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報告

夫よりもお義父さんとのやり取りが目立つ昨今。

バジーレ辺境伯家の女主人として、日々を過ごすプルデンテ。

騎士を目指すテオドラの訓練が始まり、彼女はアストゥートと共にいることが多くなった。逞しい騎士や兵士と混じって、父親から直々に訓練を受けることで日に日に逞しくなっていく。

七歳を迎えて騎士服を着こなし、立ち姿も歩く姿も背筋の伸びた正しい姿勢になっている。アストゥート曰く、テオドラは生まれながらに身体能力は高く、同年の男児よりも力も強い。だが、姿勢や体捌きはバジーレ家の血筋によるものではなく別の家系、つまりはグラツィアーニ家由来だという。類まれな柔軟性や俊敏さから判断したと言うが、護身術を身に着けた程度で門外漢のプルデンテには正確に分からない。ただ、模擬戦闘を行う様子から自身の姉達、ディニタとスプレンディドの剣舞を見ているような錯覚を得たことで、アストゥートの言わんとすることは何となく理解できた。


(バジーレ家の戦士ではなく、グラツィアーニ家の戦士・・・先祖である勇猛な姫将軍や戦場を駆った王女達のような華麗な騎士になるかもしれないわ)


父親の国王から直々に、短剣以上の重い武器を持つこと禁止されていたプルデンテは感慨深く思う。体格から戦闘は不向きだと判断され、末の姫ゆえか家族全員が過保護だった。おそらく、それなりに訓練すれば一兵士ほどの戦闘技術は得られただろうが、両親も姉達もプルデンテが戦う必要はないと断固として認めなかった。

そのような非力な自身から、グラツィアーニ家らしい戦闘の素質をを持つテオドラが生まれた。自身にも戦士の血が流れているからこそだと、内心で誇らしく思う。


「おねえさまは今日もげんきですわねぇ」


別館にある兵舎の訓練所。結局は親として心配を兼ねた見学では、もうすぐ四歳になるファビオラが一緒だった。

望むことに対しては周りを気にせず猪突猛進なテオドラと違い、ファビオラは大人しい。ただ、静かで穏やかな性格とは言えなかった。プルデンテのように周りの様子を観察して、屋内の者達の個性や人間性を知り、我儘の通じる相手を見つけ出しては甘える。これは誰かを見て学んだわけではなく、生来のものだと彼女と過ごすことでプルデンテは理解した。

この齢で自然と身に着けた所作に恐ろしさと頼もしさを感じている。テオドラとはまた違う将来になると、ファビオラの先を思い描いてしまう。


「元気なことはよいことですよ。体調の良い悪いが分かりやすく、テオドラはああして己を鍛えることで、ファビオラを守る騎士になってくれるそうですから」


「おねえさまはちょっとうるさいので、きしさまはヤですわ」


「まあ・・・」


テオドラはファビオラのやること成すことに纏わりついて、先走った行動すら取る。今より幼い頃からの夢である「お姫様を守る騎士」のつもりなのだろうが、本人はやや煙たがっていた。

不満を示すために頬を膨らませた彼女に苦笑をすると、プルデンテは訓練中に気付いてくれたアストゥートとテオドラに手を振った。彼女の倣うというよりは真似をしたファビオラが二人に手を振るのを確認すると、一礼をして訓練所をあとにする。小さな娘の手を握って歩き、後ろにシエナを含めた三人の侍女と二人の女性護衛騎士を引き連れて、別館と本館を繋ぐ通路から中庭に出る。


