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鐘は鳴り止まない〜ただ一人、君の歌だけが綺麗だった〜  作者: 秘色ひすい
鐘の鳴る街

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第11話 鐘街オーデンス

 街道を進むと行き交う人の影や車輪の音が増え、徐々に空気が変わり始める。


 乗せてもらっていた商人とは向かう方面が変わったので降りる事になったが、別れ際には『また縁があれば乗せてやる。王都の店にも是非来てくれ』と言っていた。


 街道には商人の馬車や荷物を担いだ冒険者、白い法衣を纏った集団もいる。道端では鎧姿の男達が酒瓶を回しながら笑っていた。


「……結構増えてきたな」

「もう街の近くだからね。ここから先は、オーデンスに向かう人ばっかりだよ」


 呟いた言葉にエアルが振り返ると、近くに寄ってくる。


 ーー騒がしいが無理という程じゃない。ただ静かな森と違って足音や物音、誰かの話し声と笑い声が止む事はなくて嫌気が指してきた。


「大丈夫? 体調悪い?」


 少し心配そうに覗き込んでくる。


「んー……まぁ」


 曖昧に返すと、こちらを見上げながら少し考え込んでいるみたいだった。


「フード被るのはどうかな?」

「…なんで?」

「視線、集まってるから」

「……そうか?」

「うん」


 そう言うと背伸びをしながらフードに向かって手が伸ばしてきた。そのまま頭に被せられると、ついでなのか乱れていた前髪を整えるように指先で払われる。


「これでよし。ちょっとはマシになると思うよ?」

「そんなに変わんのか?」

「多分ね。キミ、結構目立つから。街でも被っといた方がいいかも?」

「ふーん、そんなもんか。……あ」


 丘を越えて見えた景色に思わず足を止める。視線の先には灰白色の巨大な城壁に囲まれた都市が広がっている。


 積み上げられた外壁は森の大樹より高く、等間隔に並ぶ塔を繋いだ通路の上では人が動いている様に見えた。城壁の下では街に入る旅人達が長い列を作っている。


 その向こう側に広がる街並みの中心には空を押し上げるように巨大な鐘楼が聳え立っている。陽光を受けた白亜の鐘楼はただ高いだけじゃなく、まるで何かを支えているような圧があった。


「でっっかいな……」


 森の家や村とは比べ物にならない。壁で隔たれた向こう側は、それだけで一つの世界のようだった。


「ここが西の辺境で一番大きな都市」


 どこか誇らし気な声。


「鐘街(しょうがい)オーデンスへようこそ!」


 ただ言葉を忘れたように見つめていた。


 話には聞いていたが、実際に見るのとは全然違った。

 大きいとか高いとかそんな言葉じゃ足りない。


 人が長い時間をかけて形にした“何か”が、そこには確かに存在しているように感じた。


「……すごいな」


 そんな言葉が零れていた。


          ◇


 正門に近付くにつれ、人の流れはさらに増えていった。


 目の前では人が列を作っていて、兵士達が順番に荷物や身分証を確認しているようだった。目の前の商人らしき男が通行証を差し出しながら何かを説明し、その隣では冒険者達が気怠そうにしている。


「村と比べると結構厳しいんだな」

「最近は魔物も増えてるし、街は何処もこんな感じかな」


 そう言いながら懐から銀色の紋章を取り出すと、近付いて来た衛兵に差し出す。


 鐘と翼を模した教会の紋章。

 それを見た瞬間、衛兵の表情が変わったように感じた。


「聖教会所属の方でしたか」

「はい。調査依頼から戻りました」


 短いやり取りのあと、こちらと視線が合う。


「そちらは?」

「同行者です。調査補助をお願いしていました」


 衛兵は少しの間レイを見た後、頷く。


「確認しました。どうぞ」


 そのまま開かれた門の中を潜ると、巨大な城壁の影を抜けた瞬間、一気に熱気が押し寄せた。


「うわっ……」


 思わず足が止まる。


 すぐ横を荷車が通り抜け、跳ねた泥水が石畳に散った。通り沿いでは肉が焼かれ、油の弾ける音と香辛料の匂いが混ざりながら流れてくる。呼び込みの声に値段交渉の怒鳴り声、笑い声、鍛冶場から響く金属音まで重なり続け、人波そのものが街を動かしているみたいだった。


 建物も高い。


 石造りの商館や教会建築の間に、木造の宿屋や工房が肩を寄せるように並び、見上げれば渡し干しされた洗濯物が通りの上を横切っている。色ガラスの窓には陽光が反射し、露店には見た事もない果物や魔道具が雑多に積み上げられていた。


 森とは何もかも違う。


 風じゃない。

 人の営みそのものが、景色を動かしていた。


 通りを歩く人波に押されそうになり、レイは一瞬だけ立ち止まりかける。その袖をエアルが軽く引いた。


「止まるとぶつかるよ」

「……人多すぎだろ」


「まだ外周だからね。中心の方はもっと凄いよ?」

「マジかぁ……」


 その時。


「《火よ、灯れ》」

 通りの端で短い詠唱が響く。


 次の瞬間、屋台の竈に火が灯った。

 レイの視線がそちらへ向く。


 かなり簡略化された詠唱だった。言葉を削り、必要最低限だけで無理矢理形にしている。それでも魔法として成立している辺り、扱いには慣れているのだろう。


「生活魔法だね」


 エアルが人混みを避けながら説明する。


「オーデンスは詠唱学校があるから、魔法使いが多いの。街の人も普通に使うよ」


「へぇ……」


 歩きながら周囲を見回すと、人族以外の姿も多かった。


 露出を抑えた涼しげな装束を纏った翠族の女性が、長い耳を揺らしながら香草を選んでいる。鋼族の職人達は煤で汚れた太い腕で木箱を抱え上げ、蒼族らしき男は青みがかった髪を揺らしながら、水瓶片手に露店商と笑い合っていた。


