44、さかな、さかな
見渡す限りの水平線、と言いたいが 少し沖には島が有る。
それはそれで好奇心が疼く。
しかし 海と言えば海水浴・・・ではなく釣り。それがハルカの常識だった。
海岸を歩いていると中形犬サイズのフナムシが突撃して来た。
Gみたいな速さで走って来る アレは恐怖そのもので軽くパニック。
硬直して動きが遅れたのを見て、ピアが魔法で吹き飛ばしてくれた。
飛んで行ったフナムシは海面に届く前に 飛び上がった巨大な魚に食われた。
全長は10メートルは有ろうか、クジラが飛び上がったような凄い迫力がある。
カニやウニが巨大なのだから魚が巨大なのはある意味当たり前だろう。
沿岸の魚があのサイズなら遠洋のまぐろ?なら恐ろしい大きさだろう。
心がオッサンのハルカが子供に帰ったのようにワクワクしている。
思えば、この世界に来てから まだ魚料理は見た事が無い。
領主館でさえ 一品も魚料理は無かった。
「ねぇ、ノロ。魚料理・・食べた事ある?」
「ある。視察で海辺の町に赴いたときに一度だけにゃ」
「やはり、・・普通は食べられないレアな食材なんだね」
こうして ハルカの食欲は燃え上がった。
釣りのエサは 不本意ながらフナムシを使う。
遠くから走り出す前のフナムシを氷の槍で倒し、開いた穴にロープを通して結ぶ。
ロープの反対の端を杖に結んで準備は終わりだ。
今回のフナムシは大型犬くらいの大きさがあり、この準備だけで疲れ果てる。
手は臭くなるし、食欲が無ければ出来ない苦行だ。
今更だが 日本の漁師の皆さん ありがとー、と心で叫ぶ。
フナムシをぶら下げて空を飛び 魚が食いついた瞬間に地上に転移する計画だ。
なので、下手をすると海に引きずり込まれてしまう。
ちょっと変則的ではあるが、釣りなのだ。
ノロとピアは 地上で留守番をしてもらう。
当然 止められたが、ここは引けない。
人は食べられないと思うと 余計に食べたくなるものだ。
タイミングが命なので、いったん高く舞い上がり 海上に出てからゆっくりと高度を下げていく。先ほどの魚は5メートル近くも飛び上がっていた。
そろそろ食いつく高さだ。
見下ろすと水面近くに魚影が集まって・・・いや、これ凄い沢山いる。
恐い人食いザメの映画を思い出してしまう。
来た、と思ったときには 大きく開いた口が迫っていた。
開かれた口は2メートル以上はあるだろう。
小さなハルカの体など 軽く一口で飲み込まれる。
「ひぅっ、」
思わずビビッて急上昇してしまい 魚がエサにヒットする事は無かった。
図らずも魚に意地悪してエサを見せびらかしたかたちになる。
空振りした魚は空しく海面に落ちて行った。
恐ろしい・・自分が食べられるかもしれない現実を実感する。
日本なら お金さえ有れば 大抵の魚は手に入った。
しかし、この世界では何物も必ず手に入るという訳ではない。
特に、今回の魚は普通の人では到底勝てないだろう。
捕鯨船や タンカークラスの巨大な船でも有るのならば 話は別だが、漁をすべく小舟で海に出たならば船ごと食われそうな迫力だ。
まともに釣り上げようと思ったらアニメに出て来る巨大ロボが必要になるだろう。
要するに、普通の方法で手に入れる事は不可能。他人も当てにできない。
魚が食べたければ 自分で何とかするしか無いのだ。
ちなみに、ノロが人間のロスティア時代に食べた魚は 海が嵐で荒れた後、砂浜に打ち上げられた魚を 冒険者たちが仕留めたものらしい。
それでも 少なくないケガ人が出たとのこと。
ハルカは諦められず もう一度 ゆっくりエサを降ろしていく。
一度失敗した為か 魚の方も殺気だっているように思える。
泳ぎ回るスピードが全然違っていた。
「来た!」
前より高い位置に居るのに飛び上がってきた。
さんざん焦らされて ギリギリの高さで飛び出したようだ。
巨大な口にはナイフのような鋭い 歯がビッシリ並んで眼前に迫って来る。
思わず逃げ出したくなるが思い止まった。
ヒット!
ガックーンと衝撃があり、下に引きづられる。
転移!
