堅守、そして、破壊力抜群のガンランスを持っている直義相手に勝てる者はいないだろう。
義貞のスピードなら、引き分けまでもつれ込むことは可能だが、勝つとなれば別だ。
今までは五分五分の戦いを演じてきたが、今回は義貞が勝つ確率は非常に低いものとなるだろう。
「今回の決勝の直義との戦いはキツいだろうな…………」
「何言ってるんですか?」
加賀の疑問に、義貞は疑問をもった。
「何って……どういうこと?」
「決勝で直義くんと当たるとは限らないじゃないですか」
「でも、実際そうだろ? 直義に勝てるやつなんて誰も……」
「いますよ」
加賀は堂々と言った。
その強い真剣な眼差しに息を飲んだ。
そして、義貞はそれが誰なのか知りたくなった。
といっても、義貞には大体の予想はついていた。
加賀と昔から仲が良く、戦いを嫌い、この謀略が渦巻く時代に、純粋で誰よりも人に優しい旧友の名を義貞は口にした。
「まさか……高氏…………か?
そんなまさか。
あいつはヴァサラ演習最下位だぞ?」
「そんな最下位がこんなハイレベルな大会に呼ばれると思います? しかも、北条家の代表で」
たしかに、そのことは誰もが疑問に思ったことだろう。
高氏はヴァサラ演習を全てサボってきた。
だからこそ、出場者の中で高氏のデータだけが不明かつ未知数なのだ。
観衆の中では、そのことに興味を抱かない人もいれば、一種の恐怖を抱く人もいた。
そして、義貞は、悔しいと思いながらも期待をしていた。
源氏から最強の敵が現れることを。
「あいつの本気をその目で焼き付けてやってください」
加賀の顔からは笑みがこぼれていた。
義貞は、その言葉を簡単に信じることはできなかったが、その笑みを信じてみることにした。
▷▷▷▷
ごめんね…………。
そういう目で見てなかったんだ……。
本当にごめんね…………。
▷▷▷▷
悪夢を見た。
といっても、嫌な出来事がそのまんま目蓋の裏で流れていただけだ。
局先輩と最後に合った日から、僕はとても憂鬱だ。
睡眠時間もその日の気分で変わるし、さっき眠気がすっきりしたはずなのに、すぐ眠気が復活する。
それが試合中に起きたらどうしようと、非常に心配している。
だが、今回は眠気が襲いかかってきても、戦わなければいけない状況である。
僕のことはどうなってもいい……僕の周りに迷惑をかけるわけにはいかない。
その言葉が呪いのように僕を蝕む。
今の世界が夢で、夢が現実ならどれだけ幸せだろう。
それなら、この世界から抜け出すために、もう一度眠りにつきたい。
だが、そうすることはできない。
だって、僕の出番が来てしまったのだから。
僕個人の控え室でずっと寝ていたため、義貞の試合も直義の試合も見ていなかった。
彼らはきっと勝っただろうが、正直負けていて欲しいと思う気持ちがあった。
知ってる顔ほど暴力を振るいたくないのだ。
選手控え室は一人一部屋与えられている。
他の部屋からは声や音がしないから、僕の対戦相手も部屋から出ているのだろう。
立ち上がって部屋を出る前に僕はケータイのメールを確認した。
そこには今日の朝から届いた加賀からのメールが受信されていた。
内容を要約すると、僕の対戦相手が北畠親房であること、親房さんは公式では唯一の二刀流を取得したこと、そのことを今回に公にして見せびらかしたいことが書かれていた。
二刀流って……機密事項じゃないのか?
今回、選手が各々どんなヴァサラを使うのか公表されていない。
だが、義貞の剣や、大仏さんの銃は有名で、公表されていなくてもなんとなく分かるものだ。
しかし、僕や親房さんの場合は別で、皆何を使うのか全く分かっていないのだ。
なのに、加賀はそのことをどうやって知ったのだろう?
まあ、そんなこと考えても無駄である。
加賀は情報量が豊富で、鶴岡高校の学生全員のプロフィールを知っていることは序の口で、鶴岡高校のOB、OGのプロフィールもといその人が関係しているお家の機密事項も、何故かあいつは知っている。
加賀が情報屋であることは僕しか知らないが、幕府に知られたら処罰の対象になるんではないかと本気で心配している。
だがしかし、その情報で、こうやって助かっているのだから、僕にそれを止める利益はない。
加賀が危険な身になったら、僕や兄さん、直義で守ればいいのだから。
「さてと……」
僕は体を起こして、この会場に来てすぐに着たバトルスーツの感触を試し直す。
やはりサボっていて慣れてないから気持ち悪い。
寝起きも悪いから気分は最悪だ。
「さあ……行くか!」
僕は両手でガッツポーズをして、気合を入れた。




