87、縛りプレーヤー?
ルクライアス領の自慢は 火山の恩恵とも言える豊富な温泉である。
「ハルカ!。えっ、男の子だったの?」
「女とは言ってない・・それに服装は男子だったぞ」
「むぅ、分からないのが普通だと思うよ」
「その点は同意するにゃ」
ドラゴンを直に見て来たハルカは 今までの相手と違いギリギリの戦いであると感じて悩んでいたが、・・・・リリエラに勧められて とりあえず温泉に入る事にした。
温泉の誘惑に負けたとも言える。
当然のように マウとノロも一緒に温泉に入るのだが、更衣室で初めてハルカが男と分かったマウは 恥じらいよりも新発見に興奮する学者のようになっていた。
「ハルカって・・奥が深いわ。不思議の塊の様な人ね」
「お互い子供の体で・・・何を意識している」
普通は子供だからこそ異性を意識するものだ。
スケベな気持ちとは別に 自分とは違うものに好奇心を持つのは至極当然である。
ハルカは精神が大人で 既に異性の事を知っているから平然としていられるだけだ。
風呂場は石造りで素朴な温泉を思わせる。
当然、シャワーも蛇口も無く 湯船と洗い場が有るだけだ。
「ハルカ、またシャンプーで洗ってほしいにゃ」
ノロは見た目がネコなのに風呂が好きだ。
元々が人間なので不思議ではないが、シャンプーされる事まで好きな 変なネコになっている。
以前の失敗も有るのでお風呂セットは出さないつもりだったが、今更なので倉庫から取り出した。案の定、マウはキラキラした目で食いついてくる。
ノロにお湯をかけてから首から下をシャンプーで洗っていく。普段からキレイにしているネコなので泡立ちがよく、全身泡のかたまりのようだ。
「これでまた しばらくは体が良い匂いになるにゃ」
「何か・・美味しそうな匂いね」
「あっ」
ペロッ「うえっ」
側で見ていたマウが匂いに引かれて 泡を指につけてナメてしまった。
何も知らない赤ん坊が側にいるのと同じなのを忘れていた。
「良い匂いだけど食べたらダメ。・・目に入ると凄く痛いから 気を付けてね」
マウは何度も口を濯ぎながら涙目でうなずく。
最初から言えば良かったのだが、ハルカが取り出すものには警戒するくらいが丁度良いくらいなので 今のような失敗もあながち無駄とは言えないだろう。
ノロを濯ぎ終わってから マウに石鹸の使い方なども教えていく。
ただ、初心者に自分でシャンプーをさせるのは大変なので、マウの髪の毛はハルカが洗ってやる事にした。やはり最初は泡立ちが良くない。
魔法で浄化しているとは言え、長い旅で付いた汚れは全て落ちたわけではない。
「はぁ・・他の人に頭を洗ってもらうのって・・何だか気持ち良いかも」
「この次からは自分で洗ってね」
「えーっ・・」
確かに洗ってもらうのは気持ち良いが、マウの場合は こうして甘やかされた事が無いから余計に心地良いのではないだろうか。女の子なのでリンスまでしておく。
ハルカは気楽が大好きな独身のソロ思考なのだが、自分で思うよりもずっと世話好きな面が有る。子供が出来たら さぞ親バカに成ることだろう。
背中が向いているついでに 手ぬぐいを泡立てて背中も洗っていく。
湯煙の中でマッタリしていると、まるで時間の流れが 今だけ違うような気がすることがある。温泉などは特に そんな気分にさせる不思議な効能が有るようだ。
背中にお湯をかけて 終わった事を言うと、マウはハルカの方に向きを変えた。
日本の風呂場のようにイスなど無いので マウはいわゆる女の子座り、ハルカは胡坐で床に座っている。
「ハルカぁ、前も洗って・・」
「その位・・・ 自分でやれよ」
「良いからー、洗って」
甘えたマウの駄々っ子が全開である。とても百年以上生きてきたようには見えない。
実に 見た目相応な精神年齢の行動に見える。
むしろ 今時の10歳はこんな駄々は捏ねないだろう。
「んーー・・、今日だけだぞ」
「えへへ♡」
「全身洗わせるなんて・・何処のお姫様なんだか」
「姫様と呼ぶ事を許しますわ」
「そんな事したら・・捕まるぞ」
何だかんだで子供に甘いハルカである。
大人の体格で子供を洗うときは 子供を立たせて大人が座って洗えば良いが、子供同士だと洗う方はヒザ立ちしなくてはならない。
人の全身を洗うのは意外と大変なのだ。
召使いのように尽くす形となるハルカだった。
全身を洗うという事は当然、お尻や大切な場所も洗うという事で、最初はくすぐったそうに騒いでいたマウだが、やがて静かになり 何かを我慢しているような声を出しはじめる。
ハルカが その事に気が付いた時には、マウはハルカの首に抱き付いていた。
耳元で聞こえるマウの吐息は とても悩ましく聞こえる。
「ハルカとだったら・・私、大人に成っても良いよ♡」
「そういう事、・・・しない子じゃなかったのか?」
「意地悪、ハルカだからいいの」
「でも、マウだけ大きくなったら お姉さんになるな」
