1:ギャルゲーを買って事故に遭う
誰かに肩を叩かれる感触で、意識が覚醒した。一瞬、何が起きているのか分からなかったけど、起こしてくれた青年の制服と制帽を見て、大体のところを察する。
「この電車、車庫に入りますので」
「……しゅ、しゅうてんで、ですか?」
自分で思うより、遥かに呂律が回ってない。明らかに呑みすぎだった。
「はい。◯◯です」
自分が使っている路線の終点駅を言われる。
「ご迷惑、お、お掛けしました」
駅員に詫びてから、フラつく足でホームに出る。
腕時計を確認するも……
「あ」
今のが終電だったっぽい。そうだった。ギリギリに乗ったんだった。これは寝過ごせないぞ、と寝入る直前までは肝に銘じてたハズだったのに。
「はあ」
どうしようか。
取り敢えず、駅舎に居ても仕方ないので、外へ出る。寒風が容赦なく吹き付け、思わず身震いした。11月の末、日付が変わった深夜12時過ぎ。
「何やってんだろうな……」
やりたい仕事とは全然違う部署で、生活のためだけに働いて。長時間労働のストレスを紛らわせるために、そこまで好きでもない酒に頼って、挙句は見知らぬ終点駅で37歳児の迷子。
「……しかし、意外と栄えてないな」
これなら俺の最寄り駅(住宅街)に毛が生えた程度だ。一応、2路線乗り入れていて、バスも通ってる駅なんだけどな。
駅前を見渡す。漫画喫茶を見つけた。あそこなら朝まで寝られそうだ。
「あと店と言ったら……あっ」
中古ゲームショップがある。しかもデカデカと『深夜2時まで営業』と書いてあった。
懐かしいなあ。まだ個人経営で生きてる所もあるんだな。チカチカと目に悪い電飾に、吸い寄せられる蛾のように。
「ちょっと寄ってみよう」
中へと踏み入る。店員からの挨拶は無い。店舗に併設されているカードショップの方から笑い声が聞こえてくる。どうやら店員は、あちらで常連客とデュエル中のようだ。良い緩さだな。というか、あっちが経営のメインなんだろうな。
「まあ、気兼ねなく見られて良いね」
ゆっくり見させてもらおう。
店の外周に沿うように棚があり、中央にも3列ほどの棚。その全てに中古ゲームや、中古DVDが詰まっている。
おお……マジで、20年くらい時が止まってるみたいだ。
「……」
エッチな麻雀ゲームや、B級映画もある。カオスだなあ。
ん? ワゴンも置いているな。どうも『憂いステーション2』の初期のソフトが乱雑に積み込まれている様子だ。
「うわあ」
これまた懐かしい。テキトーに手に取ってみる。ボロボロのパッケージに『ディスク傷アリ。動作問題ナシ』の文字が。そうだったな。裏に傷があると、特定のイベントの箇所で止まったりするんだ。
1つ1つ、パッケージを見ては戻す。
――と。
その中の1つ、『茜色モラトリアム』というタイトルのゲームを持った時、脳裏に微かな記憶が蘇った。
「これ確か……」
いわゆるギャルゲーというヤツだが……少しだけプレイしたハズだ。確か何かの雑誌に体験版のディスクが付いてたんだよな。どういう導入で、どこまでプレイできたのかも全く覚えていない。パッケージ裏のヒロインたちを見ても、やはりピンと来ない。タイトルだけ覚えていた系か。昨今の長すぎるタイトルに物申したいワケじゃないけど、この年代のスッキリしたタイトルは記憶に残りやすいんだろうな。
「……」
買おう。予期せぬ場所で昔の同級生に会ったかのような郷愁に、購買欲が湧きあがっていた。100円の中古ゲーム(しかもギャルゲー)を1本だけ買うのも恥ずかしいが、仕方ない。レジにある呼び鈴を鳴らす。少しして、奥から金髪の青年が出てきた。けだるげに俺の顔を見て、次いでレジに載せられている商品を見て、
「あ~、いらっしゃっせ」
小声でそれだけ言った。寝起きのような声だったけど、まあ気にしないことにする。青年は淡々と会計をしてくれた。内心はどう思ってるかは知らないけどな。
「ありあした~」
ヤル気のない挨拶に背中を押されながら、店を出た。
再び寒風が全身を襲う。
「……マジで何やってるんだろうな」
頭が冷えたら、途端に自身の計画性の無さに気付く。俺は、このゲームをプレイするためのハード機を持ち合わせていない。ご丁寧にタイトルの上にデカデカと『憂いステーション2』と対応機の名前を書いてくれているのに。
「衝動買いも甚だしいな」
まだまだ頭が回っていないのか。あるいは酔いが醒めても、元々この程度のオツムなのか。
大きく嘆息して、1歩を踏み出した……その時だった。
――ピーーーーー!!
大きなクラクションの音。振り向く。
迫り来る巨大な車体と、眩しいヘッドライト。体が硬直した。次の瞬間、大槌で殴られたかのような衝撃が走る。体が浮き上がる感覚。撥ね飛ばされた、と辛うじて分かったものの、それと同時に意識が薄れていく。
脳裏に様々な記憶が駆け巡った。幼稚園の頃、好きだった保育士さんの笑顔。セミを捕りながら駆け回った公園。中学の卒業式。高校の最寄り駅の駅舎。そこから自宅まで続く夕暮れの商店街。そういえば、クラスで一番可愛かった子と、たまたま一緒に帰ったことがあったな。緊張して何を話したかも覚えてないけど、花咲くような彼女の笑顔だけは記憶に残っている。
ああ、懐かしい。思えば、あの頃が一番楽しかった。適度に便利で、適度に不便で。まだ人と人が繋がっていた。
走馬灯はそこで途切れ、俺の意識も消えゆく。体が冷たい。寒い。
――折角買ったあのゲーム、やりたかったな。
最後にそんなことを考えて……俺の意識は完全に途絶えた。