秋が近づくことで太陽の日差しは柔らかい。肌をなでるそよ風は心地良く、花壇に咲く深い青紫のカラムスも揺れていた。


「お花キレイですねぇ、あのいろすきですわ」


ファビオラは立てた人差し指をカラムスに向ける。笑顔を見せる彼女に、プルデンテも頬を緩ませながら、柔く握る小さな手を引いて中庭を横断する。


「おかあさま、おかし食べたいです。おじかんまだですか?おかあさまのフカフカなカップケーキたべたいですわぁ」


「午後のお茶の時間に食べましょうね。ほら、こちらですよ、ファビオラ。お祖父様がお待ちしています」


「おちゃはおさとうをたくさんにしてくださいませ」


ファビオラは後ろにいる侍女達に振り返って訴える。誰に望めば叶えてくれるか分かっている彼女は、きっと満面の笑みを浮かべることで彼女達を魅了しているだろう。

自身の笑顔に皆が喜ぶと気付いた魅惑の幼子には、バジーレ家の者は敵わない。それは当主であろうとも抗えなかった。

辿り着いたバジーレ辺境伯の執務室。早朝に国境線の巡回から戻ってきた辺境伯は、それから一歩も部屋から出ずに、報告書を含む書類仕事を片付けている最中だという。執事から聞いたプルデンテは働き詰めの義父の気遣いと、ある報告をするために足を向けた。

近頃、また国境線や周辺に不穏な影があるとバジーレ辺境伯とアストゥートすら部隊を引き連れて巡回をする。夕食の時間を過ぎての帰還も増え、今こそ話す時だと踏み切った。

飾りのない武骨で分厚い木製の扉をドアノッカーで一回、二回と叩く。少し間を空けて、彼女は口を開いた。


「失礼します、お義父様」


「・・・む、王女殿下ですか。どうぞお入りください」


何年経ってもプルデンテに対する敬愛の姿勢は変わらない。彼の中では、やはり王家の姫のままだと多少気持ちを暗くしながらも扉を開いた。


「おじいさま!」


握り締めていたファビオラの手がするりと抜ける。フリルをふんだんに使ったドレスの裾を舞い上がらせながら、彼女は執務机に顰めた顔を向けていたバジーレ辺境伯へと駆け出した。


「ファビオラ、走ってはいけません」


「ファビオラ?ああ、よく来たな・・・王女殿下、よいではないですか。このような枯れた爺に太陽のような明るい笑顔を見せてくれるのですから」


止まらなかったファビオラは執務机に接触すると、手を突いて、足の爪先を立てて対面状態のバジーレ辺境伯を見上げていた。

プルデンテはやや足早に室内に踏み入れらながら注意をするも、辺境伯である彼がファビオラの動向を許してしまう。これはこの時だけではなく常なること。バジーレ辺境伯はファビオラに対して非常に甘くなっていた。人間性に影響してしまうという懸念からプルデンテは溜め息を吐くも、目にした彼の朗らかな表情から言葉にはできない。

なぜなら、ファビオラはアストゥートの母、つまりはバジーレ辺境伯の最愛の妻であるヴィオラとよく似た容貌なのだから。


一歳の頃から、何となくアストゥートとも似ていない顔立ちだとは気付いていた。無論、プルデンテともあまり似ておらず、祖父母の代からの隔世遺伝ではないかと思っていた。

成長と共に目鼻立ちははっきりとしたことで、どこかで見た顔だと思い出したときに、ふとバジーレ辺境伯が声に漏らした。


『ヴィオラの生き写しか・・・』


呟きと共に彼の目は潤み、涙となる前に顔を伏せた。


『バジーレの男が人前で泣くな、みっともない』


そう言うアストゥートの目も滲んでいた。

彼らの言葉がきっかけで、プルデンテも中庭に至る廊下に飾られている肖像画を思い出した。ファビオラは、既に亡くなった義母の顔と近しい顔立ちになっている。成長をすれば、瓜二つとなると容易に想像できた。


「・・・ファビオラ、こちらに」


僅かな思考の最中。ファビオラが飛び跳ねることで、このままでは仕事中の辺境伯の膝の上に乗りかねないと、プルデンテは名前を呼んだ。振り返ったファビオラに首を横に振ってみせれば、彼女は口を尖らせつつ、それでも戻ってきた。