「うっ、そうだね・・」
「さらに大人に成ったら・・ オバサンと呼ぼう」
「それは絶対にイヤッ」
マウの話によると 淫魔の成長は普通の食事だけでは ある段階で止まり、それ以上はHな行為をしなくては進まないらしい。
その点は百年も子供のままだった彼女自身が証明している。
逆に言えば行為次第では今すぐにでも急成長する可能性が有るのだ。
「もぅ、ハルカのばか。いいもん、そうなったら ハルカを大人にする薬を考えるから」
「それは・・ 是非ともお願いしたい」
大人の姿に戻れると聞いて 自重していたハルカのタガが外れ 本来の成人男性の目に成っていた。しかし、ハルカの体は子供のままだ。マウが望む事などできない。
ここで夜の帝王ハルカが以前メイドのフィルファナを陥落させた大人のテクニックが復活する。
ノロが丸くなって気持ち良さそうに 湯船の近くで寝ている。
そのとなりでは マウが満足しきった顔で寝ていた。
風呂場は暖かく、流れ出るお湯が常に温めているので風邪を引く事も無いだろう。
そう言えば、この世界にも風邪をひくのか確認していない。
湯船に浸かりながらハルカは この世界に来て初めて真剣に悩んでいた。
ドラゴンの大きさと耐久力を考えれば 本来は人間が戦うべき相手では無い。
騎士団が全力で挑んだとしても、カエルがゾウに噛み付くようなものであろう。
普通の冒険者パーティのように 役割を果たせば戦えるという相手でも無い。
盾役が抑えようとしても踏み潰されて終わるだろう。あの巨体に剣を刺したとしても、ドラゴンにとってはトゲが刺さった程度のものだ。
唯一可能性が有るのは 強力な魔法による攻撃だけである。
しかも 一撃でドラゴンに致命的なダメージを与えられなくてはならない。
反撃されたら終わりなのだ。
ハルカが退治可能だと思い浮かべる魔法は、下手をするとドラゴン以上に危険なので使う事が躊躇われる。
正に「過ぎたるは及ばざるが如し」だった。
ふいに水面が揺れて気が付くと 復活したマウラが湯船に入って寄り添ってきた。
顔は今も赤く蕩けている。最初の潔癖な印象とは全然違う姿だ。
彼女が今まで身持ちが良かったのは 単に気に入った相手が居なかっただけなのではないか。こんな子供姿に言い寄ってくる相手は 能力目当ての貴族や そのボンボン、あるいはガチな変質者だけだったのだろう。
最初からドロドロの下心で近づいても マウが受け入れるはずが無く、嫌気が差して旅に出たのではないだろうか。
ハルカは そんな彼女が初めて出会った心許せる男だ。
もうマウは すっかりハルカにトロトロであり、このままジゴロに成れるくらい落としてしまっていた。
「ハルカ・・何を悩んでいるの?。私には分かるのよ・・少しは淫魔の血が流れているんだから、相手の心の変化には敏感なの」
「ドラゴンを倒す都合良い方法が無いんだ。・・困ったよ」
「悩むのは 選択肢が色々有るからなんだね。凄いよ」
行き詰っていたハルカにとって マウとの何気ない会話は救いだ。
彼女は長いボッチ生活の割りに人の話を聞くのが上手だった。
ハルカは何時の間にか悩みを語りだしている。
「大きな魔法なら色々と使える・・でも、あのドラゴンを倒すにはダメなんだ。
魔法で相手が死ぬ前に 反撃されて自分達が死んでしまう」
「そうだねー。竜種は総じて魔法抵抗力が強いしね」
「反撃させずに倒せる魔法が見つからない。いや、一つ有るけど・・危険すぎて仕えない。たぶん制御できなくて大変な事に成る」
ハルカは異世界の発音に慣れたのか それとも温泉の効用なのか 途切れずに普通の会話をしていたが 気付いていないようだ。マウはハルカが そうして話してくれるだけで楽しかったため、面倒な話にも係わらず嬉しそうに聞いている。
「じゃあね、ハルカ。その使えない魔法は考えから外そう。そうすれば 気が散らないで考えられるよ。それ以外の魔法で組み立てれば きっと何か見つかるよ」
「そうかな?」
「私がハルカの魔法で知ってるのは、空を飛ぶ魔法と物を取り出す魔法だけど、それだけでも色々と組み合わせは出来るよね。大きな魔法を最初から仕舞っておいて空の上から落とすとか・・ドラゴンの口の中に入れるとか」
「組み立てる・・か。新しい魔法なんて考えて無かったな」
「ふふん。錬金術はね、魔力と素材の組み合わせで変化しますから、組み立ての自由を無くしたら終わりなんですよ」
答えはまだ見つからないが、マウとの会話は 『魔法が発想によって作り出せる』事を思い出させていた。今まで手持ちの魔法だけで色々と解決してきたのは、いつの間にか知らない内に自分で縛りプレーをしていたようなものだ。
無論、そんな事が出来るのはハルカの高い能力に於いてなのだが、彼自身はそれを不自然な事とは思っていない。
この時から ハルカは時間を見つけては魔法の発想を広げる事と成る。