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第1話 レブラート



 霧が深く立ちこめるその街が、ようやく見えてきた。


 馬車の窓越しにぼんやりとした輪郭が浮かび上がる。


 白く滲んだ空気の中に建物の影だけが沈んでいた。


 ガラガラと石畳を進むにつれて得体の知れない感覚が胸の奥に沈んでいく。


 引き返そうと思えばまだできるはずだった。


 それでも、そういう考えは浮かばなかった。


 理由は分からない。


 ただ、ここで降りることが決まっているような気がした。


 外灯がかすかに揺らめく。


 煙と湿った土の匂いが、窓の隙間から入り込んできた。



「ここが、レブラート……」


 思わず、声に出ていた。


 御者は何も答えない。


 ただ馬車を進める。



 やがて、砦のような建物が見えてくる。


 他の建物よりも少しだけ高く、静かに街を見下ろしていた。


 白い大理石と荘厳なステンドグラス。


 教会だと、すぐに分かった。


 馬車が止まる。



「着いたぞ」


 短く告げられる。


 ユリウスは頷いて、外に降りた。


 足元の石畳は濡れている。


 雨は降っていない。


 それでも、靴の裏にわずかな水気がまとわりつく。


 振り返ると、馬車はすぐに去っていった。


 引き止める理由はなかった。




 街は静かだった。


 人の気配はある。


 遠くで扉の閉まる音や、かすかな話し声も聞こえる。


 けれど、それ以上に何かが抑えられているような空気があった。



 ユリウスはゆっくりと歩き出す。


 通りには店もある。


 灯りもついている。


 普通の街と変わらないはずなのに、どこか違う。


 視線を向けると、人はすぐに目を逸らした。


 夜を避けるように。


 あるいは、何かを見ないように。


 理由は分からない。


 ただ、そういう動きに見えた。




 路地の奥から、かすかな物音がする。


 足が自然と止まる。


 暗がりを覗く。


 何かが動いた気がした。


 影のようなもの。


 人の形にも見える。


 けれど、その動きは少しだけ不自然だった。


 低い呼吸音。


 何かが擦れる音。



 ――気のせい、ではなかった。




 踏み込もうとした、そのとき。



「なに、見てたんだ?」


 背後から声がした。


 ユリウスは振り返る。


 街灯の下に、一人の男が立っていた。


 壁にもたれかかるようにして、こちらを見ている。


「……別に」


 短く答える。


「そうかよ」


 男は興味なさそうに肩をすくめた。


 それから、ちらりと路地の奥に視線をやる。


「ま、あんまり首突っ込まないほうがいいぜ」


 軽い口調だった。


「ここ、そういう街だからな」


「そういう、って?」


「さあな」


 男は小さく笑う。


「知らないままのほうが、長く生きられることもある」


 冗談みたいな言い方だった。


 けれど、妙に現実的だった。



 ユリウスは少しだけ男を見る。


 整った顔立ち。


 気の抜けた空気。


 それでも、目だけは妙に落ち着いている。


「……この街の人間か」


「一応な」


「さっきの、見てたのか」


「見てたよ」


 あっさりと答える。


「助けなかったのか?」


「必要なかっただろ」


 即答だった。


 ユリウスはわずかに眉をひそめる。


「……よくあるのか」


「さあな。どう見えた?」


 試すような声。


 ユリウスは少し考える。


「……普通じゃない、とは思った」


「だろうな」


 男は小さく笑う。


 それから、壁から身体を離した。


「で、あんた。見た感じ、よそ者だろ」


「まあな」


「宿、決めてるか?」


「いや」


「じゃあ教会来いよ」


 軽く言う。


「金もそんなに取られねえし、なにより安全だ」


「……安全?」


「この街でそれ保証してくれるの、あそこくらいだからな」


 そう言って、顎で教会のほうを指す。


 砦のような影は、霧の中でもはっきりとそこにあった。


「俺もそっちにいる」


 何気ない口調で続ける。


「来るなら、案内くらいはしてやるよ」


 数歩歩き出す。


 それから、思い出したように振り返った。


「ああ、そうだ」


 街灯の光がわずかに顔を照らす。


「レオンだ」


 軽く手を上げる。


「来るなら、名前くらい覚えとけ」


 ユリウスは少しだけ間を置いてから、


「……ユリウス」


 とだけ返した。


「へえ」


 レオンは面白そうに目を細める。


「似合ってるな」


 何が、とは言わない。


 そのまま背を向けて歩き出す。


 霧の向こうへ、ゆっくりと溶けていく。



 ユリウスはしばらくその場に立っていた。


 路地の奥を見る。


 もう何もない。


 最初から何もなかったみたいに静まり返っている。


 ――行くべきじゃない。


 そんな感覚がわずかに残る。


 けれど、それ以上に別の感覚があった。


 ここで終わるわけにはいかないような、理由のない引っかかり。


 ユリウスはゆっくりと視線を上げた。


 教会の影が、変わらずそこにある。


 静かに、ただそこに在るだけなのに、


 なぜか、目を逸らせなかった。




はじめまして!

くにかです!!!


ご一読ありがとうございました~!


本作はゴールデンウィーク中にちまちま書いてたやつです笑

雰囲気と世界観重視(という名の手抜き)で、いろいろ描写はなるべく簡素にしてみました!

正直またまた読む人を選ぶタイプのお話になってる感じです~笑

作品のテーマは「選ぶこと」です。


てか、今年のGW暑すぎません?

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