10:茜堂の和菓子
作業所を奥まで進む。その際に白衣の職人さんと目が合った。ペコリと会釈すると、小さく頷きが返ってくる。多分、茉穂のお父さんだよな。顔もキッチリ布で覆ってたから、目元くらいしか見えなかったけど。
「こっちだよ~」
案内された場所には、白い厚紙が堆く積まれていた。
すぐ横に作業机があり、そこに茉穂が1枚乗せる。そして瞬く間に四辺を立ち上げ、最後に小さな爪を挿し込む。ものの10秒ほどで、1つ完成した模様だ。
「おお、凄い」
「やってみて~」
渡された厚紙を見よう見まねで折っていく。
……が。
「ん?」
角が妙に浮く。反対側を押し込めば、今度はこちらが開いてしまう。
「難しいな」
「最初はみんなそうだよ~」
茉穂が笑いながら俺の手元を覗き込む。
「ここ、折る順番が逆~」
「あ、なるほど」
言われた通りに折り直すと、キレイな箱になった。
「出来た」
「うんうん。上手だよ~」
真っ直ぐに褒めてくれる茉穂。
ヤル気が出てきて、早速俺は次の1枚に取り掛かる。まだまだ手慣れるには程遠いけど、数をこなすうちに少しずつ速くなってきた。
隣では茉穂が、リズムよく箱を組み立てている。あちらは流石の熟練度だ。
「久しぶりだね~。悠人クンが手伝ってくれるの~」
「そ、そうだっけ?」
すっとぼけているワケじゃなく、本当に記憶に無いという。なんかこう、借り物の記憶でも良いから統合してくれれば……いや、やっぱ怖いから良いや。
「そうだよ~。箱の折り方も忘れちゃって~」
「あ、あはは」
そういう解釈をしてくれてるなら助かる。
「毎朝、一緒に学校に行ってるのにな」
だから疎遠になってるとかでは絶対ないと思うけど。それでも、きっと子供の頃よりは一緒の時間は減ってるんだろうな。
「まあ私も私で、高校の友達も増えたからね~」
おっとりとして毒が無く、人に教えられるくらい勉強も出来て、容姿も良い。まあ普通に友達になりたいって子は多いんじゃないかと思う。
「学校では、どんな子と仲が良いんだ?」
訊ねると、茉穂は一瞬手を止めた。そして「ふふ」と噴き出して、
「な~にそれ。親戚のオジサンみたいな~」
ああ、確かに。年頃の姪っ子との会話の取っ掛かりを探してる叔父(伯父)辺りがしそうな質問だった。
「そうだね~。マジメな子が多いかな~」
少しホッとする。不良みたいなのとつるむとも思えないけど、友達はちゃんと選んでる雰囲気だ。
俺の内心を読んだのか、茉穂がまた軽く笑う。
「本当に親戚のオジサンみたいだよ~」
「……」
少しバツが悪くなりかけたところで、
「よしっ。終わり~」
茉穂が最後の1枚を組み立て終えた。喋りながらもテキパキこなしてはいたけど、本当に速い。俺の手伝いなんか要らなかったんじゃないかと思ってしまうほど。
「お父さん、2つ貰って良い~?」
茉穂は作業所の中央へ行って、さっきの職人さんに声を掛ける。彼は小さく頷いた。
「やった~」
茉穂はビニール手袋を着けて、完成品(?)から2個、ひょいひょいと拾う。
「ちょっと形が悪いヤツだけど~」
小さなトレイに載せると、そのまま茉穂は作業場を出る。カウンターの方ではなく、西の勝手口っぽいところから。
「……」
黙ってついて行くと、一瞬だけ外に出て、すぐにまた扉。壁に掛かった表札には『鈴木』とあった。茉穂の姓だ。ということは、ここからは家屋か。
「よいしょ」
片手で器用にドアを開けて、茉穂は中へと入る。こっちも玄関じゃなくて勝手口かな。三和土が狭い。
俺も靴を脱いでお邪魔する。家の中まで甘いニオイが漂ってるような気がする。職業柄、仕方ないんだろう。まあ独特のニオイ(オブラート)がするご家庭もあるし、それよりは全然マシだけどね。
「リビングで良い~?」
一瞬、「茉穂の部屋は?」と訊ねそうになったけど。俺としても年頃の女の子の部屋に入るのは色々と理性が試されそうなことに気付く。
結局何も言わずに首肯し、リビングへ上がらせてもらう。意外というか、なんというか。ウチと同じく完全な洋間だった。絨毯の上に置かれたソファーに腰掛けるよう言われる。
「ちょっと待っててね~」
茉穂はリビングと一体のキッチンへ向かう。トレイから皿にお菓子を移してくれるみたいだ。
座って待たせてもらっていると、1分ほどで皿に乗ったイチゴ大福と、グラスに入った緑茶を持って来てくれた。
「はい、どうぞ~」
「ありがとう」
ガラステーブルの上に置かれた大福は、白い粉を纏ったピンク色で、中央が割れて、そこに粒あんとイチゴが乗っていた。
「おお、美味しそう」
「召し上がれ~」
いただきますをして、2人ともかぶりつく。イチゴのジューシーな果汁が口の中に溢れ出し、僅かな酸味と甘みが広がる。そこに粒あんの強い甘さが上書きし、モチモチの生地の食感が更に覆う。
奇を衒わない王道のイチゴ大福だ。結局、こういうのが一番美味い。
「うん。美味いなあ」
「えへへ~。ウチの春の看板メニューだからね~」
そっか。和菓子屋さんも、四季折々のメニューを出すよな。知識としては持ってるし、俺も何種類か食べたことあるとは思うけど。裏側というか、作り手側から見たことなかったな。
「やっぱりイチゴが一番売れるの?」
「うーん、秋の栗も悪くないよ~」
「なるほど」
「冬はクリスマスケーキに負けるけどね~」
ああ、それは強敵だもんな。
「お正月になったら逆襲だよ~」
「ははは」
逆襲という剣呑なワードなのに可愛い。
「そう考えると、日本は食で飽きさせないよなあ」
20年後はもっと色々ある。海外の料理もどんどん入ってきてるし。
「だね~」
「来年も、再来年も。四季のお菓子文化は続いていくんだよな」
海外の目新しい料理と共に、伝統も生き続けてるからな。
「再来年、か」
「ん?」
「ううん。なんでもないよ~。そうだね~。いつまでも残って欲しいよね~」
のんびりと言う茉穂に、俺も頷く。
部屋の窓から、淡い茜色が差し始めた頃、俺は鈴木家をお暇した。
……少しは茉穂に恩返しが出来たかな。