「どうぞ、おかけください」


バジーレ辺境伯にソファに座るように促され、ファビオラと隣り合って腰を下ろす。彼女は足が宙に浮いた状態だからか、揺らすことでスカートの裾も揺らめかせていた。


「わざわざこちらに出向かれるとは、何か問題でも起きましたか?今月の出費に不明点や、備品の在庫に関することでしたら、分かる限りお答えします」


「いえ、お義父様にご報告があります。ご職務の合間にお話できればと思い、足を運んだ次第です」


「報告ですか?」


バジーレ辺境伯は革張りの椅子から立ち上がると、正面から言葉を交わすために移動をする。

湧き上がる気持ちから口元を緩めていたプルデンテは、テーブルを挟んで対面するソファの背もたれに彼が手をかけた瞬間、気持ちを抑えきれないと唇を開いた。


「体調の変化からもしやと思い、昨日のお医者様の検診を受けました。現在、妊娠二ヶ月だそうです」


「は・・・?」


座ろうとしたバジーレ辺境伯は、中腰の姿勢で止まった。理解に及ばないと目を丸くするが、楽しそうに足を揺らしていたファビオラが続いて言葉を発する。


「おかあさまのおなかの中に赤ちゃんがいるんですって!わたしもきいてびっくりしました!赤ちゃんっておなかの中でせーちょーしてでてくるそうですわ!」


話す最中に嬉しくなったのか、ファビオラは満面の笑みを見せる。彼女はプルデンテに身を寄せると、僅かに膨らむ腹部に頭を寄せた。


「わたしはいもーとがいいですわ!おじいさまもいもーとがいいですよね?いっしょにおちゃをしたり、おようふくきせたり、お花をつんだりするんです!」


ファビオラは、夢見心地と目を閉じ、両手を組んで自身の頬に寄せる。まだ性別の分からない小さな命との未来を想像して、口元を緩ませている。彼女には、なぜか固まっているバジーレ辺境伯の姿は見えていないだろう。

プルデンテも、彼が驚愕とした表情のまま微動だにもしない理由が分からない。辺境伯は跡継ぎとなる男子を望んでいた。今、身籠っている子が男子かもしれないのに、喜びはしないのだろうか。

固まる彼がどう出るのか、何を言うのか。彼女は待つ。見開いた金色の瞳の目をただ見つめて、返答を待った。

体感は五分ほど、実際は一分も満たなかっただろう。深く息を吐いたバジーレ辺境伯は、やっとソファに座ると、自身の両膝に両腕を載せ、背中を丸めて顔を伏せた。プルデンテが視覚から得た情報だけでは、落胆しているように見える。


「・・・王女殿下」


「はい、いかがされました?」


「アストゥートは、知っているのですね?」


「ええ、勿論。とても喜んでくださいました」


「そうですか・・・」


何を言われるのか。内心で身構えれば、彼は重々しくも顔を上げた。その表情は眉間に皺を寄せた強張ったもの。


「妊娠の辛さ、出産の過酷さは妻のことで知り得ています。以前も、よりにもよって出産後の瀕死の王女殿下に話すべく負担をおかけしました。現在は反省をしていますが、当時は何が何でも告げるべきだと参上した次第で」


「何かしらご不満があるのならはっきりと仰ってください」


「いえ、不満はありません!」


回りくどい話し方に眉を寄せ、早急な理由を知るために言葉を送れば、バジーレ辺境伯は慌てて否定した。

彼はプルデンテとファビオラを交互に見る。一瞬話すべきかと悩んだようだが、意を決したと顔に力を入れた。


「私は、その・・・出産に関して恐怖があります。最初で最後の立ち会いとなったアストゥートの出産は凄まじいものでした。妻は痛みに顔を歪ませて苦しみ、悲鳴のような声を上げていた。医者の指示を受けて何度も力んでいたが、次第に意識は朦朧としていまして、ただ声に反応して反射的に力んでいました。そして、何とかアストゥートを産み落とした瞬間に、彼女は事欠かれたのように意識を失ったのです。身を預けていたベッドは血塗れなのに出血は止まらず、このままでは妻は死んでしまうと思い、私は絶望しかけました。ただ、医師の処置により、体が傷付いた妻は回復し、アストゥートもよく泣くだけの健康な子でした。あの時の私は、ただ幸運であったのだと思っています」