巨大な魚を巻き込んで転移する。
陸の上空に転移したは良いけど もの凄い勢いで下に引っ張られるのは継続中。
このままでは岩場に叩きつけられる。再度 自分の周りの空間をボールのように固定化し浮上するイメージを魔力に込める・・地上ギリギリで 何とか激突を免れた。
魚が生きたままなのでドタバタと暴れられたら 勢いに巻き込まれて潰されてる。
直ぐに杖のロープを切り離し 上空に短距離で転移する。
警戒し 身構えたハルカの目の前には 首を切られた魚が ビクビクと痙攣を起こして横たわっていた。
転移と同時にピアが助けてくれたのだろう。
魚1匹 陸揚げするだけで、魔法を目一杯使ってもギリギリの命がけだった。
とりあえず、一匹でも食べ切れないほど巨大なので 今回はコレだけで満足する。
もっと欲しいなら何か他の方法考えないと本格的に命が危ない。
ハルカは アジに似た巨大な魚を亜空間倉庫に収納した。
内臓の一部や 目玉なんかも食材として分離されている。
状態が固定されているので生魚でも心配ない。
そう言えば、お腹がすいていた事を思い出す。
朝起きてから 朝食も食べずに飛んで来たのだった。
焚き火をして、今 獲れたばかりの魚を出し 一部を切り取る。それだけでハルカには一抱えも有る大きさだ。食べ切れないので焼けたら切り分けて収納する事にした。
鉄板が無いので 枝に魚の身を串刺しにして火にあぶって焼いていく。
身が厚いので魔法で全体的に加熱して電子レンジのように火を通す。
表面は焚火の熱でチリチリと美味しそうに焼けた色が付いていく。
焼ける匂いを嗅いでノロが珍しくソワソワしている。
ジュウジュウと油が乗った身が焼けたようなので 大皿の上に乗せ、皆で切り分けて食べた。
味付けは海水の塩味だが加減が丁度良く久しぶりの魚は最高だった。
****************
その頃、フェルムスティアの精霊樹の周りには5組の冒険者チームが ギルドから依頼を受けて検証作業をしていた。
「お、おい。本当にこっちまでは来ないぞ」
「凄いな・・このまま引き付けておけ、安全な場所から攻撃して殲滅するぞ」
「木の棒に噛み付かせて動きを抑えろ。そこを弓矢で急所狙いだ」
近くに居る獣や 魔物、あるいは虫などをけしかけて誘い込み、本当に ハルカが安全だと示した範囲に人を害するものが入れないかを試す実験が行われていた。
半信半疑だった冒険者達も その効果が有ると見るや、ちゃっかり狩りに利用している。
近くに強力な魔物が居ないため 全てを確認するまでには至らないが、その他は全てが「近寄れない」と立証されていた。
フェレットは早速 その結果を領主に報告すべく館に赴いていた。
「まったく、毎度の事ながら あの子には驚かされます。安全な範囲の内側に柵などを作れば、本当に子供たちを門の外で遊ばせる事が出来るでしょう」
「それは良いな。あそこの湖の景色もゆっくりと楽しむ事が出来そうだ。
城壁沿いを屋台などに開放すれば 都の民も長い時間 野外を楽しめて喜ぶだろう」
「精霊樹を傷つけないように そちらにも柵がいりますね。ただ・・・いずれにしても 木材が不足しているようです。おかげで ギルドの修理も侭なりません」
「そうか。いっその事、槍の素材を提供してくれた 謎の御仁に頼んでみたらどうかね。ふふふ」
「その件も確認してみましょうか。
しかし、一部の人間の動向で都の経済が動くのは いささか不安ではあります」
「まぁ、その心配は分かるがな。
都の経済をかき回すような痴れ者なら 槍の素材を格安で提供などすまい」
領主も上納する槍の目処が付いた為か 穏やかな雰囲気に戻っていた。
息子からの情報で 軍隊蜂を殲滅したのが 何と言う名前の妖精なのかも知っていた。
たった一人しか思いつかない 謎の御仁が、これから何をするのか 楽しみでしょうがないようだ。
「そう言えば、先日 お主の所にも 黒焔騎士団に注意せよと伝書が届いていただろう」
「はい・・・信じ難い内容でしたが、もし真実なら恐ろしい集団だと言えますね」
「ああ、出所が確かな筋だからな、私も気にはしていたのだが・・」
冒険者ギルドの責任者として フェレットは領主の話の行方に緊張した。
場合によっては 冒険者全てを危険な立場に立たせなくてはならなくなる。
「先日・・・我が家の息子が行方不明になった事は知っておるかね」
「?。はい。だいたいの話でしたら」
「詳しくは知らんか。まぁ、当家が情報を伏せていたのだからな 無理も無い。
息子は以前の精霊樹が有った場所の近くまで行って危うく死に掛けたのだ」
「驚きました。それならば情報を伏せるのも頷けます」
「仔細は話すと長くなるので いずれとして、息子を助けてくれたのが ハルカ君なのだ。だが 都にたどり着いた時に あの子は全身が血まみれであった。2人とも気を失って運ばれて来たのだ」
「まさか・・あの子には守護の精霊が付いていたはずですが」
「そのようだな、その時には すでに魔法で治療されて一つの傷も無かった。
ただな、あの子を血まみれにしたのが 例の話の黒焔騎士団らしいのだ」
「な、なぜ、そのような情報を秘匿されたのですか」
フェレットは思わず 立場を忘れて詰め寄ってしまった。
精霊が守るはずのハルカに それ程の害をなすなど、想像以上にとんでもない相手という事だからだ。
「息子の話が本当なら、いや 真実でなくては二人とも生きては帰れまい。
安心したまえ、黒焔騎士団はハルカ君が殲滅したそうだ」
「!・・」
「伝書には 魔法の通用しないバケモノのように書かれておったな。確かに、並み以上の魔法でも通用しなかったそうだ。その バケモノ3百近くを見た事も無い魔法の一撃で全滅させたらしい。直接見た息子の証言と、なにより行ったのが あの子で無ければ到底信じられんだろう。だから、この話は公式には残さない事とした。お主も そう心してもらおう」
「なるほど。分かりました。
私も その処置には賛成です。しかし、それほど とは・・」
「良いではないか。それほど・・の強大な魔法を使えるのが、あの子で幸いだったと思う事にしよう。どのような力も使い方次第だ」
「それほど の魔法使いを 我が物となさらない 領主様でありました事を幸いに思います」
「ふっ。何よりの言葉だ。我々はあの子に 虫が付かないように見守るとしようか」
「私も、国が滅びるのを見たくはありません。全力で見守る事といたします」
ハルカを取り巻く環境は、またも 国単位の話に成っていく。
当の本人は 魚を土産に意気揚々と帰りの空にいた。
ハルカがマイペースで有る限り、世の中も平和と言えるだろう。