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やがて霧に還る  作者: いづくにか
ノクス編
34/75

第34話 選ばれるもの

 夕方の光が街を柔らかく包んでいた。


 影は長く、空気は少しだけ冷たい。


 ユリウスは同じ場所にいた。


 昨日と、ほとんど同じ位置。


 理由はない。


 ただ、そこにいればまた会える気がした。




「……来たね」


 声がする。


 振り向く必要もない。


 セラフィナがいる。


 当たり前みたいに。


「……ああ」


 ユリウスは短く答えた。


 それだけで、十分だった。


 セラフィナは少しだけ近づいた。


 距離が自然に縮まる。



「待ってた?」


「別に」


 即答。


 だが、否定しきれていない。


 セラフィナはそれを見て少しだけ笑う。


「そういうことにしておくね」


 軽い調子。


 責めない。


 踏み込まない。


 それが、心地いい。



「……中は、どう?」


 セラフィナが聞く。


 ユリウスは少しだけ顔をしかめる。


「……悪い」


「へえ」


 興味を持つような声。


「どのくらい?」


「……人が人じゃなくなってる」


 短く言う。


 言葉を選ぶ余裕がない。


 セラフィナは静かに頷く。


「そっか」


 それだけ。


 大げさに反応しない。


 否定もしない。


「……お前は平気そうだな」


 ユリウスが言う。


 少しだけ探るように。



 セラフィナは首を傾げた。


「どうだろうね」


 曖昧な答え。


 それでも、不安はない。



「でも」


 少しだけ視線を逸らす。


「私は、選んでるから」


「選んでる?」


「うん」


 頷く。


「何を残すか」


 昨日と同じ言葉。


「全部は持てないから」


 ユリウスは黙る。


 理解はしきれない。


 だが、拒絶もしない。


「……俺は」


 言いかけて、止まる。


 何を残すのか。


 何を選ぶのか。


 考えたこともなかった。


「……分かんねえ」


 正直に言う。


 セラフィナは微笑む。


「いいと思うよ」


 優しく言う。


「まだ選ばなくていい段階だから」


 肯定。


 否定しない。


 それが少しだけ救いになる。


「でもね」


 少しだけ近づく。


 距離がさらに縮まった。


「そのうち、選ばないといけなくなる」


 静かな声。


 逃げ場を残さない言い方。



 ユリウスは目を逸らした。


 分かっている。


 もう、その段階に近いことを。



「……お前は」


 再び聞く。


「何を残す」


 セラフィナは少しだけ考える。


 今度は、ちゃんと。


 そして、ゆっくり答えた。


「“きれいなもの”」


 迷いなく。


 それだけを。


「……それだけか」


「それだけで十分だよ」


 即答。


 軽い。


 ユリウスはそれを聞く。


 理解はできない。


 だが、否定する気にもならない。


 むしろ、納得してしまいそうになる。



 そのとき、セラフィナがさらに一歩だけ近づいた。


 距離が、かなり近い。


「ねえ」


 小さく呼ぶ。


「もし全部が壊れたらさ」


 柔らかい声。


「どこにいたい?」


 ユリウスは一瞬止まる。


 考えるより先に、言葉が出た。


「……ここ」


 短く、それだけが。


 セラフィナは目を細めた。


 満足そうに。


「そっか」


 小さく笑う。


 それ以上は言わない。


 十分だから。


 ――その答えで。



 光が少しだけ落ちる。


 夕暮れが深くなる。


 影が重なった。







 そのすぐ裏で、別の動きが始まっていた。


 教会の中。


 空気は重い。


 だが、止まってはいない。


「対象の区画はここまでです」


 エリアスが地図を示す。


 簡易的なもの。


 だが、十分だ。


「出入りは完全に制限します」


 レオンが頷く。


「中のやつは?」


「隔離します」


 短く答える。


「接触は最小限に」


 マルタが壁にもたれたまま言う。


「……遅えけどな」


「ええ」


 エリアスは否定しない。



「ですが、ここからです」


 司祭長が静かに言う。


 全員の視線が集まる。


「“関係を断つ”」


 短い言葉。


「接触を制限し、影響を固定する」


 冷静な判断。


「完全な解決ではありません。ですが、これ以上の拡大は防げます」


 エリアスが続ける。


 論理は通っている。


 問題は間に合うかどうかだけだ。


「……やるしかねえな」


 レオンが呟く。


 諦めではない。


 覚悟。


「開始します」


 司祭長が言う。


 静かに、だが、確定した声で。




 人が、動き出す。


 区画が、閉じられていく。


 関係が、切られていく。


 教会は、内側から自らを削り始めていた。



 その外で、ユリウスは立っている。


 セラフィナの隣で。


 何も知らずに。


 ただ、安心している。


 気づかないままに、選び始めていた。


 




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