一息吐いて、バジーレ辺境伯は姿勢を正す。向けられる険しい顔は、心配によるものだとプルデンテは理解している。


「妻の出産の光景は瞼の裏に焼きついている。私には出産は恐ろしく壮絶なものです。第三王女殿下のことは、当初・・・」


彼の目はファビオラに向かっている。「当初」という言葉から、あの時言い放たれた「プルデンテは王妃不義の子」という噂のことだと分かり、理解していると頷いて見せれば、バジーレ辺境伯は言葉を続けた。


「・・・子を一人産んでいただけたのなら、王家にお返しするつもりでした。当時は悪感情を抱いていたとはいえ、か弱い御身に負担はかけたくなかったのです。ですから、男子であるならばすぐにお返しできると思い、だからこそテオドラの誕生に落胆した。バジーレ家の跡継ぎは男子であるという考えは、当家の役割を考えていただければ理解してくださると思います」


「ええ、存分に・・・その考えは今も変わりませんか?」


向かい合うバジーレ辺境伯は、口を真一文字に引き締めると首を横に振った。


「私に第一王女殿下の性格が合わず、以前苦しめられた経験から非常に苦手です。テオドラは第一王女殿下とよく似ているため、苦手な子ではあります。だが、我がバジーレ家の婦女には変わり無く、今はアストゥートの指導を受けて戦士たる素養を発露している。性分からも判断して国防を担う良い武人となるでしょう。そして・・・ファビオラ。我が妻ヴィオラの生き写し。その子はヴィオラが血を繋いだという証です。胸を熱くする愛らしい子を、王女殿下が出産なる大義で授けてくださった。これは感謝に他なりません」


「わたしのことをおはなししてます?おじいさまはわたしのことがほんとーにだいすきですわねぇ」


内容こそ理解はしていないだろうが、自身の名前を出されたことにファビオラは嬉々とした声を上げる。プルデンテは彼女の頭を優しく撫でながら、彼の話の続きを待つ。


「良い子を二人も産み落としてくださった・・・だからこそ、これ以上は負担をかけたくはない。何度も言いますが、私は出産が恐ろしいのです。貴女が妻のように血の海に沈むのが、意識を失ってから二度と目覚めないのではないかと、とても恐ろしく思います・・・」


深く溜め息を漏らしたバジーレ辺境伯は、額に手を当てて自身の頭を支えている。不安を抱えている彼の、その不安を拭うためにもプルデンテは微笑みを浮かべた。


「過酷だとは二度の経験で知り得ています。ですから、大丈夫です」


「何をもって大丈夫だと言うのですか?第二子であるファビオラは難産だったと記憶しています。産めば産むほど楽になるという確証はない」


「ええ、その通り。ですから、経験によって対処ができるのです。もし難産となれば、ファビオラの出産で知り得た事柄が役に立つでしょう。心構えもできます。だから、大丈夫なのですよ」


はっきりと答えれば、バジーレ辺境伯は言葉を失ったと口を薄く開いたまま固まった。

プルデンテは自身の意思を示し、不安など杞憂だと思わせるために笑みを崩さない。


「何より私の中に宿った命を排除などできません。私は病のない健康体で、この子はもう生きている。無事にお腹の中で育ち、生まれる日を待つだけ・・・そうでしょう?」


「・・・そうですね。排除などする必要はなく、私には到底できなることではない。アストゥートと王女殿下の大切な子です・・・ああ、この胸に宿る不安さえ拭えれば、素直に喜べると言うのに」


彼は胸に手を当てながら引き攣った笑みを見せる。その様子は端から見れば苦しそうだと映るだろう。

実際、ファビオラはソファから跳ねるように降りると、バジーレ辺境伯に身を寄せた。彼の胸に小さな手を当てて「いたいいたいですか?」と心配そうに聞いている。

プルデンテはその光景に笑みを零した。


「心配なさらないでください、お義父様。必ず無事に出産します。次こそは待望の男の子を産んでみせますわ」


「もはや男子でなくともよろしいのです。本当に貴女に何事もなく、子も無事に生まれてくれたのなら、私はそれで構わない」


両手を組んで祈るような体勢のバジーレ辺境伯。ファビオラも真似てお祈りをする。

プルデンテは自身の腹部に手を添えると、その祈りが届くようにと優しい手付きで撫でた。

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