85、ファーストアタックとポーション
ルクライアス領の特徴と言えば真っ先に上げられるのが 雄大な姿を見せるブロナ火山だ。周りの国々を見渡しても、活火山として今も噴煙を上げているのは唯一この山だけである。
「・・大きいね」
「そりゃあドラゴンじゃからな。ハルカと一緒じゃなければ恐くて近寄れんにゃ」
ハルカとノロは ドラゴンの様子を見に来ていた。
昔から存在しているドラゴンなので居場所は知られている。
特撮の大怪獣くらいの大きさがある赤いドラゴンを見て ハルカもすっかり童心に帰っていた。
かつて 欲に目が眩んだ王が騎士団を派遣したり、功名心に駆られた成り上がりの冒険者が 何度かドラゴンにケンカを売った事が有るらしいが、結果は今もドラゴンが生きている事で想像が付く。
ドラゴンの巣は 山の中腹に有り、大きなクレーターのようになっていて 山側の側面には巨大な洞窟が口をあけている。
その クレーターの底でグッタリと寝転んでいるドラゴンを 岩陰に隠れながらハルカ達が観察している。
「ところで、勝算は有るのかにゃ。別に無理だとしても誰もハルカを責めたりせんぞ。無理して死んだらシェアラたちが悲しむにゃ」
「んー・・。有ると言えば有るけど、恐くて使ったこと無い魔法なんだよね」
「ハルカが使うのを躊躇う魔法。 にゃにやにゃ・・恐ろしいにゃ」
ハルカが使うのを躊躇うのは黒歴史とも言える病気が作り出した魔法の一つ。
イメージでは何度も地球を真っ二つにしていた。
ゆえに どの程度の強さで発動すべきか判断ができず、恐ろしくて使えないのだ。
試しに月に向けて魔法を使った事が有るが、魔力が無くなるまで全力で使ったのに 距離が有りすぎてダメだった。もしも 成功していたら月を失い 重力バランスが崩れて地球は滅びていたかも知れない。ちなみに その時から日本上空の全ての衛星が使えなくなり、天気予報などに多大な混乱をもたらしたそうな。
「とりあえず・・飛竜の時みたいに ピアに話をしてもらって、ダメなら魔力停止の魔法を使ってみよう。でも 逃げないとならないから 全力では使えないね」
「なるほど・・・ 。 あっ、目を覚ましたみたいにゃ」
ゆっくりと首をもたげたドラゴンの目は白く濁っている。
せわしなく鼻を動かしているので、目を覚ましたのは 異質な匂いを感じたからなのかもしれない。
その鼻先に ピアの小さな姿が浮かび上がる。
ピアは話しかけていたが、一瞬でドラゴンに丸呑みにされてしまった。
ピア食われる光景は心臓に悪い二度と見たくないビジュアルだった。
勿論 精霊のピアを食べる事は出来ないが 今度からは違うやり方が必要だ。
口にしたはずの獲物の感触が無いためか、ドラゴンは唸り声をあげて不機嫌そうにしている。
そんなドラゴンの背中を見る位置取りでハルカ達は息を殺し隠れていた。
やがて 困った顔のピアが ハルカのとなりに顕現してくる。
「あのドラゴンは とってもお爺ちゃんで、話をしても分かってくれないの」
「おかしいにゃ・・・歳を取ったドラゴンは知的で賢いはずなのにゃ」
「えっとね。もう直ぐ死ぬくらい歳を取りすぎて 考える事が出来なくなっているよ」
「痴呆症かよ・・ボケドラゴン」
「もう直ぐ死ぬなら放置してても良いかの。ちなみに 後何日くらい生きると思うにゃ」
「んー・・、あと百年と少し?」
「百年も暴れる!ボケドラゴンはドラゴンステーキに決定。やる気が出て来た・・
でも ・・年寄りだし美味しく無いかも」
ハルカは青い杖を取り出して戦闘態勢にはいる。
「魔法を使う気配に気付かれるとブレスを飛ばして来る。魔力を無駄に放出しないように練り上げるにゃ」
髪の毛がキラキラするほど余剰魔力が集まるハルカにとって、ノロの注文は かなり難易度の高いものであった。
しかも 使う魔力は 巨大な野牛ゴンゴロウの群れを瞬殺した時の10倍に当たる。
それでも 何とか気配を絶ちながら長く感じる準備を終え、《魔力循環を停止》させる魔法が解き放たれた。
ビクッ と痙攣したように動きを止めたドラゴンは、次の瞬間には鬱憤を晴らすかのように 派手にブレスを吐き出した。
首は動けないらしく 魔法は一応は利いているようだ。
ただし、死に至らしめるまではいかないらしい。
老いたりとは言え 魔法の抵抗力が高いとは さすドラ。
ブレス・・つまり息を吐き出しているはずなのに、溶岩を火炎放射しているようにしか見えない。やはり ドラゴンは人の常識の範疇を超えた存在らしい。