 村では見なかった光景ばかりだった。


「……ほんとに色々いるんだな」

「辺境都市だからね。この辺りに来る人は多いし、交易も盛んだから」


 エアルは慣れた様子で人混みを抜けていく。


 時折、教会関係者らしき人に軽く会釈を返したり、道端の露店主へ手を振ったりしている姿を見ると、この街に馴染んでいるのが自然と分かった。


「エアルって、結構ここ来てるんだな」

「ん?」


「迷わないし」

「調査とか教会の手伝いでね。滞在する事も多いかな」


 そう言って少し苦笑する。


「まぁ、人混みは今でも慣れないけど」

「オレも嫌」


 二人は顔を見合わせて小さく笑った。


 その時だった。


 視界の先に、再び巨大な鐘楼が入り込む。

 近くで見ると、外から見えていた時より更に大きい。


 塔の表面には幾重にも彫刻が刻まれ、上層部には巨大な鐘が吊るされている。街の中央に立っているだけなのに、その存在感だけで空気が沈んでいるみたいだった。


 ぞわり、と背筋を冷たいものが撫でる。


 まだ鳴っていない。


 静かなはずなのに、耳の奥には妙な圧迫感だけが残っていた。村の鐘よりずっと重く、音になる前の響きが空気の底へと沈んでいくみたいで、知らないうちに呼吸が少し浅くなる。


 レイの眉が僅かに寄った。


「……どうかした?」


 エアルが不思議そうに覗き込む。

 思わず鐘楼から視線を外す。


「いや。なんか圧あるなって」

「街の鐘楼だからね」


 エアルは鐘楼を見上げながら、小さく笑った。


「夜になると灯りがついて綺麗なんだ。わたし結構好き」


 レイは曖昧に頷いた。


 綺麗。

 そう思える気はしない。


 でも周囲の人達は、誰も気にしていなかった。


          ◇


 その後も二人は街を歩き続ける。


 教会近くでは子供達が歌の練習をしていて、鐘楼周辺では制服姿の学生達が詠唱を口にしながら慌ただしく行き交っていた。楽器店の軒先に吊るされた金属楽器が風に触れる度に小さく共鳴し、露店街では旅芸人が歌を披露して人集りを作っている。


「……なんか、すげぇな」


 ぼんやり呟きながら周囲を見回していると、不意に香ばしい匂いが鼻を掠めた。


「なんかいい匂いする」

「聞いてた!?」


 完全に屋台へ意識が向いていた。


 炙られる肉。焼き立てのパン。甘い果実酒。香辛料の混ざった煙が流れる度に、空腹が刺激される。


 エアルは呆れたみたいに笑った。


「ほんと食べ物好きだよね……」

「腹減るだろ」


「さっき食べたでしょ?」

「歩いたから減った」

「育ち盛りなのかなぁ……」


 結局、焼き串を一本買う事になった。


 炙られた肉に香草が振られていて、噛むと肉汁と一緒に塩気が広がる。


「……うま」


「美味しそうに食べるね」

「エアルも食う?」


「食べようかな」


 自然と半分こになった。

 そのまま食べ歩きながら街を進んでいく。


 人混みは苦手だし、鐘も嫌だ。

 でも、それだけじゃない。


 歩く度に、森では見た事のない景色が次々流れてくる。


 風に触れる度に音を鳴らす楽器店。

 怪しげな物から便利そうな物まで並ぶ魔道具屋。

 色鮮やかな布を吊るした露店。

 歌いながら歩く旅芸人。


 知らない世界が街の熱気と一緒になって、ぶつけられたように感じた。


          ◇


「ここが冒険者ギルド」


 最後に辿り着いたのは、西区画の城壁近くに建てられた大きな建物だった。


 石造りの外壁に木製の増築部分が繋がっていて、酒場と一体化しているようだ。中からは笑い声と食器のぶつかる音が聞こえてくる。入口近くには武器を背負った冒険者達が集まり、壁には大量の依頼書が貼られていた。


「……こんなに冒険者と依頼があるのか?」

「オーデンスは広いからね。他にも商業ギルドとか、魔法ギルドとかたくさんの建物があるよ」

「へぇ……」


 感心しながら見回していると、エアルが思い出したように口を開いた。


「あ、そうだ」

「ん?」


「キミ、手紙あるって言ってたよね?」

「あー」


 コートの内側から封筒を取り出した。

 少し古びた封。裏側には、リュシアと書かれている。


「誰に送るのかな?」

「知らないな」

「知らないの!?」


「ギルドに持ってけって言われただけだし」

「そうなんだ……」


 二人で受付に向かうと、座っていたのは小柄なおばあちゃんだった。白髪混じりの髪に柔らかく細められた目。


「依頼かい?」

「いや、手紙」


 封筒を差し出すと受け取ったまま指を止める。細められていた目が、ゆっくりと封の文字を追っていた。


 隣でエアルが不思議そうに首を傾げた。


「……これは」


 小さく漏れた声。


 老婆はしばらく黙った後、ゆっくりレイを見上げた。

 その目は、昔の誰かを探しているみたいだった。


「坊や」


「ん?」


「アンタ……リュシアさんの弟子か何かかい?」

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