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第13話 見えているもの

 教会の空気は変わらない。


 少なくとも、外から見ればそう見える。


 白い壁。


 整った動き。


 揃えられた呼吸。


 だが、その内側ではわずかな調整が行われていた。



 ユリウスは廊下を歩く。


 呼ばれたわけではない。


 だが、足がそちらへ向かっていた。


 理由は分からない。


 ただ、昨日までとは違う場所にいるという感覚があった。


 角を曲がる。


 人の気配が減る。


 さらに奥へ。



 そこで、声が聞こえた。


「……数が合いません」


 低い声。


 エリアスだった。


 足を止める。


 扉はわずかに開いている。


 中の様子は見えない。


 だが、声は届く。



「報告はすべて確認しましたが、整合が取れていません」


「具体的には」


 司祭長の声。


 変わらず穏やか。


 だが、わずかに低い。


「被害者の証言に、連続性がありません」


 エリアスが続ける。


「時間、場所、対象――いずれも一致しない」


「記憶の混濁ですか」


「その可能性はありますが」


 一拍置く。


「共通して、“抜け落ちている”部分があります」


 その言葉に、空気がわずかに変わる。


 ユリウスの背筋に、冷たいものが走る。



「……意図的、ということか」


 別の声。


 マルタだ。


「断定はできません」


 エリアスは否定する。


 だが、否定しきってはいない。


「ですが、自然な変化とは考えにくい」


 静かな声。


 感情はない。


 ただ、事実を積み上げているだけ。



「現場の痕跡は」


 司祭長が問う。


「従来の吸血鬼と一致しない点がいくつか」


 マルタが答える。


「捕食の痕が見られません。目的不明です」


「……目的が、別にある」


 司祭長が小さく呟く。


 その言葉に、ユリウスは息を止める。


 理解が追いつく前に、何かが引っかかる。



「対応は」


「現状維持で十分です」


 司祭長は即答する。


「見回りを増やし、記録を続ける」


 迷いはない。


 それで足りると分かっている声。


「過剰な対応は、不要な混乱を招きます」


 穏やかに続ける。


「この街の均衡は、保たれている」


 その言葉には、確信があった。


 揺らがない。


 それでも、わずかな違和感が残る。



「……はい」


 エリアスが応じる。


「現時点では、その判断が最適かと」


 同意する。


 論理的に。


 納得した上で。





 ユリウスは扉から離れる。


 これ以上聞くべきではないと感じた。


 理由は分からない。


 ただ、踏み込めば戻れない気がした。


 足音を殺して、その場を離れる。



 廊下に戻ると空気が少し軽くなる。


 それでも、さっきの会話が頭から離れない。




「……聞いてたな」


 背後から声。


 振り向くと、レオンがいた。


「……少し」


「だろうな」


 特に咎める様子はない。


 それが逆に、落ち着かない。


「どう思う」


 レオンが聞く。


 珍しく、先に問いを投げてくる。


 ユリウスは少し考える。


「……正しいと思う」


 口にする。


 前と同じ答え。


 だが、少しだけ違う感覚がある。


「でも」


 続ける。


「全部分かってるわけじゃない」


 それが、一番近かった。


 レオンは小さく笑う。


「やっとそこまで来たか」


「何が」


「この街の見方だよ」


 軽く言う。


 だが、その言葉は重い。


「全部分かってるやつなんていねえ」


 肩をすくめる。


「分かってる範囲で、正しいことするだけだ」


 それは、司祭長と同じ言葉だった。


 少しだけ言い方が違うだけで。


 ユリウスはそれを聞いて何も言えなかった。


 否定できない。


 だが、完全には受け入れられない。



 そのとき、窓の外に目を向ける。


 霧が、さらに濃くなっていた。


 さっきよりも、はっきりと。


 遠くが見えない。


 音も、鈍くなる。


 それでも、教会の壁だけは変わらない。


 白く、はっきりと、そこにある。


 ユリウスはしばらくそれを見ていた。


 守られているのか、閉じ込められているのか、分からないまま。


 ただ、霧だけが濃くなっていった。





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