ハルカはそこまで確認すると 山の麓に目を向け、残った魔力で行ける場所まで全力で転移した。空を飛んで逃げた方が楽なのだが、もしも追いかけてきた場合 人里に戻れなくなる。ハルカは 転移を終えると同時に座り込んでグッタリしてしまう。
すかさず 守護の精霊とピアが姿を現し、ハルカを守る形をとった。
ドラゴンに対するファーストアタックは失敗に終わった。
とは言え、一撃して離脱したのは最善の判断と言える。
ドラゴンはハルカ達に気が付いて無かったらしく 追いかけては来ないようだ。
取り合えず ピアと共に甘いタイプの缶コーヒーを飲んでゆっくり休む事にした。
「へぇー、強い魔力だったから何かと思ったけど 子供だったのね。驚いたわ」
「「「!、誰?」」」
飛び上がるほどに驚いたのはピア達 精霊二人である。
10メートル程 離れてはいるが、そこに人が立っていた。
精霊2人が警戒していたのに 声を掛けられるまで全く気が付かなかったのだ。
「あぁー、ゴメン。驚かせちゃった?。敵対しないから そんなに魔法の準備しないで。ねっ♡」
敵対しないとは言うが、怪しさ満載の見た目である。
声からすると女性らしいが、その姿を一言で言うなら浮浪者そのもので まだ距離が有るにも関わらず変な臭いがしてくる。
髪の毛はボサボサで巨大なリュックを背負った子供。
街の中ならスラムも有るから まだ分かるが、こんな人里離れた山の近くの魔物が出る草原に居るような姿ではない。
「ふふーん、その顔は 私がここに居る事を不思議に思ってますね。簡単です、私は錬金術師ですから素材の採取に来ただけですよ。お腹が空いたタイミングで美味しそうな匂いがしたので風上に来ただけです」
「にゃ?、錬金術師・・お主、名は何と言う」
「凄い集まりだと思ってましたが、ネコまで話すんですね。面白いです・・
あぁ、私の名前でしたね。えーっと、最後に名乗った時は 確かマウラですよ」
「やはり・・。流浪の賢者、マウラ様にゃ」
「えーっ、まだその恥ずかしい呼び方知ってる人・・いやネコが居たの?。やだなー」
どう見ても ただの汚い子供である。
だが 元は王族のロスティアであるノロが 賢者様と敬称まで付けて呼んでいる。
しかし、自分の名前を忘れていたようだし、怪しい人物なのは変らない。
何より・・
「近くに来ないで・・臭い」
「あうっ!。女の子に対してそれは酷いよ。せめて浄化の魔法使って欲しいなー」
「は、ハルカ。何て事言うにゃ。この方は全ての国が欲して止まない大賢者様にゃ」
ノロのテンションがおかしい。
マウラは自分の立場を嫌がっているようだし、もて囃されるのも苦手らしい。
どうやら人里には行けないから こんな場所をウロウロしているようだ。
「んー魔力無いから・・ノロが浄化してあげて」
「むむっ、この鼻は敏感なのにゃ。近づくのは難しいのにゃ」
やはり ノロも辛かったらしい。
しょうがない、とばかりに ピアが魔法をかけてくれた。
「魔力切れだったんだね。
じゃあ、この薬あげるから その甘い匂いのする美味しそうなの 私にも頂戴」
「えっ・・・何これ?」
「知らない?。ただのマジックホーションだよ」
「賢者マウラのマジックポーション!。凄いにゃ、オークションが開けるにゃ」
「ノロ、うっさい」
「あはは、君たち 面白いね」
手渡されたのは天然のクリスタルを削りだしたと思われる小瓶。
ハルカの小さな手に収まるくらいの大きさしか無い。中には赤い液体が入っている。
「・・・・・これを飲むの?」
「もぅ・・信用無いなぁ。無理も無いけど。じゃあ、これ 同じものを私が先に飲むね」
少女マウラが飲んだので ハルカも恐る恐る口に入れてみる。
味は日本茶にミントを入れたような微妙なものだった。
「本当に魔力が回復したみたい。・・半分くらいは回復した。すごい」
「ええーっ!、それ飲んで半分しか回復しないの?。君は魔王以上に魔力が有るって事になるよ」
「魔王?。魔王の魔力・・知ってるの?」
「まあね。魔王は これを飲んで7割回復したのに 君は半分。圧倒的に君の勝ちだ」
「紹介・・まだだった。自分はハルカ。こっちはノロ。そして精霊のピア」
「改めて、私はマウラ。何故 魔王を知ってるかと言うと、私は半分魔族の血が流れてるからだよー。・・・・・・・・って、全然 驚かないんだねハルカ」
「そんなの・・・どうという事は無いし・・」
ハルカからすれば、『ここに来て テンプレな魔王や魔族が出てきたか』程度の話でしかない。超常のドラゴンすら目の前で見て来たのに 今更である。
「ハルカ。友達になろう」
マウラはハルカの両手をとって嬉しそうに握手をしていた。
驚いたハルカが見ると、そこには友達を得て喜ぶ普通の子供が居るだけだった。